第25話 女神と小声で明るい話題を話した夜もあった場合(3)
『高速長駆』で最高速度を出し、虹池の村を目指す。
虹池の村への移動にも慣れてきているらしい。
これで、四度目なのだから、慣れるはずだ。
『鳥瞰図』の縮尺を操作しながら走っていたら、虹池の村の大牙虎が、この前とは違い、一か所に固まっていないことが分かって、おれはスピードを緩めた。
どうやら、この前の反省から、村の周りを警戒するように、大牙虎が配置されている。それに、森の中にも、見張りか伏兵かを置いている。
一度止まって、見張りの配置を確認する。村の入り口で侵入者に気付いたら、森から不意に襲いかかるという待ち伏せの形を用意しているようだ。
賢い猛獣なんて、人間からしたら、最悪の敵だ。まあ、でも、おれのスキルとの相性は悪い。待ち伏せしようが、隠れようが、地図に出ているのだから。
おれは、木のぼりロープを使い、木にのぼった。
そこからは、『跳躍』スキルで、樹上を跳んで移動する。
可能な限り、音は立てないように。
このパターンは以前使ったはずだが、まだ警戒されていないようだ。
まあ、あのときは、おれという存在を確認することが目的で、その戦い方までは確認しようと思っていなかったのだろう。
村の近くで、樹上から『対人評価』をかけて、大牙虎のレベルを確認していく。東側の入り口に対する森の待ち伏せが、レベル9と、群れのリーダーの次にレベルが高い。
樹上の移動を続けて、レベル9を目視で確認。
銅のナイフを装備。
スクリーンで大牙虎の配置を再確認。
このレベル9は単独でここに隠れて、待ち伏せしている。
来るかどうかも分からない相手に、大した念の入れようだと思う。
この群れのリーダーは、この前一度蹴り飛ばしておいたが、確かレベル12だった。恐るべき統率力だと思う。特殊スキルの効果なのかもしれない。
おれは、音もなく、樹上から跳び降り、左手で大牙虎の頭を地面に押さえつけると同時に、その胴体の上に両膝を落としてダメージを与えつつ、さらには抑え込み、銅のナイフで首を大きく切り裂き、次の瞬間には銅のナイフを脇腹から心臓へと突き刺した。
大牙虎はその牙が地面に突き刺さり、しかも上から抑え込まれたので動けない。
銅のナイフを抜くと、血があふれ出てくる。
何度も解体してきた大牙虎だ。
心臓の位置を間違うはずがない。
切り裂かれた首と、貫かれた脇腹から、血が流れ続ける。
おれに抑え込まれたまま、何一つ物音を立てられずに、大牙虎レベル9は絶命した。
前回の正面突撃とは異なる、静かな作戦である。
『「隠密行動」スキルを獲得した』
『「一撃必殺」スキルを獲得した』
一気にふたつ、スキルを獲得したらしい。
おれは、すぐ上の木に、木のぼりロープをかける。
大牙虎レベル9の後ろ足をしっかりと結び、木にのぼる。
樹上へと、大牙虎レベル9を引き上げていく。
血が、地面へ流れ落ちる。
樹上の枝まで後ろ足が届いたところで一度固定する。
肩にかつぐためにちょうどいいサイズの枝を一本折る。
その枝に、大牙虎の後ろ足を結んだロープをしっかりと巻きつけて、結ぶ。
そして、枝を肩にかついで、後ろに大牙虎を吊り下げる。
そのまま、樹上を跳んで、木と木を移動し、虹池の村から離れた。
大牙虎の血が、樹上からまき散らされていたが、他の大牙虎は気付かなかった。
完全に虹池から離れたところで下に降りて、『高速長駆』で走り始める。
こうして、歓迎用の虎肉の確保は完了した。
大牙虎はおれの襲撃に備えて、警戒態勢をとっていたが、それが仇となって、各個撃破の機会を提供することになったのだ。
おれも、いろいろと気を回して、結局不利な状況にならないように、気をつけようと思う。
アコンの村の手前で、大牙虎を結んだ枝を置いて、おれは西へ進路をとった。
『高速長駆』で走る。
目指すはぶどう。
虹池の村からアコンの村に戻る途中で、既にパイナップルは収穫してある。
梨はまだまだ数がある。
足りないのはぶどうだ。
時間をかければ、簡単に手に入るのだから、その希望は叶えようと思う。パイナップルも、ぶどうも、そのままかばんに隠しておいて、歓迎会の日にサプライズでふるまうことにする。
美味しいものを食べたいと思うのは、おれも同じ。
まあ、移住の記念に、食事で喜んでもらうというのは、単純だけど、大切なことだろうと思う。
おれは、十房ほど、ぶどうを収穫して、かばんに収めた。
河原でみんなと合流して、狩ってきた大牙虎を見せる。
ジッドが、ほら、大丈夫だろ、という顔をして、ジルににらまれている。
実際のところ、ジルにせよ、アイラにせよ、それにクマラだって、おれが大牙虎に負けるとは思っていない。
まあ、それが油断につながらないようにはした方がいいとは思う。
もう血は抜けているので、小川で大牙虎を解体する。
今日はシエラが積極的に手伝った。この前、一緒に寝たことで、今まで以上に親しみをもって懐いているようだ。頑張りをほめてほしい、というのもあるのだろう。もちろん、頭をなでて、ほめる。
今回は、ほとんどを焼肉用に切り分け、梨汁の壺に漬けていく。
ハツとレバーだけ、今日の食事に追加する予定だ。
ジッドはもう焼肉を食べられる、と勘違いしているので、不思議だ。
自分から歓迎会のことを言い出したくせに、歓迎する相手が来る前に食べようとするとは、どれだけ食い意地がはっているのやら。
デザートは梨と、瓜。
瓜は冷たい方がいいだろうと思い、小川で冷やしておく。
トマトとネアコンイモのスープに、干し肉を多めに入れた。かぼちゃはまだ余裕があるので、今日も煮物を作る。これにはみんなが喜んだ。どうしてトマトは人気がないのだろうか・・・。
ハツとレバーは焼肉だ。
しっかり働き、しっかり食べて、しっかり勉強して、しっかり身体を鍛えて、しっかり寝る。
アコンの村は、大森林周縁部と比べて、はるかに安心、安全な村づくりができているのではないかと思う。
明日は、朝からトトザ一家を迎えに行く。
新しい仲間が増えることをみんな、心待ちにしていたのだった。
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