第27話 女神との悪だくみで人としての一線を踏み越えた場合(2)
まあ、予想通り、だったが、もっと言えば、予想以上だった。
望んで、という訳ではないが、サーラは男を知ってしまったことで、おれとの距離感に全く遠慮がない。
森で、おれを見つけた瞬間、サーラはおれに抱きついてきた。
その、細い腕に込めた力は、言いたくはないが、吐き気がしそうな、感覚だ。
どこに、何が触れようと、気にしない。どうやら、恥じらいというものを失ったらしい。
サーラの好きにさせておくが、おれの心は冷めていくばかり。
ところが、サーラの顔は火照っていて、熱い視線がおれに向けられて、瞳を閉じて、唇が少し上向きに・・・。
・・・投げ飛ばしてやろうか。
おれは投げ飛ばすのを我慢して、無反応のまま、時間を置く。
なんて面倒な女なんだ。
まあ、そうでなければ、あの時、アコンの村を出て行ったりはしなかっただろう。
突き飛ばすのは、これも我慢して、そっと、サーラの体をおれから離す。
あっ、という、切なそうな声に、おれはいらっとするが、これも我慢する。
「今から、暗くなるまでに、急いでこの先に進まなければならない。サーラ、アコンの村に戻る気は、あるのか?」
おれは、できるだけ事務的に、そう言った。
「・・・はい。アコンの村に、オーバの、ところに、戻りたい・・・」
事務的なおれの口調に対して、サーラはねっとりと答えを返してくる。
これ、おれの勘違いだったら、いいのに。
おれは、走って移動するために、仕方なく、サーラを抱き上げた。
あっ・・・、という、喜びを含んだ声が、サーラから漏れる。
これも、どうか、おれの勘違いでありますように。
そのまま、一切、何も言わずに『高速長駆』のスキルを使って全力で走り、トトザ一家に合流し、サーラを下ろした。
一秒でも早く、サーラとの接触をなくしたかった。
トトザたちは、おれがサーラを連れて戻ったことに驚いていたが、サーラのことは歓迎した。
サーラは、トトザたちがいることをおれが伝えていなかったので、トトザたち以上に驚き、何やら上の空で、話しかけられて生返事を返していた。
おれは、土器の煮立ちのようすを確認して、七つの器にネアコンイモと干し肉のスープを取り分けて、マーナ、セーナ、ラーナ、ケーナ、トトザ、サーラの順に配って、最後に自分の分をよそった。
サーラを最後にしたのはもちろんわざとだ。
そして、とっとと食べ終えると、サーラにではなく、トトザとマーナに向かって、「今夜はここから動かないように。明日の朝、また、ここに迎えにくる」と伝えて、立ち上がった。
「オーバ、どこに・・・」
そんなサーラの言葉が最後まで紡がれる前に、おれはアコンの村に向かって走り去った。
早く戻って、ジルやウル、クマラやアイラと会いたかった。
途中、日が完全に落ちたので、走るのはあきらめて、獣脂を塗った薪を燃やして、アコンの群生地まで歩き続けた。
スクリーンでは、花咲池の村のすぐ近くの森の中に隠れていた大牙虎たちが、花咲池に向けて動き始めるのが見えた。
殺戮の夜だ。
何も見えず、襲われ、噛みつかれ、爪を立てられる人たち。
・・・スグル、花咲池の村のことを、考えているのでしょうか。
「セントラエム・・・珍しいな、そっちから、話しかけてくるなんて」
・・・そうでしょうか。いえ、そうかもしれません。
「花咲池の村は、滅びる。でも、生き残りは五人、いる。サーラを合わせれば、六人だ」
・・・サーラを見捨てられなかったのですね。
「ま、さすがに、サーラまで見捨てるのは、後味が悪そうだったしね。花咲池の村の人たちは、大牙虎の恐怖を知らない。サーラは虹池の村が滅んだとき、それを味わってる。だから、ああすれば逃げ出すかな、とは思ったんだ」
・・・サーラを妻に迎えますか?
