第29話 怒った女神が姿を現した場合(1)



 小川での大牙虎の解体は、ジルとウルがクマラの助けを借りて、ケーナに教えながら、進めさせた。もちろん、スキル獲得の可能性のためだ。


 ジルとウル、クマラは慣れているのだが、ケーナはなかなか苦労している。だが、強くなりたいと言うだけあって、ケーナは何事にも真剣で、一生懸命だ。

 ケーナは丁寧に内臓を取り除いて、血にまみれながら、ハツとレバーを回収している。

 今日の焼肉はハツとレバーの二つ。それとは別に、明日の分を一人三枚、明後日の分を一人三枚、合計六枚ずつ切り分けたら、あとは干し肉にするようにクマラに指示している。

 ウルが梨をすり潰して肉を漬ける壺を用意している。人口が増えたので、肉もあまり多くは食べられないのだ。


 少し離れたところで、他の村人たちはセイハの土器づくりを手伝っている。


 サーラは、さっき渡したふたつの首飾りらしい装飾品を見ながら座っている。

 作業の手伝いをしないところは文句を言いたいのだが、話しかけてほしそうだから、おれは話しかけない。

 基本的に、サーラに対しては、こうだと思った逆に行動するように心がけている。


 その代わり、ヨルがサーラに話しかけた。


「それ、きれいね」

「・・・そうね。亡くなった姉と、亡くなった母の形見だったの。オーバが、虹池の村で見つけてくれたみたい」


 あ、そうだったのか。

 大切な形見を渡せて良かったよ。


「亡くなったお姉さんは、ムッドとスーラのお母さんだったのよね」

「そうね。姉は、私より12歳年上で、14歳の時に、ジッドに出会ったの。一目惚れだったらしいのよ。ジッドは大草原から大森林へ旅して来たの」


「そうなんだ」

「成人したら、結婚するはずだった人がいたんだけど、姉はジッドと結婚したかったから、村を飛び出したのよ」


 その、結婚するはずだった人に、少しだけ同情した。


 まあ、剣士としてのジッドは、確かに、男らしくて格好いい存在だけれど。

 その正体はただの食いしん坊だからなあ。


 要するに、婚約者を捨てて、別の男の胸に飛び込んだってことだろう。恋愛の物語は、成就した側には美しいけれど、そうではない方には、ねえ・・・。


 サーラは懐かしそうにしながらも、憧れを感じさせる瞳で、ヨルに話していた。


「ジッドと結ばれて戻った姉は、ムッドを身籠っていたの。父は、許さないって叫んでいたけど、結局はジッドを受け入れて・・・。わたしにとって、ムッドは大切な弟みたいなもの、スーラは大切な妹みたいなものよ。とても大切な弟と妹」

「お姉さんは、どうして亡くなったの?」


 ヨル、踏み込み過ぎだと思うぞ・・・。

 まあ、サーラが嫌ではないのなら、かまわないけれど。


「スーラを産んで、そのまま息を引き取ったのよ・・・」

「あ・・・」


 そこまで聞いて、ヨルはしまった、という顔をした。


 そう。出産とは、そういう危険をともなうものだ。

 母は、自分の命と引き換えに、娘を産んだ。


 それをどう考えるかは、その周囲の人次第だろう。


「・・・お姉さんは、きっと、どこかで、女神さまの祝福を受けているんだと思う」


 ヨルは、なんとか、そういう言葉を選んだ。

 しかし、残念ながら、それは、サーラには使ってはいけない方の言葉だった。


「女神なんて、いない」

「サーラ・・・」

「女神がいるのなら、こんなに苦しいことが、いろいろ起こるはずがない」


 サーラは、女神を信じていない。

 それはサーラの自由。

 信教の自由だ。


 おれとしては、別にそれでもかまわないのだけれど。

 サーラがいろいろと苦しい思いをしているのも、分かるけれど。


 アイラやクマラは、そういう言葉を、思いやりで受け止めて、流してくれる。サーラにも、いろいろな思いがあるのだろう、と推察できるから。


 ところが、それができない、まだ幼い者も、いる。


「女神さまは、いるよ」


 ウルがサーラの前に立って、はっきりとそう言った。


「いないわ」


 サーラが言い返す。

 子どもか。


 小さい子に本気で言い返すとは。


 まあ、これがサーラなのだ。

 だから、サーラとは結婚できないと思ったんだよ、おれは。


 そこに自分で気づけないから、サーラには不幸が集まってくるんじゃないかな・・・。


「女神さまは、いるよ。だって、オーバがいるって言ってる」

「・・・っ」


 ・・・これが、サーラだ。


 おれのことがからむと、否定も、肯定も、難しくなる。


「・・・それでも、いないわ」


 おや。

 サーラがおれからの影響力をレジストしたらしい。


「サーラは、おかしい。オーバが言うなら、まちがいない。それに、アイラも、クマラも、女神さまの力をかりて、いやしを与えてくれる。女神さま、いないんじゃ、それは、できない」

「・・・あれは、女神さまの力じゃなくて、オーバの力なの。オーバの力をみんなは借りてるの。だって、オーバはこの大森林の王なのよ」


「オーバは、女神さまの力だって、言ってる」

「オーバしか、そんなこと言ってない。誰も女神さまに会ったこともない」

「ウルは、女神さまのことば、聞いたこと、ある」


「でも、見たことはないでしょう」

「ウルは、オーバのことば、信じてる」

「わたしも、オーバのことは信じてるの。だから、女神の力というのは、オーバの力のことよ」


 年の功だろうか、ウルが言い負かされている。


 ウルはとても悔しそうだ。


 ・・・姿が見えれば、信じるのですね。


 え?

 セントラエム?


 なんか、怒ってないかい?


 そういう怒気のこもったセリフだったような・・・。





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