第28話 女神の加護を受けた村人たちがぜいたくをした場合(3)



 翌朝、女神への祈りから1日は始まる。


 祈りを捧げた後に、最近は、女神の力で癒やされたときの話をジルだったり、アイラだったり、クマラだったりが、みんなに教えるようになっていた。

 布教活動だ。

 ジルは自分とウルが、アイラは自分とシエラが、クマラはセイハを守って大牙虎に噛まれたおれの傷が治ったときのことを、まるで今目の前でそうなっているかのように、ドラマチックに話す。


 信者が増えそうだが、残念なことに人口は今、頭打ちだ。


 女神の祈りの後は、いつもの体操だ。

 新メンバーがいるので、ジルがいつもよりも丁寧に、教えながら動く。


 ウルも、そのサポートにあたっている。


 健康な朝の光景だ。

 これであの音楽が流れていれば完璧なのに・・・。


 それから、キックアンドパンチ。突きの型と蹴りの型をジル師範代の指示の下で、何度も声を出しながら繰り返す。

 夕方の組み手のための基本だ。これは、新メンバーへのサポートとして、おれも手伝った。


 それから水やりランニングで小川と農場を三往復。


 トトザ一家は頑張ったのだが、かなり消耗した。

 そのため、『神聖魔法・回復』のスキルで、五人の生命力を回復させる。

 ただ、誉めたいのは、消耗したとしても、トトザたちが最後までやり切ったことだ。弱さを乗り越えようとする気持ちを感じる。


 水やり後、梨をふるまう。そろそろ梨もなくなってきた。


 今日の午前中は、アコンの木の穴開けを中心に動く。

 実は、おれの担当しているところは、もうすぐ開きそうだと思う。


 アイラやジッドが適当に大牙虎の牙を打ち込むのに対して、おれは、くりぬきたい範囲を的確に狙って大牙虎の牙を打ち込んできた。

 アイラやジッドがアコンの幹を破壊して穴を開けようとしているとすれば、おれは出入り口となるスペース分、樹皮を取り除こうとして、必要な部分だけ穴を開けていたからだろう。


 幹の厚みは、およそ30センチくらい。予想していたよりも、薄いのだが、それなのにこの堅さがあるのはますます謎だった。


 そして、その日の作業で、おれは入口を一つ開けることができた。『住居建設』スキルのレベルがある程度は高いからだろうと思う。

 ジッドとアイラは作業スピードで負けて悔しそうだった。どうしてこの二人は勝ち負けにこだわるのか。


 トトザ一家も含めて、みんなで手伝いながら穴を広げていく。アイラなんかは片っ端から破壊して穴を開けようとしているから、切り抜くようなマネとか、そういうことは想定していなかったらしい。もったいないが、仕方がない。