「いや、改めて考えてみたけど、サーラは、妻になったとしても、やっていけないと思うよ。いずれ、互いに不要になっていくと思うし、それなら、いちいち結婚する必要もない」
・・・虹池の村の、亡くなった人たちの思いを受け継ぐ、という考え方はどうでしょうか。
「却下、だな。おれは、サーラが、好きになれないんだ、セントラエム」
・・・なんでも利用して、この大森林に国をつくるのではなかったのですか?
「ん、そんなに利用価値もないし、そこに力を入れることもない。虹池の村の人たちには悪いけれど、もしそういう血筋を大切にするのなら、ジッドに頭を下げて、いつかスーラを妻にめとるよ、おれは」
・・・サーラは、ずいぶんと嫌われたものですね。
「・・・セントラエム、寝てしまう前に、クマラとアイラに、今夜中に戻ると伝えてくれないか?」
・・・分かりました。
おれは、そこで、セントラエムとの話をやめた。
闇を照らす火が、揺れていた。
アコンの村に戻ると、火を見つけたのか、アイラとクマラがツリーハウスから下りてきた。
二人の顔を見て、ほっとした。
心の底から、安心した。
おれは、この二人は、大切にできると思う。
目が合って、心がぽかぽかとしてくるように感じる。
そういう相手だ。
「話があるから、向こうの家へ来てほしい」
おれはアイラとクマラにそう言って、歩き出した。
いつもなら、アイラと二人で過ごすところに、クマラもいる。
セイハのつくった小皿の土器に移された獣脂の炎に照らされたアイラの表情にくもりは何もない。
アイラとクマラの間には、とても安定した信頼関係がある。
それが、おれにとっての幸せだ。
「大牙虎が動いて、花咲池の村を襲った」
おれがそう告げたら、二人は静かにうなずいた。
「助けに、行くの?」
クマラの言葉に、おれは首を横に振った。
「いや。助けには行かない。花咲池の村からは、一家族と、あと、サーラが逃げてきている」
「サーラが! 無事なの?」
アイラが嬉しそうに声を出す。
クマラも表情が明るい。
そう。
この二人は、サーラにとても同情している。
おれは、おかしな顔をしないように、気をつけて、口を開いた。
「無事だよ。もう、十分な人数を助けた。これ以上、簡単に手を伸ばすことはできないと思う」
「オーバ、食料のことなら、なんとかなるけど・・・」
クマラが、おれを気遣って、人数が増えても大丈夫だと言ってくれる。
わざと見捨てている、とは言えない。
言うつもりもなければ、言う必要もない。
「今からじゃ、間に合わないんだ。大牙虎は、今回、花咲池の村に対して、夜襲をかけた。花咲池の村では、とてもじゃないけど、大牙虎の夜襲を防げないよ」
「それは、そうよね」
アイラはうなずく。
「おれは、明日の朝からまた、移住してくる人たちを迎えに行く。明日の朝、ジッドに、サーラが戻ることを伝えて、ジッドの家で一緒に暮らすようにしてもらってほしい。トトザの家族は新しく建てた家に入ってもらう。みんなにも、伝えてほしい」
「分かったわ、任せて」
「これで、アコンの村の人間の数は、一度、上限になる。当分は増えない」
「じゃあ、次はアイラがオーバの子を産む時ね」
「クマラったら、もう」
「きっと、二人に似た、強くて、美しい子が生まれるの。男の子でも、女の子でも、どっちでも」
「・・・いつか、クマラがオーバの子を産む時には、二人に似た、とても賢い子が生まれるわよ。そして、この村をどんどん豊かにしていくんだわ」
アイラとクマラは、仲良く、そんなやりとりをする。
「ねえ、オーバは、サーラを妻にしないの?」
クマラが、そんなことを言い出した。
これは、はっきりさせておく。
「サーラを妻にはしない」
「そう」
クマラはあっさり納得した。
「それよりも、二人にお願いがあるんだ」
「何?」
アイラが首をかしげた。
「今日は、ここで、一緒にいてほしいんだ。すごく、疲れたから」
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