第27話 女神との悪だくみで人としての一線を踏み越えた場合(1)



 トトザ一家と離れて、おれは走った。


 スクリーンの固定のおかげで、特に、忍耐力の消耗が抑えられているのはありがたい。特に『鳥瞰図』は忍耐力の消耗が8ポイントと、かなり大きい。

 ただし、以前は16ポイントだったので、スキルレベルの向上によって、消費する忍耐力が半減したのかもしれないと推測している。


 花咲池の村からの青い点滅、それはサーラしか、考えられない。


 今は、トトザたちも黄色い点滅から青い点滅へと表示が変化したが、花咲池の村には、味方を表示する青い点滅は、もともと知り合いだったサーラだけなのだ。


 サーラは、花咲池の村を出て、花咲池を経由して、森へと入ったようだった。そして、そのまま森の奥へと進んでいる。


 どうやら、あのカタカナの意味は分かったらしい。


 大牙虎に襲われる前に、花咲池の村を出た。

 それも、黄色い点滅や赤い点滅が一緒にないということは、自分一人だけが助かるように、村を出たのだ。


 ・・・おれも、その点には異論はない。


 花咲池の村の人たちを助ける気は、おれはないのだ。


 全ての人を救う、という考え方はしない、と、セントラエムとの話し合いで決めていた。


 それどころか、大牙虎に襲われて死んでいく村人と、女神の奇跡によって救われた村人、という演出で、新たな国づくりの伝説にしていく、という筋書きになっている。


 アイラとシエラを助けた後、セントラエムとの話し合いで、そういう劇的な、まあ、ドラマチックな方が、信心深い仲間が増えるんじゃないかという結論に至ったからだ。


 人間としては最低だが、権力者というものは、ありとあらゆるものを利用する。

 おれが王として君臨しようとする限り、本当は、ありとあらゆるものを利用していかなければ、これからこの大森林にひとつの国家をつくろうとするのは不可能だろう。


 女神への信心が足りないからと、サーラだけ、アイラやクマラとちがって、おれとの結婚を拒絶したのは、信心深さが『信仰』スキルや、治癒や回復などのいろいろな『神聖魔法』スキルの獲得につながると考えたから、という面があった。

 それだけではないけれど。


 サーラの信心深さが、おれと結婚するために変化していくのなら、スキルを獲得してレベルアップしていく方向になるのだから、そうした。

 そこは、それだけだ。

 もし、サーラが信心深くなれば、おれはサーラとの結婚に異を唱えたりはしなかっただろう。


 アイラやクマラに、好悪や愛憎の感情がない訳ではない。

 本当に、アイラのことはとても好きだし、もちろん、クマラだってかわいいし、大切だと思っている。

 今でも、アイラと過ごすのは楽しいし、幸せを感じる。クマラと栽培実験室で過ごしていると、心が温かくなる。


 ところが、サーラのこととなると、少し、アイラやクマラのような気持ちが、おれの中に足りなかったし、そういう気持ちが起こらなかった。


 アイラとクマラの信心深さは、それはそのままおれへの好感や愛情となっていた。それはおれへの好感が信心深さになった、という逆の働きかもしれないけれど、それがおれには心地良かった。

 おれとアイラや、おれとクマラの間には、目に見えない、女神の力というものを感じた。

 セントラエムが何かをしていた、というクマラとの間の実態のことではなく、女神という存在がおれたちをつないでいて、そのせいで、おれたちが直接ぶつかり合ったり、傷つけ合ったりすることなく、互いを大切に思える、そういう関係になれる気がした。


 おれと彼女たちの間には、ワンクッション、ちょうどよい何かがはさまっていた。


 あの時、アイラが、クマラの言葉を受けて、嫉妬したり、拒絶したり、争ったりするのではなく、すんなりクマラもおれといつか結婚するという事実を受け入れたのは、まさに、女神がおれたちの間のクッションになっていたからだと思う。


 でも、サーラは、おれを通して、女神の力を見ようとしなかった。

 おれだけを見ようとしていた。変な言い方だが、「恋愛」優先で考えて、男への興味ばかり先走っていたという気がする。

 がっつりおれに目を向けていて、そこに、勝手な言い分だけれども、何か崇高なものとか、触れられない神聖なものとか、そういう感じがしなかった。


 その距離感が、おれは嫌だったのかもしれない。近すぎる、とでも言うべきかもしれない。


 サーラは、アイラやクマラと、おれをめぐって争うことがある、という直感。その気持ち悪さ。人間だから当然にしてもつ醜い感情。

 信仰心が足りない、女神の力を信じ切れないために、おれを奪い合うというような関係で、一緒にいるのは苦痛でしかない。


 誰か一人と愛し合う、というのも大切なことだけれど、元いた世界では考えられないくらい、子を成す相手に強さを求める、種の保存に対する本能的な動きが、この世界にはある。

 自分勝手な言い分だが、おれの子なら、強い力を得られるというのが本能的なものなのかもしれない。


 サーラのおれに対する恋慕は、そういうもののような気がした。子種がほしい、というような感じだろうか。

 もちろん、アイラやクマラにもそういう面が当然あるのだと思うが、それを女神という仲介者が薄めてくれているし、素直にアイラのことやクマラのことは好きになれた。


 そうして、サーラはおれの気を引こうと奮闘し、結局、アコンの村を出て行く。おれがなびかないのだから当然と言えば当然だ。


 で、実はサーラと同じように、女だけを求めて、ひたすら自分の子種をうえつけたいというララザのような、欲望の固まりのような男に、サーラは蹂躙された。

 ララザが女を求めるところに、崇高なものなどある訳がない。失礼だけれど、当たっていると思う。


 お似合いだったのではないか、と正直思っている。まあ、ララザは吐き気がするような感じの男だったけれど・・・。

 サーラはそこまでではない。一応。


 そんなサーラが、あの、木炭で書いたヒントを元に、森の奥へと逃げている。


 花咲池の村を見捨てて。


 可能性として、これは、かなり高い可能性として、サーラは、おれがサーラのために、サーラを取り戻すために、あれを書いた、という感じで思っているのだろうと、まあ、思う。


 そんなつもりはないのだけれど・・・。


 ただ、村人Aとして、サーラをアコンの村に受け入れる用意は、ある。


 できれば、セイハか、ノイハの、お嫁さんになってくれれば、最高だ。ま、それも、セイハや、ノイハが望んだ上で、サーラが受け入れることができれば、だけれど。


 残念ながら、サーラの思いは、相変わらずおれのところにある、とした場合、サーラは、結局のところ、どうするのか・・・。


 アイラやクマラが同情しているから、あの二人の気持ちを尊重して、サーラは助ける。


 そのへん、分かんないんだろうな、サーラは。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る