第17話 女神を心から信じる少女に後押しされた場合(2)
真剣なスーラやムッドに、気休めはいらない。
「実は、ジッドには、ここで一緒に暮らそうって言ったんだ。でもな、ジッドは虹池の村を守らないといけないから、スーラとムッドのことはおれに頼むって言った。約束通り、おれはこの村でスーラとムッドを守る。だが、ジッドが虹池の村で戦って、大牙虎から生き残れるかどうかは、おれにも分からない」
「お父さんは、強い。村では誰も、かなわない・・・」
ムッドがつぶやくように言う。
「ああ、そうだな。ジッドは強い。でもな、ムッド。大牙虎も、強い。大切なのは、相手の強さを見誤らないことだろう?」
「・・・オーバ、お父さんを助けて・・・」
スーラの言葉に、返事ができない。
おれたちのところにも、虹池の村にも、大牙虎は向かっている。
自分たちを守らずに、他人を助けることはできない。
「ジッドさんは、このへんじゃ、知らねえ奴はいねえ、木剣の達人さ」
「わたしもジッドさんのことは聞いたことがあるわね」
セイハとアイラが発言した。「そんな人でも勝てないって言うのね?」
「・・・ドラハが三匹がかりで、血だらけんなって、殺されちまったよ。牙は鋭いし、それに爪もめちゃくちゃいてぇ。どっちにしても、死んじまう深手になんのさ」
ノイハが珍しく、重々しい口調で話している。「村じゃ、ドラハはアイラん次に強かったさ。それでも、ダメだった。おれに、逃げろって叫びながら・・・」
「じゃ、オーバなら勝てるっていうのね?」
アイラがおれをちらりと見て、ノイハに尋ねる。
「・・・そりゃ、何度も目の前で見たしな。オーバはあいつらが三匹同時にかかってきても、おれが知ってるだけで、三回はボコボコにしちまったよ。オーバはドラハの何倍もつえー。それは間違いねえなあ」
「ジルは、オーバがあいつらを七匹、この森から追い払うのを見た。そのうち二匹は倒して食べた」
「オーバが大牙虎より強いのは、間違いないよ」
ノイハとジル、セイハがおれの強さに太鼓判を押す。
「じゃあ、オーバとわたしとノイハで、大牙虎の退治に行く。みんなはこのアコンの家にこもって、出ないようにする。それでどう?」
「いや、アイラやノイハは、あいつらと戦えるかもれないけど、ここに残された者たちがあいつらと戦う力がない者ばかりというのは不安が大きいよ」
アイラの作戦に、セイハが異を唱える。おれを数に入れんな、とノイハが小さくつぶやく。
「・・・それなら、オーバとわたしとノイハが行くのは変わらないけど、大牙虎の数とかが確認できたら、戦いはオーバに任せて、わたしとノイハがこの村に戻る。オーバは虹池の村を助けに行くっていうのは?」
「オーバがこのところ、おれたちが行くところへ芋づるのロープを結んでいるのは知っているだろう、アイラ。あれは、おれたちがこのアコンの木の家で暮らすために、迷わずにここまで戻ってこられるように、道しるべとして結んでいるんだ。大牙虎とどこで戦うことになるかは分からないけれど、オーバと離れたら、この森の中で、迷わずにここにたどり着ける自信はあるか?」
セイハは重ねて、アイラの作戦に異を唱える。
「・・・できないわよね。そもそも、わたしはシエラを連れて、この森で迷って怪我をしたところでオーバに助けられたんだもの。ノイハも、無理なの?」
「この森は、奥にいると、景色が変化しねえんだよ。広過ぎんだよな。似たような木が多すぎる。虹池の村からここまでやってきたときにもさ、セイハとそういう話はした。この森の奥で、迷わずに行動できんのはオーバだけさ」
「・・・わたしたち、オーバに頼ってばかり」
クマラがいつもの小さな声で言った。
うーん。
頼られるのは構わないし、それだけのレベル差が明らかにある。
でも、それがみんなの、負い目みたいになるのは、やめてほしい。
おれは、もう、見えないセントラエムに話しかけるだけで、自分以外は誰もいない、転生したばかりの頃の生活になんて、戻りたくはない。
みんながいてくれて、幸せなのはおれの方だ。
「・・・ごめんなさい、わたしが、いけなかったの・・・」
突然、ヨルがそう言った。
みんなの注目が、ヨルに集まる。
「わたしが、あのとき、干し肉を・・・」
「ヨル? 何の話だ?」
セイハが、疑問をぶつける。
確かに、何を言いたいのか、よく分からない。
でも、まずい話のような気がする。
「わたしが、オギ沼の少し奥の方で・・・」
ヨルが涙まじりに話し始める。
女の子が語るときは、泣きながらというのがたまにある。
これはそのひとつだが、いわゆる、「罪の告白」だ。
あの日。
オギ沼の奥、森に少し入ったところの木の下で。
ヨルは、とても小さなかわいい動物を見つけた。
それは、とてもかわいい赤ちゃんだったのだが、体のサイズに不釣り合いなほど大きな牙が生えていた。
木の根元あたりが、くり抜かれたように空洞になっていて、その中に隠れていたという。
近づいてみたら、二匹いた。
でも、警戒して、外には出てこない。
とてもかわいい。
触ってみたい。
どうすれば、出てくるだろうか。
ヨルが思いついたのは、食べ物でおびきだすことだった。
オギ沼のなまずを釣るときも、カエルなんかをエサにおびき出してから、捕まえていた。
走るのが得意なヨルは、全力で村へ戻り、祖父が隠していた土兎の干し肉を手に取った。
そして、赤ちゃん大牙虎のところへまた走って行き、二匹がまだ木の根元の空洞の中にいることを確認すると、少しずつ干し肉をちぎって、置いていく。
五、六回、ちぎって置いたくらいで、ふらふらと赤ちゃん大牙虎は出てきた。
二匹がヨルに近づいてくる。
最後は、手に持った干し肉のかけらを与え、そのまま赤ちゃん大牙虎を一匹、抱き上げた。
赤ちゃん大牙虎の抵抗はなかった。
かわいい。
それだけしか、考えていなかった。
赤ちゃんがいた木の向こうで、物音がするまでは。
現れたのは大牙虎。
おそらくは、この子たちの母親。
思わずヨルは走って逃げた。
走るのは得意。
でも、赤ちゃんは両手に抱き上げたままだった。
オギ沼のほとりを全力で走りながら、追いかけてくる大牙虎を見る。
一匹、二匹、三匹、四匹と、どんどん数が増えている。
手にもっている赤ちゃんが原因だと気づいて、慌てて放り出す。
落ちて転がる大牙虎の赤ちゃん。
走って逃げるヨル。
ヨルが放り出した赤ちゃん大牙虎のいるところを通り過ぎても、大牙虎の動きは止まらなかった。
どうして、と思うが、考えている余裕はなかった。
ヨルは助けを呼ぶ。
叫びながら、オギ沼の村へ駆け込む。
大人たちが出てくる。
そこへ次々と大牙虎が飛びこんできて・・・。
そして、村は滅亡した。
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