 昼前からは森小猪の狩りに行った。


 ノイハの的確な指示通りに追い詰めていくと、森小猪は大量に捕獲できた。

 それはノイハの才能だろう。


 まあ、その前段階として、おれが森小猪を『範囲探索』することで、大きな群れがいるところを突き止めていたのだけれど。


 それから、河原で、上流へのぼり、実験水田への水の追加を行う。

 滝で水袋を満たす。


 セイハの指示に従ってねんど掘りをして、新たなねんどを確保する。


 ハンモックや縄梯子、捕獲用の網などの道具類も作成していく。ハンモックは戻ったらトトザたちの家に設置する予定だ。


 食事は焼肉の残りとネアコンイモのスープ。


 修行にはトトザ一家の娘たちも参加して、元気に声を出す。

 文字の練習も時間をかける。


 立合いでは怪我をするくらい本気で、『神聖魔法』の光が眩しい。


 そして、滝シャワーは今夜も好評だった。






 次の日も、その次の日も、少しだけ作業内容は変更されていくが、女神に祈り、体を鍛え、計算や文字を覚え、村の生活改善に取り組む日々を続けた。


 トトザ一家は一生懸命、村のために尽くした。

 その忠誠心は、歓迎会の食事によって生まれたなんて、誰も気づかなかったに違いない。


 でも、こちらの方が感謝したいと思える、立派な移住者たちだった。


 そして、さらにその次の日。

 ジル、アイラ、クマラに後は任せて、おれは花咲池の村へと向かった。


 大牙虎との日々も、そろそろ、終わりへと進めていこう。






 『高速長駆』で、2時間弱。


 大森林を抜け出す。


 スクリーンは朝から固定している。


 地図の縮尺を変えて、大牙虎の位置を確認。


 大牙虎は花咲池の村の四方を警戒するように、配置されていた。


 森の中での待ち伏せはやめたらしい。まあ、あれはこっちからすると、ちょうどいい各個撃破の対象だからな。


 『対人評価』も重ねて、レベル確認。


 群れのリーダーのレベル12の次は、もうレベル8が二匹だ。


 着実に大牙虎の数は削ってきた。


 生かしておくのは、レベル7以下の個体のみ。もちろん幼体は残す。


 そして、今日で一気に狩る訳ではなく、生かしておくことで食料としての保存期間を延ばすという認識でいい。


 今から、レベル8を一匹、圧倒的な強さで狩って、対策の立てようもないことを意識させて、帰る。


 これは、暖めていた攻撃のアイデアでやってみたいと思っている。


 おれはスクリーンで相手の位置は把握しているが、大牙虎からしてみると、まだずいぶんと距離があるので、大牙虎は、おれに気づいていない。


 おれは『高速長駆』で加速し、通常では考えられない、人間の走る速度に達する。

 そのスピードの助走で、『跳躍』スキルによるジャンプ。


 文字通り、おれは空を飛んだ。

 警戒している大牙虎の視線は水平。

 頭上から落ちてくるおれには気づかない。


 そのまま、重力に導かれながら、おれはレベル8に蹴りをかまして、さらに踏み潰した。


 一撃で、レベル8の生命力を奪った、飛び蹴りのクリティカルヒット。


『「大跳躍」スキルを獲得した』

『「大飛蹴撃」スキルを獲得した』


 二つのスキルを手に入れたらしい。


 呆然としている、ように見える、大牙虎の群れのリーダー。


 おれは、仕留めたレベル8のしっぽを掴んで、肩に担ぐ。


「また来るよ」


 言葉は通じない。そんなことは分かっている。


 でも、おれはそう言って、そのまま走り始めた。

 森へは入らず、草原を走る。


 予想通り、大牙虎は追いかけてこなかった。


 もともと、おれの転生から始まった、この大牙虎たちの大移動。


 大牙虎からしてみれば、怖れて逃げたはずの相手との、なぜかの敵対するはめになった。


 戦っていくほどに、確実に減っていく群れの仲間。


 人間の立場から見ても、今回の一件は大災害だ。


 大森林外縁部にあった四つの人間の村は、全て滅んだ。


 人口は四分の一以下だ。


 大牙虎は大森林外縁部に。

 人間は大森林中央部に。


 それぞれ住処を入れ替えただけだが、互いに滅亡の危機にある。


 大森林外縁部でも、人間は十分に生き抜いていくことができた。それが中央部となると、見つかる食料の種類と量がとても多くなる。


 ただし、大森林の奥で人間が生き抜いていくには、樹海を歩く術が必要だ。


 ネアコンイモは、大森林の中央部での生活をさまざまな側面から支えた。食料という面でも、材料という面でも、優れた植物だった。


 肉食の大牙虎にとっては無用の長物だったネアコンイモが、人間のおれには宝になった。


 仲間も増えて、一人ひとりの力も、少しずつ増している。


 もう、ジッドも、アイラも、大牙虎にやられるようなことはない。レベルに差はなくとも、スキルレベルが違う。ジッドの剣術や、アイラの戦闘棒術で、大牙虎に負けることはないだろう。


 もちろん、全員が大牙虎に勝てるとは言わない。

 でも、クマラは既にレベル6に達した。いろいろなスキルも磨いて、スキルレベルも高めているはずだ。

 戦闘系のスキルはまだまだだと思うが、大牙虎の攻撃で即死という事態はない。まだまだクマラのレベルは上がるはずなので、十分対応できる。


 もはや、アコンの村にとって、大牙虎が脅威だと考えていた時代は終わったのだ。


 もう何日か経って、あと二匹、大牙虎を狩る。

 それで、大牙虎との戦いを終える。


 おれの存在で始まったこのマッチポンプも、もう終わりを迎えなければならない。






 『高速長駆』で外縁部を走り、ダリの泉に行く。


 ダリの泉で大牙虎の血抜きをしかけておいて、ダリの泉の村の跡地に入った。


 めぼしい道具は、既にジッドが回収している。


 しかし、使えるけれども、大き過ぎるものは、そのまま残されていた。例えば、麻でできた住居用のテント。七家族分なので七つも手に入った。あとは、各家で使われていた大きな土器。


 こういうものをかばんに詰め込み、血抜きを終えた大牙虎を回収する。


 スクリーンで確認するが、花咲池の村にいる大牙虎に動きはない。


 おれは、さらに草原を走った。次は虹池の村だ。






 虹池の村でも、同じように住居用のテントや大き目の土器を回収した。他にも、使えそうな石器類は全て回収していく。


 緑や赤の飾り石を使ったペンダントを見つけた。

 誰かの物だったのだろう。


 大牙虎には無用の長物。


 サーラに届けるくらいはしてやろう。


 見つかった遺骨は、虹池に沈めた。


 虹池の村を襲ったときの大牙虎の波状攻撃。

 おれの襲撃を受けた後の、待ち伏せ作戦。


 レベル差による力押しでなければ、とても手強い相手だっただろう。


 知的レベルの高い獣。

 せめて、あの大角鹿みたいに、人間の言葉を話せたなら。

 まだ、交渉の余地もあったはずなのに。


 おれは、手に入れられるだけの物を全てかばんに詰め込んで、大森林に入った。


 生命力や精神力、忍耐力を消耗しているが、食事までにはアコンの村まで戻れる時間だった。






 小川に現れたおれの背中に大牙虎を見つけて、ノイハとセイハが、肉が食えると小躍りして喜んだのは、言うまでもない。







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