第26話 何をしても大森林では女神の力で済む場合(2)



 どういうことだ?

 いやいや、連れて行かれたって、同じ村の住人が、いったいどこに連れて行かれると・・・。


 ん?

 まさか?


 あの赤い点滅と黄色い点滅は・・・。


 ララザとトトザなのか?

 トトザは、ララザに。森の中に連れて行かれたってことか?

 いったい、なんでまた、森の中に?


「・・・マーナ。トトザは、森の中に連れて行かれた、ということか?」


 びくん、となって、マーナが目だけをこちらに向ける。


 当たりだ。

 どうやら、そうらしい。


 マーナの落ち込み具合は、つまり、トトザが死んでしまった、と考えているからだ。


 確か、あの赤い点滅と黄色い点滅は、おれが花咲池の村を訪れた次の日から、森の中にあった。


 それから、森の中から出ていない。


 初めのうちは、位置はいろいろ動いていたが、最近はその動きも少ない。


 森の中で迷って、ぐるぐる動いている可能性が高く、結果として、森を抜けられないので動くのも難しくなってきた、ということだろう。


 それぐらい、この森の奥を歩くのは難しいのだ。

 この大森林は樹海、という言葉がふさわしいのかもしれない。


 アコンの村の周囲には、今ではロープを結んで、必要なところへ行けるようにしている。

 小川はもちろん、竹林、きのこ類の群生地、パイナップルの群生地などなど、目に見える形で、木と木の間にロープを結んで、道代わりにしている。


 大森林外縁部の村の人たちは、この森の奥にロープなどの目印で道を作ろうとは考えなかったらしい。

 まあ、そこまで奥地に入らなくとも、村の近くに水場はあるし、森の一部から十分に生活の糧を得られたということもあるのだろう。


 じゃあ、なんで、ララザはトトザを森の奥に連れて行ったんだ?

 村を抜けようとしていることがバレたからだろうか?


 ・・・そんなことがバレたんだとしたら、別に森の奥に連れて行くとかじゃなくて、村でぼこぼこにされておしまい、という感じではないだろうか。


 何が原因だ?


「あの、お父さんは・・・」


 ケーナが、母に代わって説明する。


「ララザに連れて行かれて、美味しい果物を探しに行ったんです」


 その一言で、おれは、全ての疑問が溶けていくような気がした。


 それと同時に、このケーナって子は、本当にしっかりしている、と思った。


 つまり、梨、だ。


 そう言えば、森の奥をめざすのに、梨の木が目印になればと思って、トトザとマーナに梨を渡した記憶がある。


 ・・・つまり、トトザがララザに連れ出されたのは、おれが原因ですね、はい。


 いや、もう、そういうつもりは全くなかったんです、はい。


 トトザとマーナは梨を村に持ち帰ったところ、それをララザに見つかってしまった。

 森の人と何を話したのか、と問い詰められて・・・。


 村を抜けようとしているとは口にはできないから、何か話をしているうちに、この果物はなんだ、という風になった。


「お父さんは、森の人に対するララザの態度を、同じ村の人として申し訳なかったと、森の人に謝ったら、この果物をもらえたんだ、と説明しました。いらいらした感じのララザは、お父さんとお母さんから、それぞれその果物を取り上げて、帰っていきました。それで、次の日の朝、突然、お父さんを呼び出して、あの果物を探しに行くから手伝え、と・・・」


「・・・おれが、花咲池の村に行った次の日から森に入ったんだな。そうすると、今が六日目か。水や食べ物はどれくらい持って行ったんだ?」

「分かりませんけど、突然だったので、ほとんど持っていなかったと思います」


 ・・・まずいな、それは。


 かなりの空腹で、最近雨は降っていないから、のどが渇いた、もう限界だ、というようなくらいだろうか。怪我でもしていたら、危険だ。


 おれは、マーナたち四人に水を飲ませ、立たせる。


「とりあえず、ここから移動する。ついてきてくれ」


 マーナは不安そうだが、下の妹セーナの手を引いて、歩き始めた。

 ケーナは、ラーナの手を引いている。


 みんな無言で歩く。

 重苦しい雰囲気は仕方がない。

 父親のトトザが、死んだかもしれないと思っているのだから。


 まあ、『鳥瞰図』の点滅を見る限りでは、死んではいないと思う。


 だからといって、トトザの生死は未確認なので、今の段階で中途半端な情報は与えたくない。


 まずはこの四人の安全を確保してから、行動したい。

 2時間ほど歩いていくと、水音が聞こえてきた。


「・・・水が、流れてる?」


 ケーナが気付いたようだ。

 聞き耳とか、そういうスキルでもあるのだろうか?


 音に敏感でないと生きていけないような環境だったのかもしれない。あの村は名前とちがって、ろくでもない男たちがいる村だったから・・・。


 そして、梨の木の群生地に入る。

 この前、かなりおれが収穫したので、果実はあまり残っていない。


「マーナ、この森で待っててほしい。この果物は、いくら食べてもかまわない。ここから動かず、おれが戻るまで、子どもたちを守るんだ。しっかりしろ」


 子どもたちを守る、と言われて、マーナの表情が変化した。


 母性、だろうか。

 疲れた顔から、真剣な表情になり、おれの言葉にうなずいた。


 それでこそ、母親だ。

 娘のケーナに支えられっぱなしじゃ、いけないよね。


 まあ、ケーナがしっかりしているのは、この両親に育てられたからなので、マーナも一時的なショックから回復すれば、きっちり子どもたちを守れるはずだ。


 おれは、この子たちでは手が届かない、高いところの梨をいくつか、『跳躍』スキルや『二段跳躍』スキルでジャンプしてもいで、渡してあげた。


 ケーナがお礼を言うと、後の二人もそれを真似て、ありがとう、と言う。


 これでいい。

 とりあえず、ここなら、水分補給も栄養補給もなんとかなる。


 おれは、トトザの点滅だと考えられる方向へ、走り始めた。





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