第22話 女神と一緒に、初めての村を訪れた場合(2)



 ぶどうの木からさらに西へと二時間進むと水音が聞こえた。


 小川が流れている。東側の小川はアコンの群生地から近くて、利用しやすいが、こっちはかなり遠いので、利用は難しそうだ。


 この辺での川幅は、いつもの小川とおなじくらいか。


 それなら、上流へ行けば、滝があるのかもしれない。

 そう考えて川をさかのぼり、上流の水源を目指して走った。


 驚いたのは、上流は天然のロックダムのようになっていた。

 岩場を登ると、ダム湖がある。広さはそれほどでもないが、石灰岩の岸壁から、三か所、細い滝が流れ出ていた。

 いつもの滝シャワーの十分の一くらいの水流が三か所から集まって、ダム湖を形成し、そこから少しずつ流れ出した水が小川になっているらしい。


 深さがそれほどでもなければ、天然のプールみたいなものか。


 それよりも、気になるのは、水鳥の存在だ。

 軽く五十羽は超えているが、人間であるおれが現れても、逃げるそぶりすらない。


 捕まえて鶏肉、という考えも浮かんだが、それよりも羽の回収を優先した。


 矢がまっすぐ飛ぶようになるという話はノイハから聞いていたので、持ち帰ったらノイハが喜ぶだろう。

 あと、ここの水鳥は、ノイハやクマラと相談して、捕まえたり、飼育したりしてみるのもいいかもしれない。

 渡り鳥の水場なのだとしたら、ある時期だけの存在かもしれない。


 時折、頭から水の中にもぐる姿が見られたので、魚か何かを捕まえて食べるのだろう。水鳥が一口で丸飲みにできるサイズは、人間用の魚としては小さい。


 そのまま折り返して下流も探索するが、途中で流れが大きく西へ曲がっていたので、『鳥瞰図』で流れる先を確認する。


 そこは花咲池の村だった。


 この小川は森の中を抜けて、花咲池へとつながっているようだ。

 それが分かったので、下流へ行くのは中止した。


 ついでに大牙虎を確認してみたが、動いたようすはなかった。


 そのまま、そこでかまどを組み、火を起こして、干し肉と潰したトマト、少しの水に獣脂を加えて、竹筒でじっくり煮込んだ。


 煮込んでいる途中で、セントラエムを通じて、ジルに今日は戻らないと連絡した。


 時間をかけてトマトスープが完成する。


 まだまだ、味付けは工夫が必要だと思うが、これまでの食事にはない新鮮な味だ。

 今後は工夫していきたい。


 それからさらに二時間ほど探索して、日暮れ前に野営場所を決めて、野営する。


 寝るまでは久しぶりにゆっくりとセントラエムと話し合った。


 その結果、明日は、花咲池の村を目指すことになった。






 朝、樹上のハンモックで目覚めた後、ふと、サーラを思い出した。そう言えば、ハンモックの話をしていたのだが、アコンの群生地へ着いて、実物を見て、使って、驚いていた。


 出ていってから、ほとんど考えることもなかった相手だが、花咲池の村へ行けば会えるだろう。


 顔を洗って、水を飲み、昨日もいでおいたトマトをかじった。

 赤い実の中から、ジェル状の酸味が口に飛び込んでくる。


 ジルやウルも、このトマトのなんとも言えない感じを好きになってくれるだろうか。


 この世界は食料にいちいちケチをつけたりしないが、それでも好き嫌いはある。

 例えば、大牙虎のレバーは、セイハは苦手だ。


 ウルは、パイナップルの熟れてない、すっぱい部分は、いやいやしながらジルに食べさせられていた。

 熟した甘いところは目を輝かせて食べるので、酸味が強いとウルは苦手なのか。トマトは健康に良さそうだから食べてほしい。


 何より、トマトは栽培が可能で、たくさん収穫できそうなのが、群生地の様子から予想できている。

 だから、今後、食料としてはある意味メインのひとつとなるはずだ。


 こうして、村を豊かにしていく。


 時間はかかるかもしれないが、着実に、人が安全に暮らせる、豊かな村をつくり、人口の増加に合わせて、生産力を高めて、森の中に国をつくる。


 だから、探索でみんなのためになるものを探しては持ち帰る。


 それが王としてのおれの役目だ。






 小川を下流へと進むが、川幅はほとんど変化しない。

 あの天然のロックダムが決壊でもしたら大変なことになりそうだが、あのロックダムのおかげで、この小川の水量は一定で安定したものになっているようだ。


 川沿いの探索で、なんと「かぼちゃ」を発見した。


 これも好き嫌いが分かれそうだが、調理次第かもしれない。


 サイズがあまり大きくないので、竹筒に土と根と苗を四本分回収し、実もいくつかかばんに入れる。アコンの木の根元の土を使えば、実の大きさも変わるだろう。


 前世の記憶があるから、これは食べ物になる、とおれは認識しているが、この世界の住人なら、そこに気づかずに、見た目の形で避けるのかもしれない。


 さらに下流へと進むと、岩場で水が地下へと吸い込まれているところにたどりついた。おそらく、ここから地下に入った水が、湧き出しているところが花咲池なのだろう。


 不思議なことに、大森林外縁部の水場は全て、その上流をたどれない。

 虹池も花咲池と同じで、アコンの群生地の近くの小川がその上流だろうと推測しているが、やはり地下へと流れて、再び湧き出している。


 まるで、水の流れをたどって、森の奥へと人が入ってくることを拒むかのように。


 森全体が、何かを守っている。

 それは、やっぱり、アコンの群生地ではないかと思う。


 まあ、あれだけ不思議な木だ。守られていても、そうだよなって感じはする。


 地下に吸い込まれた小川の向こう側には、魅惑の光景が広がっていた。


 二十本くらいはある果樹の群生地だ。

 しかも、実がなっている。


 というか、実がなっていなければ、果樹の群生地だとは判断できないんだけれど。


 「梨」だ。

 これは、なかなかの発見だろう。


 色は、濃い実なので、いわゆる赤梨タイプ。水分は控え目で、甘みの多くなる奴だ。


 さっそく、ひとつもいで、かじってみる。

 確かに、梨の味がする。


 ありがたい。


 これなら、好き嫌いはなく、全員が食べられるし、喜ぶ。


 数は十分にあるので、二百個くらいは収穫し、かばんに納めた。改めてこのかばんの収納力には感動する。


 しかし、梨ってどうやったら栽培できるんだろうか。


 梨の実をそのまま植えたら、生えてくるのか?


 そのへんがイメージできない。とにかくやってみて、できなければ、実のなる季節にここまでくればいいだけだ。しかも、ここは小川をたどれば着くので分かりやすい。


 収穫中に不思議なことに気付いた。


 果樹のうち、三本に一本くらいの割合で、全く実のない果樹があった。

 大自然の神秘だ。


 それに、梨の果汁で肉を漬けているという焼肉店のことを思い出し、村に戻ったら試してみることを決めた。


 大森林の恵みは、着実におれたちの生活を向上させてくれる。そんな気がするし、そんな木がたくさん存在している。


 森との共存は、大切なのだ。


 それと同時に、梨が腐る前に大牙虎を一匹狩ってこよう、ということも心に決めた。




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