第25話 女神と小声で明るい話題を話した夜もあった場合(1)



 今日は、花咲池の村のトトザ一家が、村を抜け出す予定の日だ。


 おれが森の中にいるトトザ一家を迎えに行くのは二日後の明後日。


 しかし、花咲池の村は、最近、人の動きがおかしい。


 うまく抜け出せればいいのだけれど・・・。






 水やりランニングの後、みんなが梨をかじっている間に、土兎と森小猪に梨を切って与えてみたところ、森小猪は即座に反応して、食べ始めたが、土兎は全く興味を示さなかった。


 森小猪は、アコンの果実にも反応していたので、果物関係に興味を持つのかもしれないとクマラが言った。


 なるほど、そういう関係を結びつけるのか。


 試しに、ぶどうを一粒、投げ入れると、すぐに森小猪の口の中へと消えていった。


 さすがはクマラ。


 今度は、トマトを投げ入れてみた。


 あれっ?


 ・・・完全にシカトされた!?

 え、トマトって、美味しいのに?


 人間にも、森小猪にも、人気があんまりないのか?

 おれは断固として、トマト差別と向き合うことを心に誓った。


 その後、そのまま放っておいたトマトが根を張り、そこから生えてきたのは、後の笑い話となった。






 午前中は、竹から竹板をどんどん作り出していった。


 竹板がそろえば、ツリーハウスの建設に入る。


 現場監督はノイハに任せて、おれとアイラとジッドは、アコンの幹の穴開けに取り組んだ。


 作業は手慣れたもので、どんどん新居ができていく。

 慣れるって、すごいなと思う。


 最初に、ジルとウルと、三人でツリーハウスを作ったときは、実質、おれが作業のほとんどを担当していた。まあ、二人はまだ小さいからね。すっごく頑張ってくれたけれど。


 今は、ヨルとシエラがエランの相手をしながら樹上の屋根を作り、ノイハがセイハとムッドの協力を得てバンブーデッキを組み立て、ジル、ウル、クマラ、スーラで樹間の吊り橋と樹上への縄梯子を設置している。


 そして、昼前には、移住者用の新居が無事に完成していた。


 我が村の生産力は偉大だ。


 狩猟・採集から農耕・牧畜への境を経験することで、村人のサバイバビリティは高まっているのだろうか。


 すごいな、とノイハに言うと、新しい仲間のためだかんな、とノイハは笑った。

 こういうとき、ノイハって本当に、いいやつだな、と思う。






 いつものスキルを使って地図で確認すると、虹池の村の大牙虎には動きがなく、花咲池の村の人たちは、いくつかに分かれて森の中に入っている。


 いったい、花咲池の村の人たちは何をしているのか。


 このままだと、トトザ一家がどれなのか、よく分からない状態だ。


 まあ、迎えに行くのは明後日なので、そこまで待って、どれがトトザ一家なのか、じっくりと見極めればいいことだ。


 とりあえず、余計な心配をしてもしょうがない。


 時間が過ぎるのを待つとしよう。






 ネアコンイモを収穫し、種イモを植え直す。

 糸用のネアコンイモも収穫し、植え直す。

 ロープ用のネアコンイモも収穫し、植え直す。


 この作業も、みんな手慣れたものだ。


 およそ十日に一度、この村では行われている、定番の作業だ。


 芋づるロープはおれたちにとって、道であり、梯子であり、橋でもある。いくらあっても足りないくらいだ。


 アコンの木の根元で育てれば、ネアコンイモはだいたい一か月で通常の大きさになる。その大きさ以上には、大きくならないのが不思議だ。

 味は、サツマイモのイメージに近くて、いろいろな調理方法ができるようになれば、おもしろいのだが、今はまだ、煮込んだり、焼き芋にしたり、という感じで食べている。いつか、天ぷらにしてみたい。


 糸用のネアコンイモやロープ用のネアコンイモは、アコンの木の根元で育てる訳ではないが、芋づるは十日もすれば、植えた木の根元から太陽の光を浴びられる枝の先まで、伸びていく。

 一番太くなるのはアコンの木の根元で育てる場合だが、これは食用を前提に育てていて、芋づるの方が副産物だ。

 糸用やロープ用は、イモの大きさには何も期待していないので、芋づるさえ伸びればそれでいい、という考え方が適用されている。


 人間って、残酷だな、とも思うが、それはそれ。

 どうかネアコンイモよ、おれたちを恨まないでくれ。


 クマラは熱心に糸用のネアコンイモを量産し、雨の日には徹底的に糸を生産している。


 どうしてそんなに熱心なのか、と聞いてみたら、気温が下がってやることが少なくなる時期に、布をたくさん織りたいのだという。


「オーバが、どこかにあるものを採ってくるのじゃなく、こうやって、育てて採ることを教えてくれたから」


 なぜか、クマラは照れながら、そう言った。


「それに、この糸は、とても白くて、きれいなの。これで布ができたら、アイラに真っ白な服を着せたいの。すごく似合うと思う」


 そこは、アイラではなく、クマラ自身が着ればいいと思う。

 だが、そんなクマラの心根が、おれがクマラをかわいいと思うところなのかもしれない。


 毛皮中心の我が村の衣料革命は、そう遠くない未来に実現するのだろう。






 小川で、虎肉スープに香草を加えて煮込む横で、もうひとつ土器を並べて、かぼちゃを煮てみた。


 柔らかいけど、崩れるほどではなく、ほどよい噛みごたえと、かぼちゃ独特の甘み。


 ああ、もう少し調味料があればなあ、と切なくなる。


 今日の食事は、虎肉のとろとろスープとかぼちゃの煮物、デザートに梨とトマトだ。


 トマトを食べ残す者は許さない。

 村人にトマト慣れを起こす。


 そういう強い気持ちをもって、おれは取り組んでいる。


 しかし、今日は、初めてのかぼちゃの煮物にみんなの驚きが集中した。

 見た目が期待を裏切る、というパターンがいいらしい。


 それに、甘い味というところが、みんなの心に響くらしい。

 どうして甘い味ばかり、認められるのだろうか。


 頑張れ、トマト。

 本当は君の栄養がみんなを支えているに違いないのだ。


 立合いのときに、いつもよりも短時間で、ジッドやアイラを打ち負かしたのは、決していらだちがあったとか、そういうことではない。


 断じて、ない。






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