第15話 女神が話しかけても返事をしなくなった場合(2)
「少しだけなら」
「じゃ、やるわよ」
アイラは嬉しそうだ。戦闘民族なのか?
アイラは棒の中間部分を両手で持って構えている。
おれはほんの少しだけ、斜めに立ち、全身の力を抜く。
ぐるん、と回された棒が、おれの頭を狙ってくる。
おれには届かない、いや、違う。
アイラは棒を回しながら、持ち手の位置をうまくずらして端を持ち、振り終わりは棒が最大の長さになるようにしていた。
おもしろい技だ。
少しだけ横へ動いて避け、おれが避けたことに驚いたアイラの表情を確認しながら、振り下ろされた棒を上から踏みつけ、棒の先端を地面に押し付ける。
そこから二歩、棒をのぼってアイラの腕に重みをかけながら、棒のしなりの反動を生かして跳ぶ。
アイラの腕から棒は離れて落ち、おれはアイラの後ろにすとんと下り立った。そして、首に手刀を優しく、とん、と当てる。
「はい、これでいいかな」
負けたアイラの表情よりも、ノイハの開いた口の方がおもしろい感じになっていた。
ジルやウル、クマラは、当然でしょう、という顔をしていたし、ムッドはアイラの棒術に興味を持ったらしい。
おれも、おもしろいと思ったので、アイラにはみんなに棒術を教えるように頼んだ。
河原に戻ると、セイハたちは字の練習をしながら火の番を続けていた。いい傾向だ。
ジルたちがそれに加わる。
アイラも後ろからのぞいていたが、中に引っ張りこまれて、カタカナをたくさん書かされていた。
おれはひとっ走りして、下流からスイカを確保して戻った。
みんなでイモと干し肉のスープを飲んで、デザートにスイカを食べた。
ノイハが、セイハにさっきのおれとアイラのやり取りを興奮気味に説明して、アイラに軽く小突かれていた。
その後、ジルとウルを中心に組手の型を繰り返している時、アイラがまた手合わせを願い出た。
おれはアイラの打ち込みを避けたり、流したりしながら、アイラの鼻をつまんだり、耳を引っ張ったりして、勝ちを宣告した。
アイラの打ち込みは当たったら怪我をする勢いなので、おれ以外には練習でもやらないように釘をさしておく。一対一なら、アイラは大牙虎と十分互角に戦えるだろう。
「・・・本気で打ち込みにいって、あっさりかわされるんだから、本物よね」
アイラはあきれたようにつぶやく。
まあ、おれとアイラではレベル差は五倍以上、ほとんどの能力値でだいたい200くらいは差があるので、こういう結果になるのも当然なのだとは思う。
ムッドが拾った棒でアイラの真似をしている。
そういう行動が大切なのだと思う。
何かを身に付けようと、あがくこと。
それがこの世界を生き抜く術。
組手の型を終えたジルとウルは、棒を拾ってきて、アイラの近くにいる。
アイラの指導で、棒を振り回す子どもたち。
小川周辺の安全を確認し、クマラ、スーラ、シエラを連れて、アコンの群生地へ戻る。途中、木々を芋づるロープで結んで、ロープの道をつくる。竹の伐採地のように、小川への道順もこれで大丈夫だろう。
栽培実験室から種芋を用意して、細い芋づるのネアコンイモもどきを掘り返す。イモはとても小さいが、芋づるの方がとても役に立つ。
木の上で枝に絡んだ芋づるを外すのは、スーラだ。木のぼりがとても上手で、シエラが感心していた。
イモを掘り返した分、同じだけ種芋を埋めて、水を遣る。クマラが教えて、シエラとスーラが頑張る。
こうやって、教え合い、学び合うこと。
これが、おれとセントラエルが考え出した、実験の方法。
この豊かで、そして厳しい世界を、たくましく、生き抜くために。
・・・たくましくとはいっても、女性陣の滝シャワーに参加しようと必死になるノイハのようなたくましさを求めている訳では決してない。
その晩、語り合いたいと言ったノイハによって、ハンモックではなく、竹板の床の上で寝ることになった。
ハンモックでも語れるのに、何を言ってるんだ、と思ったが、まあ、男同士、話すのもいいだろうと、従った。ノイハはハンモックだと、すぐ寝てしまうから、と言っていた。
西階の1段目は、毛皮の敷物を用意していなかったので、寝転ぶと痛い。
誘いに乗らずにハンモックにしとけばよかったと思いながら、しばらくはこれからのことや、必要なもの、この村の方針などについて、浅い話をノイハが振ってきたことに答えていたのだが、あまり実りはなかった。
まあ、ノイハだから。
そして、トイレに行ってくる、と言ったノイハに、暗いから気をつけろよ、と返すと、今日は月がきれいだから大丈夫だ、と言われた。
そういえば、今夜はなんとなく明るい。
おれは竹板の床の端から空を見上げた。
確かに美しい満月の夜だった。
そのまま、端に腰かけて、膝から下をぶらりと下ろす。
先月の満月は、気づくこともなく過ぎたのだと、思い至った。
異世界にも月があると知った。
この月も、太陽の光を反射して輝いているのだろうか。衛星としての月の数は地球と同じなのだろうか。いくつかの月があったりしないのだろうか。やはり潮の満ち引きとも関係しているのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、足音が隣に来て、止った。
「ノイハ、お前もたまには、いいことを教えてくれるよな。確かに、今夜の月はとてもきれいで、見応えがあるよ」
おれは、月を見たまま、ふり返らずにそう言った。
「オーバ・・・」
その、とても小さな声は、明らかにノイハの声ではなかった。
誰だか、すぐに分かった。
確認するまでもないが、ふり返る。
そこには、クマラが立っていた。
さすがに、おれの座高とクマラの身長では、目線の高さがいつもと逆転してしまう。おれはクマラを見上げる形になった。
クマラは目線の高さをそろえようと、ゆっくりと膝をついて、正座した。
「クマラ?」
ノイハがいなくなって、クマラがここに来た。
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