第15話 女神が話しかけても返事をしなくなった場合(1)
『高速長駆』のスキルはすごい。今までみんなで歩いて三日くらいはかかった距離だが、約二時間で走り切った。マラソンなら一時間以内でゴールできそうだ。
二人の女性、一人は少女だが、それを抱えて、それでも陽が沈む前にツリーハウスまで戻った。
これなら、もしもの場合でも、おれ一人でなら、ジッドのいる虹池の村が大牙虎に襲われたとときに、援軍として間に合うかもしれない。こういうスキルはもっとほしい。
あまりの速さに、二人が気絶寸前だったことは忘れよう・・・。
だんだん、人間離れしたことができることが分かってきたので、非常事態以外はできるだけやらないことにする。
いや、ジルたちからしてみたら、既に何度も目にしているのだろうけれど。
二人を下ろしたが、少しふらついている。
申し訳ない。
ジルが、西階の二段目から顔を出した。
「オーバ!」
するするっと、地上へ下りてくる。
ジルだけでなく、みんなが次々に集まってきた。
「んな? アイラじゃねーか? シエラもか?」
ノイハが二人の名前を呼んだ。
セイハとクマラも、前に出てきた。
五人は、互いの無事を手をとって喜んでいる。
「あの人、クマラの知り合いなの?」
「そうね、ダリの泉の村の人よ。とってもきれいな人だったから、覚えてる」
ジルとヨルがそんな話をしている。
ノイハ、セイハ、アイラが話を続けているが、クマラがシエラの手を引いて、おれのところに来た。
「オーバ! 女神さまが助けるようにお告げをしてくださったのは、アイラとシエラだったのね」
いや、そうだと分かっていた訳ではないけれどね。
まあ、クマラも嬉しそうで良かった。
偶然なのだろうけど、アイラが嫌な思いをしたダリの泉の村の連中は、ここにはいないようだ。というか、もうこの世にはいないのだろう。
雨はかなり弱くなってきているのでたぶん明日は晴れるのだろう。
もうすぐ陽が沈む。雨雲のせいで、もう既にかなり暗くなっている。
おれは東階の一段目をアイラとシエラの寝床にすることを告げ、場所がなくなったノイハはおれと一緒に西階の一段目へハンモックを移動させて寝るように伝えた。
東階の二段目はセイハとクマラの兄妹、樹上はムッドとスーラの兄妹、西階の二段目はジル、ウル、ヨルのオギ沼の村の三人娘の寝床だ。どこも屋根が万全の場所である。
積もる話はあるだろうけれど、明日は晴れるだろうし、今日はゆっくり休んで、朝から頑張ることを伝え、それぞれの部屋に散った。
寝る前にスクリーンを出して全員のステータスをチェック。状態異常などの気になることは今のところない。
鳥瞰図を最大で、範囲探索して、大牙虎の群れを確認。ダリの泉の村から動いた様子はないようだ。
オギ沼の村にいた期間よりも、長い。群れの数が減っていることもあるだろうけれど、やはりダリの泉の村が大森林周縁部で最大の村だったことが、大きいのだと思う。まだ、食べ物に困っていないのだ。
スキルを使うと、精神力や忍耐力を消耗するが、この後、一晩寝れば、回復する。
ノイハは既に眠っているようだ。
セントラエムといろいろと相談し、またしてもセントラエムが言い出したクマラを寝所に呼べという無茶なお告げを全否定して、おれも眠る。
この村が、アイラとシエラにとって、心休まる場所であってほしいと思う。
翌朝、晴れたので、いつものように地上で女神への祈りを捧げる。ジルが祈りの言葉を並べて、みんなを導く。
アイラの祈る様子は真剣で、妹のシエラが慌てて真似をしている。ずっと意識がなかったシエラと違って、アイラはシエラが神聖魔法で癒されたことを見たのだから、女神に対する思いも真剣そのものだ。
相変わらず、セイハは参加していない。おれも参加していないが、それは、それ。
そもそも、おれは女神と直接、毎晩のように話し合っている。ジルがセントラ教の巫女なら、おれは教祖とか、そういう立場だろうと思う。
お祈りの後は、いつもの体操とパンチアンドキック。セイハに体操くらいは参加するように声をかけたが、断られた。本当に運動が苦手なんだな。
本日最初の作業は、竹の伐採から。そして、竹のある場所までは、走る。ランニングを組み込んだ作業だ。
