第25話 女神と小声で明るい話題を話した夜もあった場合(2)



 後宮扱いの別宅でアイラを待っていたら、今夜は、シエラがついてきた。


 なんだかシエラがうきうきしている。

 いつもは、アイラだけがここに来るので、さみしかったのだろう。


 とはいえ、いつも、来させる訳にもいかない。


 それは、あれだ、ナニのためだからだ。

 しかし、まあ、ここまで来てしまったら、ナニする訳にもいかない。


 アイラも少し、苦笑いをしているようだが、そこはお互いに妹の気持ちを尊重する。


 シエラは、あまりゆっくり話すことがないおれと話すのが楽しみだったようだ。ジルとウルの影響らしい。


 確かに、ジルやウルは、時々おれと一緒に夜を過ごして、楽しかったことや知りたいこと、スーラやムッドやエランのこと、女神さまのこと、剣術や棒術のことなど、いろいろなことを話してくる。


 そのことを、アイラがおれのところに来ていた夜の間に、自慢げに聞かされていたらしい。


 そういう訳で、おれに話を聞いてもらいたくて、お姉ちゃんに無理を言ってついてきた、ということなのだ。


 かわいいもんだ。


 シエラは、あれこれと、子どもらしく、いろいろな話をして、さっきまで食べ物の話をしていたと思ったら、いきなり弓の話になったり、滝の話になったり、また食べ物の話に戻ったりした。


