第22話 女神と一緒に、初めての村を訪れた場合(3)
梨の発見後は、もう今回の探索は十分だと言わんばかりに、花咲池の村を目指して走った。
『高速長駆』は今日も快調な走りを見せる。生命力・精神力・耐久力は消耗するが、時間は宝だ。寝れば回復するものには代えられない。
集落がはっきりと分かるところでスピードを落とし、かなり近づいてからは歩いた。
村の男がおれに気付いて、村人たちに声をかけている。
集落の前で、何人かが集まり、おれもその前でとまった。
こっちを見つめてくる。
そう言えば、人間が生き残っている村を一人で訪問するのは初めてだ。
なんか、作法みたいなもんがあるよな、そりゃ。
名乗り、あげるとか、かな。
先に名乗らないと、敵対しているとか思われるのも嫌だし。
まあ、敵対したとしても、問題はないけれど。
「森の村アコンの長、オオバだ。花咲池の村の人たちに話がある」
ざわっ、とした。
村人たちが、まさに、ざわついている。
本当なのか、とか、信じられない、とか、いろいろ言われている。
うん。
この反応は、ジッドからも聞いていたので、予想はしていた。
ジッドたちもそうだが、大森林外縁部の人々は、森の中に人間が生きているとは、考えていなかったのだ。
そもそも、彼らは森の中に入ると迷ってしまうので、大草原との境目の、いつでも森から出られる範囲で恵みを得て生活していた。
森の奥へと挑戦した者もいたが、その多くは戻ることができずに死んでしまったらしい。正直なところ、森の奥に入って戻らなかった者は、生きているのか、死んでいるのかも分からないのだ。
まあ、おれと出会って、森の奥にいた人間がおれ一人だけだったということは、ジッドはもちろん、他の全員にとって不思議なことだったのだが、そこは、女神の加護を受けているから、ということでなんとなく納得している。
それに、おれの存在で森の奥で生きる術を得ているので、感謝はしていても、疑問は何も言わない。
でも、まあ、おれに初めて会う花咲池の村の人々からすれば、森に暮らす人、というのはまさに伝説的存在、神にも匹敵する、ということらしい。これはおれが調子に乗っているのではなく、ジッドやアイラ、セイハが言っていることだ。
「サーラ、あれがおまえの言っていた男か?」
大柄な、身長百八十センチくらいはある男が、サーラの名を呼んだ。
あ、後ろにサーラがいた。
男がでかかったので、見えてなかった。
表情が、暗い。
目に力がない。
ああ、これは、なんかひどい目に遭ったんだな、と直感した。
自業自得、というような面もあるが、おれとしては、アイラやクマラに嫌われたくはないので、サーラに同情するとしよう。
サーラがうなずいたので、大柄な男がおれの前に出てきた。
「花咲池の村、長のイイザの子、ララザだ。森の人、用がなければ去れ」
あれ。
いきなり敵対的だ。
どういう理由があって、おれの存在が困るのだろうか。
「サーラは返さん。偉大な森の人とはいえ、おれたちの村のことに口出しは無用だ」
ああ。
おれがサーラを取り戻しに来た、という感じに受け止められたのか。
その割には、サーラが大切にされている印象を受けない。
あの暗い表情、間違いなく、ダークサイドに堕ちている感じがする。
まあ、どういうことがあったかは、残念ながら予想ができる。
アイラとちがって、自分の身を守る力が足りないサーラ。
そういうことだろう。
そして、それは、この原始的な社会での、ある意味での日常。
ただし、叔父のジッドと姉との恋愛結婚に憧れを抱いていたサーラにとって、ろくでもない男に蹂躙されるというのは、人としての健康な表情を失う、残酷な出来事だったと言える。
そういう誰かを踏みにじる行為に対する怒りは感じるが、おれ自身の中に、サーラに対する、うまく言葉にできない感覚もあって、そのことに対する怒りだけにのみこまれたりはしなかった。
そういえば、こいつ、アイラに半殺しにされたんだっけ。
もうその怪我は治ったみたいだな。
敵対的に対応されるなら、味方になってやることもないか。
別に、サーラを連れ帰るつもりはさらさらない。
でも、あえて挑発してみよう。
「・・・おまえの話はいろいろと聞いている。まだ幼いシエラにのしかかって乱暴しようとした情けない男なんだろう。成人前のサーラにも、どうせいやらしいことをしたんだろう」
「なにっ!」
サーラがうつむく。
当たりだな。
やれやれ、本当にろくでもない男だったんだな。
悪いことをしたとは思うが、うーん。
どうしておれは、サーラには優しくなり切れないんだろうか。
そんなことを考えていると・・・。
男はずいっと前に出て、おれを突き飛ば・・・そうとしたけど、おれをぴくりとも動かせずに、逆に後ろへよろめいた。
筋力値が違う。おれがふんばっていれば、突き飛ばすなんて不可能だ。たかだかレベル3くらいの力で、何ができるということもない。
・・・というか、こいつ、偉そうにしているけれど、クマラよりもレベルは下になるのか。
まあ、サーラはもちろんだが、アイラとシエラのこともある。
こいつに遠慮はいらない。
一回くらい、ぶっ飛ばして、おれのもやもやをすっきりさせよう。
それで力の関係は、はっきり分かるだろう。
レベル3ごときが・・・という調子に乗った発言は、ここまでとしよう。
死なない程度にぶん殴る。
それで、いろいろとすっきりしよう。
「・・・な、なんだ、お前?」
男は、予想もしなかった出来事に、戸惑っている。
おそらく、後ろに転がるおれをイメージしていたのだろう。
まあ、この村の中じゃ、長の息子で、レベルの上で、力も強くて。
つまりは井の中の蛙。
残念でした。
「今のは、この森の王たる、アコンの村の長への敵対だとみなす。覚悟はいいか?」
おれは、一歩、前に出る。
そのまま、ボディーブローを一発。
大男は、体をくの字に曲げて、悶絶した。
「よく聞けよ。おれは、サーラを連れ戻す気などない。サーラは自分で選び、この村に来た。村に来たものを大切にするのはお前らの務めだ。おれは、女神の言葉に従い、この村を大牙虎から助けようとここに来ただけだ。女神の加護がいらないのなら、そのまま滅びればいい。邪魔をしたな」
おれはそう言って、大男を見た。
聞いていない。
おかしな姿勢で、そのまま気絶している。
あら。
やり過ぎたかな。
『対人評価』でステータスを確認してみたが、死ぬようなことはなさそうだ。
おれはくるりと向きを変えて、すたすたと歩き去った。
「お待ちください、森の人」
森の中に入る寸前、呼び止められた。
ふり返ると、一組の男女がいた。
「私は花咲池の村のトトザ、こちらは妻のマーナです」
「アコンの村のオオバだ」
名乗られたら、名乗り返す、ということで良さそうなのでそうしてみた。
「オーバさま・・・」
「さまはいらない」
何かを言いかけたトトザという男に、即座に割って入って、そう言った。
「おれは女神とともに生きる者だが、ただの人だ。神のように扱われるのは、気分が悪いよ」
マーナという女性が、意外そうな顔をしている。
トトザも面食らったようで、口が開いたままだ。
花咲池の村は、ここから、動き出すことになる。
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