第26話 何をしても大森林では女神の力で済む場合(3)



 トトザのところへと走りながら思ったが、マーナはかなり、勇気を振り絞ったのだろうと思う。


 さっきの話では、村を抜け出す時には、トトザは既に行方不明の状態だったのだから、マーナ一人の判断で、子どもたちを連れて村を出たということだ。


 父親抜きで、こんなに森の奥へと踏み込んでいくのは、さぞ怖ろしかっただろうと思う。


 子どもたちも、よく頑張った。


 これからはアコンの村で、できるだけ安心して暮らせるようにしてあげたい。

 ただし、甘やかすつもりはないけれど。


 『高速長駆』で約十分。


 梨の木の群生地から、およそ十キロの地点で、おれはトトザを発見した。


 ララザも一緒だ。


 二人とも、木の根元に座り込んで、幹にもたれている。


 頬が、げっそりとして、見た目は最悪な感じだ。


「・・・森の人・・・」


 トトザがおれに気付いた。

 ララザも顔を上げた。


「これが、女神の力、か・・・」


 トトザは、ふぅ、という感じで息を吐いた。「この大森林の中で、見つけてもらえるとはおもわなかったよ」


 実際は『鳥瞰図』と『範囲探索』スキルなのだが、そこはもう、自分のスキルを隠蔽するってことも会わせて、女神の力ってことでかまわない。


 おれはトトザの前にかがんで、水袋を出した。


「トトザ、まずは、水を飲むことから」


 トトザが生きていて良かった、とあの子たちのために心から思う。

 トトザが両手で水を受け、それを飲む。


 ララザも、トトザのように手を出してきた。


 ・・・さてと、どうしたものか。


 おれは冷たい目線で、ララザを見た。


「おれにも、水をくれ・・・」

「おまえは、おれから、水を分けてもらえるような関係なのか?」


 そう言いながら、トトザには2回目の水を与えた。


「この前は、すまなかった。頼む、助けてくれ。水を・・・」

「全てはお前の都合で、頼ったり、助けてもらったりするのか、おまえは」


 おれはかばんから干し肉を出して、トトザに手渡す。「トトザ、ゆっくりこれを食え」


 トトザはおれの指示通りに行動する。


「くそ、トトザ、おれにも寄こせ・・・」


 トトザから干し肉を奪おうとするララザをおれは軽く押しのける。疲労と空腹で、ララザは力が出ないようだ。

 まあ、ララザが絶好調だったとしても、残念ながらレベル3なので、おれの相手には全くならないのだが・・・。


「・・・殺す気か、おれを殺すのか」


 おれはその問いに答えない。


 馬鹿馬鹿しい。

 もしララザが死んだとしても、おれが殺すのではなく、自業自得だろう、と思う。


「サーラは返す。おまえに返すから、助けてくれよ」


 何言ってんだ、こいつ。


 サーラは自分で選んで、花咲池の村へ行った。

 もちろん、困っていれば、危険があれば、助けようと思わない訳ではない。知らない相手じゃないんだから。


「サーラのことは、サーラが決める。おれは、サーラを連れ戻す気などない。サーラのことは、おれには関係ない。それは、前に会ったときも言った・・・あ、そうか。あのとき、おまえはおれに殴られて気絶してたっけ」


 そうでした。


 おれのボディーブローで悶絶してたんだった。

 すっかり忘れてた。


「サーラを物のように扱うな。人を大切にしないから、だから、本当に困ったときに、大切にされないんだ。こうなって、村の人は誰も助けに来なかっただろう。おれには、おまえを助けてくれる奴がいるとは思えないな」


 ララザは、目を見開いておれを見ている。

 初めて気付いた、とでもいう顔だ。


「おまえは、他の人間を自分の言いなりにしようとしている。だから、誰も助けてくれない。当然だ」

「なにを・・・」


「他の誰かを踏みにじる奴は、いつか誰かに踏みにじられる。それだけのことだ。人も、森も、おまえを助けはしないだろう。そもそも、ここで死にかけているのだって、トトザとマーナから、果物を無理矢理取り上げて、それを食べたからだろう。森の奥に美味しい食べ物がある、そう思って、森の怖さ、森の暗さ、森の広さも何も考えず、ずかずかと森に踏み込んで、トトザを巻き添えにして。そんなおまえが誰かを助けたり、幸せにしたり、できるのか?」


 ララザは何も答えない。

 答えられない。


「おまえは誰も支えない、誰も助けない、誰も守らない。それなのに、誰がおまえを守る? 誰がおまえを支える? 誰がおまえを助ける? 誰もいないに決まっている」


 いつの間にか、ララザは涙を流していた。

 子どもか。


「愚かな花咲村の長の息子。このまま森で死ぬがいい。森は、おまえの死を受け入れるだろう」

「待ってくれ、森の人・・・」


 そう言ったのは、トトザだ。


「すまない。そう言わずに、ララザも助けてやってほしい」


 おやおや。

 トトザは本当に、いい人だ、いや、人がいい、ね。


 こんなろくでなし君は放置でもかまわないだろうに。


「偉大な森の人よ。頼む。ララザはまだ子どもなのだ。体は大きいが、まだまだ子どもなだけなのだ。だからほしいものはほしい、いらないものはいらないと、簡単にしか、いろいろなことを考えられないだけなのだ。どうか許してやってほしい」


 やれやれ。

 トトザは、立派だね。


 巻き込まれて、死にそうな目に遭って、それでも、こういうことを言うのか。


 ま、ここで放置して死んでも、後味が悪いしね。

 助けてやりますか。


 おれは、ララザに近づいて、一気に担ぎ上げて、肩に乗せた。体がでかいので、とても面倒だ。


「なに、しやが、る・・・」

「うるさい。トトザの頼みだ。助けてやるから黙ってろ。村まで運んでやる。水や食べ物は村に着いたら自分でなんとかしろ」


 そう言って、トトザをその場において、おれは花咲池の村の方向へ走った。


 むさい男を肩に担ぐなんて、何の高揚感もない。

 ひたすら、『高速長駆』で、どんどん走る。


 あまりの速さに、ララザがわあわあと何か言っているが、完全に無視だ。

 そのまま、森を飛び出て、一気に花咲池の村をめざす。


 森の外、草原はとても走りやすい。


 花咲村に乗り込んで、ララザをぽいっと放り出した。


「いてっ・・・」

「着いたぞ。トトザに感謝するがいいさ」


 おれはララザにそう言い捨てた。


 ララザはぼそぼそと、小さな声で何かを言っていたが、放っておく。


 おれはかばんから木炭を取り出し、すぐ近くの住宅用テントに、大きくカタカナを書き並べた。





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