第15話 女神が話しかけても返事をしなくなった場合(3)



 何かが、おかしい。


「どうかしたのか?」

「・・・女神さまが、オーバが待っている、と・・・」

「女神・・・?」


 女神って、あれ?

 セントラエムの、こと、だよな?

 なんで、クマラがセントラエムと?


「・・・はい。女神さまが、オーバの夜伽を務めるように、と・・・」

「よと、ぎ・・・?」


 よとぎ?

 夜伽、か?


 女神さまが、って、どこの女神さまだ?


「・・・女神が、そう言ったの?」

「はい・・・」

「クマラに?」

「はい・・・」


 いや。

 ちょっと、待って。


 誰だよ、その女神は?

 ・・・セントラエムだよな?


 あいつ、そう言えば、クマラで実験しろって、しつこく言ってたし。

 女神のお告げで、クマラを従わせようとしたってことか?


 でも、セントラエムの声って、おれにだけ聞こえるんじゃなかったっけな?


「本当に、女神の声だったのか?」

「・・・聞こえたのは、滝の水を浴びていたときだったけど、それが初めての、お告げだったので、聞き間違いかと、思ったんだけど・・・。

 それまでは、オーバ以外はジルしか、お告げを聞いたことがなくて。

 でも、今回は、ノイハも、女神さまから、わたしをオーバのところに行かせろって言われたと聞いたから、本物の女神さまの声だったのかと納得して・・・」


 ノイハにも?

 いや、納得してって何?

 女神の言うことなら従うってどうよ?


 いやいやいや、そうではなくて。


 おれ以外にはジルしかって、どういうことなの?

 セントラエム、何してんの?

 いつの間に?


「・・・オーバは、わたしじゃ、嫌なの?」

「そういうことじゃなくてな・・・」

「わたしは、オーバが好き、よ・・・」


 やられた。

 女神に言われたから、じゃなくて。


 それだけじゃなくて、自分の本心も、そこにある、と。


 セントラエムは、おれには分からないクマラの女心をしっかりと掴んでいたのだろう。そして、それを利用して、実験しようと・・・。

 いや、それだけじゃなく、クマラの思いをかなえさせよう、というところも含まれていそうな気がする。


 クマラが震えながら、おれに抱きついた。


 体格差があるので、地上に落ちたりはしないが・・・。


「セイハは? 何も言わなかったのか?」


 あの野郎、兄としての責任を果たしやがれ。


「お兄ちゃんは、おまえの好きにしなさいって・・・」


 ・・・あいつ、兄の自覚、ないんじゃないか?


 ノイハも、一枚噛んでるみたいだし、これは周辺を固められ、外堀が埋った状態だ。


 どうしたもんか。


「クマラ」

「はい・・・」

「クマラはまだ、12歳だろう?」

「・・・まだ子ども、ということ? わたし、もう、月のものは始まってるよ・・・」


 初潮は既に迎えているようです。

 保健体育の性教育か。


 17歳のアイラならともかく、12歳のクマラには、流される訳にはいかない。アイラに流されたのも勢いだったから、本当は要注意だけど・・・。


「成人には、まだ届いてないよね」

「・・・わたしじゃ、やっぱり、嫌なの?」


「そういうことじゃないよ」

「嫌なの?」


「嫌なのではない」

「じゃあ・・・」

「でも、クマラはまだ12歳で、成人してない」


 おれはきっぱりと言った。「成人してないクマラと結ばれる訳にはいかないよ」


「女神さまのお告げでも・・・?」

「女神さまのお告げだからこそ、だよ。クマラの意志ならともかく・・・」


「わたしは・・・オーバと、結ばれたい・・・」

「まだ、早いよ、クマラ」


「成人だったら、いいのよね・・・アイラみたいな・・・」

「アイラは関係ないよ。クマラのことなんだから」

「アイラは関係ない・・・わたしのこと・・・」


 クマラの表情は見えない位置にあるが、つぶやいた雰囲気が、なぜか嬉しそうだ。


「クマラ、ちょっと待ってて。セントラエム、いるんだろ?」


 ・・・。


 無視、してやがる。


 他の人がいるところで、他の人が起きているところで、セントラエムに話しかけるのは初めてだけれども。


 今回は、何か、あやしい。


「セントラエム、いるのは分かってる」


 そりゃそうだ。

 おれの守護神なんだから。


「セントラエム、クマラに、「お告げ」を与えたんだな?」


 ・・・。


 沈黙はイエスとみなす。


 懐かしいこっくりさんモードなのか。


 クマラの前じゃ、言えないことは、言わないように。


「セントラエム、ノイハにも、「お告げ」を与えたんだな?」


 ・・・。


「返事がないってことは、セントラエムの信者である、クマラやノイハを騙して操ろうとしたってことでいいんだよな?」


 ・・・そういうつもりではありません。


「しゃべれるんなら、ちゃんと答えろ、セントラエム。

 クマラやノイハは、おれにとっては大切な仲間だ。いくら、おれの守護神だからって、やっていいことと悪いことがある。

 そういうつもりじゃなかったのなら、「お告げとして、夜伽を命じたのではない」ということでいいんだよな?」


 ・・・命じた訳ではありません。


「今のは、クマラにも聞こえているのか?」


 ・・・いいえ、今は、スグルにだけ、です。


 話しかけられる対象は一度に一人だけだ、ということか。


「では、直接クマラに、セイハのところに戻って、ノイハを呼び戻すように話してくれ」


 おれはそう言って、しばらく待つ。

 クマラの手から、少し力が抜ける。


「女神さま・・・」


 クマラが、おれから手を離して、どこか宙を探すように、視線をさまよわせる。


「・・・はい。分かりました」


 どうやら、セントラエムは、おれが知らないうちに、ジルやクマラやノイハに話しかける力、すなわち何らかのスキルを手に入れていたらしい。

 ひょっとすると、もともと持っていたのかもしれないが。


 それとも、以前聞いた『神意伝達』のスキルは、おれ以外も初めから対象だったのかもしれない。または、スキルレベルが上がって可能になったか。


 クマラがすっと立ち上がる。この子の所作は、とても美しい。


 セントラエムが話を済ませたようだ。


「女神さまから、話を聞きました・・・」

「そうか。よかった」

「あと、2年半で成人だから」


 クマラはそう言うと、さっと身をひるがえし、縄梯子の方へ進んだ。


「え・・・」


 今のは。

 どういう意味だ?


 まさか、と思い、クマラに『対人評価』を使う。






 名前:クマラ 種族:人間(セントラ教:アコンの村) 職業:覇王の婚約者

 レベル2 生命力11/20、精神力14/20、忍耐力12/20

 筋力10、知力14、敏捷10、巧緻10、魔力11、幸運10






 クマラのステータスを見ると、職業のところに「覇王の婚約者」と書かれていた・・・。


 それは仕事なんだろうか・・・。


 セントラエムに、クマラに何を話したのか、問い詰めようとしていろいろ質問したが、返ってきたのは沈黙だけだった。


 守護神って、何・・・?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る