「ねえ、オーバはお姉ちゃんが好きなんでしょ?」


 いきなり、そういうトークをぶっこんできますか。


 アイラの仕込みじゃないよな・・・。


「ああ、好きだよ。アイラはとても大切な人だからね」


 まあ、おれとしても。


 直接アイラに言うのが照れくさい、ということもあり。


 こういう感じで、シエラの言葉に答えて、言わせてもらえるのはありがたいと思う。


 ちらりとアイラを見ると、耳まで真っ赤になりながらも、どきっとさせられるほどの、何とも言えないかわいい笑顔をしていた。


 惚れ直す、というのは、こういう瞬間にあるのかもしれない。


 ・・・こんな表情を見せられて、ナニできないというのも、何だな、と思いながら、まあ、こういうアイラを見せてくれたシエラの頭を優しくなでた。


 シエラは嬉しそうに笑った。


 アイラはおれの左で、シエラはおれの右で、満足そうに眠った。


 なんだか、気持ちがふんわりと温かくなって、この夜は、セントラエムとの話も、小声で、難しくない、明るい話題だけになった。






 みんなのステータスを確認し、さらに地図で虹池の村と花咲池の村を確認した。


 虹池の村の大牙虎には動きはない。


 花咲池の村の方では、この前と変わらず赤い点滅と黄色い点滅が森の中にある。


 そして、そことは別の場所に黄色い点滅がある。黄色い点滅はかなり奥地に侵入している。おそらく、自力ではもう花咲池の村には戻れない場所だろう。


 こっちの黄色い点滅がトトザ一家だろう。


 どうやら、無事に村を抜け出したらしい。


 明日、森の奥でさらにもう一日耐えてもらって、明後日、おれが一人で迎えに行く予定だ。


 トトザ一家がこの村に着いたら、今日、みんなで頑張って建てたツリーハウスを見て、喜んでもらいたいものだ。






 夜中、ふと、ヨルのことを考えた。


 ヨルも、シエラも、どちらも10歳。


 シエラは明るく、快活で、人懐っこいところがあるんだなと、今日、少し分かった。それは、アイラが、ずっとシエラを守り通してきたからだろう。


 親はどちらも亡くし、姉と二人で生きてきた。

 苦労をしてないはずがない。


 ひとつ間違えば、心に深い傷を負ってもおかしくない瞬間だってあったはずだ。


 それでも、シエラが明るさを失わずに、素直に育っているのは、アイラが全身全霊をかけて、シエラを守り抜いたからだ。


 立派な姉だ。

 そして、その姉を大切に思う、優しい妹だ。


 屈折したセイハを支えて、しっかり者に育ったクマラとは違うけれど、どちらも素敵な妹だ。


 でも、ヨルには、そういう人がいなかった。


 オギ沼の村で暮らしていた頃には、ヨルにも、自分を守ってくれる、信頼できる大人が近くにいたのだろうと思う。


 でも、オギ沼の村は、あの日、滅んだ。

 それをヨルは自分の責任だと受け止めている。


 大牙虎の赤ちゃんをかまったからだ、と。


 その目で、大牙虎に殺されていく村人を見たというところも、ヨルとシエラの違いだろう。

 大牙虎が来るという知らせを受けたとき、アイラが逃げると決めたので、シエラはダリの泉の村が滅びるところを目にしていない。


 ヨルと同じ村でも、ジルとウルは、何の責任も感じていない。


 突然の災害のような大牙虎の襲撃から、生きるために必死に逃げて、おれと出会った。


 それから、この村で暮らし、おれに人と暮らす喜びと幸せをくれたし、今でもたくさんの笑顔を見せてくれている。


 でも、ヨルは、笑ったとしても、心からは笑えていないのかもしれない。

 ヨルにも10歳らしい、子どもらしい笑顔があるはずなのに。


 あの日、ヨルは心に闇をかかえた。

 それは、人が成長していく上では、決して悪いことではない。


 けれども、10歳の女の子には、まだ重たい、深い闇だ。

 いつか、シエラの光が、ヨルの闇をはらってくれるようなときが、来てほしいと思う。






 水やりランニングを終えて、貯水室の土器壺に水を補充したクマラが戻り、全員で梨を食べていたら、突然、ジッドが重々しく口を開いた。


「花咲池の村から、トトザたちが移住してくるのだから、アコンの村として、力を尽くして歓迎しなければならんだろう」


 おお、この村の最年長、重鎮らしいセリフだ。


「いいこと言うな、ジッド。その通りだよな、歓迎しなきゃよ」


 ノイハがジッドに続く。


「歓迎って、具体的には、何をするつもりなのよ?」


 アイラが質問する。

 歓迎する、という点については、アイラに異論はないようだ。


 トトザは花咲池の村の人間だが、アイラは悪い印象をもっていないらしい。

 やっぱりトトザたちはいい人だったのだろうと思う。


 そして、いい人だと、居心地がよくないのが花咲池の村なのかもしれない。


「そりゃ、さ、なんだ、とにかく歓迎だよ」


 何の具体性もなく、ノイハがそう言って、ジッドを見た。

 ジッドは、ゆっくりとうなずく。


「歓迎とは、やはり、食事が豪華になることだろう。そして、アコンの村で豪華な食事と言えば・・・」


 ジッドがみんなを見回す。


「ぶどう、かな」


 とヨル。


「梨も美味しい」


 とスーラ。


「玄米粥!」


 とムッド。おいおい、それはたった一度きりのメニューだったはずだろう。


「パイナップル、わたし大好き!」


 とシエラ。初めはけっこう、見た目で嫌がってたよね、シエラ。


「昨日のかぼちゃ、美味しかったと思うぞ」


 とセイハ。意外なチョイスだ。


 こほん、とジッドが咳払い。


 ・・・おっさん、ろくでもないこと、言うつもりだな。


「みんなの意見はもちろん、大切だが、歓迎と言えば、肉。焼肉だ!」

「おおうっ、そりゃいーぜ、最高だ!」


 ジッドの言葉に、ノイハが叫ぶ。


 ジッドは意味が分かっていて言っているので、タチが悪い。

 ノイハは意味が分かっていなくて言っているので、タチが悪い。


 つまり、どちらもタチが悪い。


 子どもたちは、気づいて、目を見合わせている。


 次の瞬間、ジッドとノイハは、ジルにすごい表情でにらまれて、アイラに猛烈に叱られて、その上、クマラに小さな声でくどくどと言い聞かせられることになった。


「いいですか、二人とも。肉を食べられるのは、オーバが大牙虎を狩ってくるからであって、それは命がけの戦いがともなうことなの。だから、二人が言っていることは、オーバに命をかけろと言っているのと同じことになるの。オーバにもしものことがあったら、わたしたちの村はどうなると思っているの。ジッド、ノイハ、あなたたちはオーバの代わりが務まると思っているの? オーバがいなければ、この村が大牙虎に囲まれたら、誰が追い払うの? そもそも・・・」


 ・・・二人には十分にお仕置きが下ったと思う。


 まあ、いいか。


「ジル、アイラ、クマラ、それくらいにしておいて。ノイハはジッドの言ってる意味がよく分からなかったんだろうし、ジッドはおれを信頼しているから、そういうことを言ったんだよ。もう十分だから、許してやって」


 おれは立ち上がった。「今日は、みんなでセイハの粘土づくりを手伝うことと、アコンの幹の穴開け作業を進めること。畑はクマラ中心に、雑草を抜いておくようにね。おれは、ちょっと虹池まで行ってくるから。どうせ、もう少し大牙虎の数は減らしておこうと思っていたからね」


「オーバ、行くの?」

「ジル、心配しなくても大丈夫だ」

「心配なんてしてないわよ」


 アイラが笑う。「オーバのことを信頼しているのはジッドだけじゃないもの」


 ジルもうなずく。

 クマラもこっちを見ている。


「クマラ、今日中に戻るから、梨の実の汁を用意しておいてくれ」


 おれは、クマラに軽く手を振って、走り出した。






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