おれが先頭を走り、ヨルがそれについてくる。最後尾はセイハで、あきらめ気味だが、ジルやウルが頑張っているので、なかなか粘る。帰りは竹を運んで歩くから大丈夫だと信じよう。
ジルやウル、スーラは二日がかりで一本を切り倒す。ムッドなら一日二本は倒せるし、クマラもムッドと同じだ。ヨルは一本。セイハとノイハは協力して一本。これは道具が足りないから。初めてのシエラは、アイラが助けながら、一本、切り倒した。おれはさっさと五本、切り倒す。
五日後には、ここの竹は全滅するかもしれない。何本かは残して、それからはもう一つの竹林を利用しよう。
帰りは竹を運びながら、途中の木々に、芋づるを巻いて結び、道順を示すようにしていく。
ノイハやセイハによると、森の木々が似通っているので、油断するとすぐに迷ってしまうという。セイハは、だから走るのは止めた方がいい、と言いだしたが、それはスルーした。
竹の二分割はジルに任せて、ツリーハウスに使っていない、別のアコンの木で、おれは作業を進めていく。住居に隙がなくなってきたので、新たなツリーハウスをつくるのだ。
今のツリーハウスがアコンの木八本分の大邸宅だとしたら、アコンの木三本分の小さ目の家をあと二件、用意しようと思う。
セイハとクマラの家と、アイラとシエラの家だ。そのためには、大牙虎の牙をアコンの幹に打ちつけて、くぼみをつくり、竹を噛ませていかなければならない。
クマラがシエラをトイレに連れて行った。アイラもクマラに呼ばれて、それに従う。ここのトイレの使い方を二人に教えるのだろう。
クマラはこういう気がきく。こういうことが自然にできる子は本当にありがたい。
ジルの指示に従って、ノイハが働き、次々と必要なサイズの竹板ができる。
ウルが倉庫から芋づるロープをとってきて、おれが新たに設置した高さ三メートルの二本の竹の上に、二分割にした竹を敷いて、ロープで縛っていく。
明日も同じ作業をすれば、新居の一段目が完成するだろう。五日後には、二段目もできると思うが、三段目は新しい竹林での作業がいる。おおまかにはそういう計画で動くとしよう。
小川へ移動するが、その前に、セイハ、スーラ、シエラに『神聖魔法・回復』のスキルを使う。ランニングと竹の切り倒しで、かなり疲れたらしい。レベルが低いと、トレーニングそのものが大変だ。
なぜか、レベルなしのジルとウルは大丈夫だった。この二人はここで暮らし始めて長いし、おれとの旅も経験して、基礎体力が違うのかもしれない。教育の成果というか、修行の成果というかは難しいところである。
河原でかまどづくりをして、竹筒イモスープの準備をして、火を起こす。かまどの数はいつもよりひとつ増やした。人が増えたら、食べ物だけでなく、燃料の消費も増えることを意識しなければならないだろう。
火の番をセイハとスーラ、シエラに任せて、上流へ進み、滝のそばまでいく。滝の東側によじ登り、実験水田予定地を竹の端材で囲む。二メートル四方の、小さな小さな水田予定地だ。竹の端材は八分割にした節二つ分の端材で、周りの土が崩れてこないようにするためでもあり、周りに水が漏れ出ないようにするためでもある。
囲った予定地を交代で耕す。石斧はこういう時は、農具と化す。道具はひとつで何役もこなす。人間もそうありたいものだ。生えていた草を根こそぎ抜いて、出て来た石を放り出す。
交代で休憩をとる間に、芋づるで縄梯子を作りながら、スクリーンで大牙虎をチェックする。まだまだ大牙虎に動きはないようだ。
長い棒状の折れた木の枝を拾ったアイラが、構えて上下左右に振り回す。なかなか、さまになっている。さすがは戦士だ。
「オーバ、手合わせして」
休憩中に、ハードなお願いがきたものだ。
他のみんなも作業の手を止めておれたちを見守っている。
「ノイハがオーバはすごく強いって。わたしよりもね。一度、手合わせをしてほしいわ」
ノイハが、さっとおれから目を反らした。
いやいや、相変わらずノイハはノイハらしいことをしてくれるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます