第10話 女神を信仰しない少女が仲間に加わった場合(3)
おれは、ジッドと別れ、ジルとウルの方へ歩いた。
ジルは村の子たちに、あの体操を教えている。
子どもたちは楽しそうに体を動かす。ちょうど、ジャンプのところだ。両腕を開いたり、閉じたりしていた。
この子たちを守れないのかもしれないと思ったが、もう口には出さなかった。
ヨルが、おれに気づいて、駆け寄ってきた。
「オーバ」
「なんだい?」
「オーバは、本当に、大牙虎を倒したの?」
「ああ、まあ、そうだな」
「そうなんだ・・・」
ヨルは、直接、大牙虎を見たことがある。そしてそれは、村が襲われた時のことだ。
村を滅ぼした大牙虎に勝てる人間がいるなんて、信じられないのだろう。
「ねえ、オーバ」
「ん?」
「ジルが言ってたけど、オーバは女神に守られてるの?」
あ、そこもか。
いやいやいやいや、大牙虎を倒したってとこより、そっちの方が信じられないだろうね。そりゃそうだよ。
ジルが女神を信じているのは、ジルやウル、そしてノイハが、おれの神聖魔法で怪我の治療を受けたことがあるからだ。
ああ、そういえば、今日はセントラエムが、おれの怪我を一瞬で治したところも見てたよな。
そういう、あり得ないような、信じられないことを目にした訳でもないのに、ヨルに女神を信じられるはずはない。
セントラエムがすねなきゃいいけど。
「ああ、そうだ。おれは、女神に守られてるよ」
「そうなんだ」
ヨルは笑ったり、馬鹿にしたりはしなかった。
「でも、わたしは、女神って言われても・・・」
その表情は、女神がいるならどうしてわたしたちの村を守ってくれなかったの、という感じか。
ま、セントラエムはおれの守護神であって、村の守り神ではない。
別にいいけどね。
セントラエムは、間違いなく、ここにいる。
おれがここにいるんだから。
守護神のセントラエムがいないはずがない。
「ところで、ヨル」
「なあに?」
「おれたちは明日の朝から、森へ戻ろうと思う」
「ジルとウルを連れて?」
「そうだ。ノイハも一緒だな」
「そう・・・」
「ヨルはどうする?」
「ジルとウルは、ここに置いて行ってほしいの」
「それはできない」
「どうして?」
おれはヨルの手を引いて、虹池の方へ歩いた。
ヨルはちょっとだけ驚いたようだが、大人しくついてきた。
他の人たちから離れたところで、小さな声で話す。
「・・・ジルとウルはおれが守ると約束した。だから、ここには置いていかない」
「どうしても、連れて行くの?」
「そうだ。あと何日かすれば、この村にも大牙虎の群れが来る」
ヨルは黙った。
その恐怖を体験したヨルだから、おれの言葉の意味が理解できる。
ここにも、いつか必ず、あいつらは来るのだ、と。
「ヨルは、どうする?」
「オーバは、ここの人たちを見捨てるの?」
「さっき、ジッドには話した。説得したが、この村と虹池を捨てられないそうだ」
「そう・・・」
「おれたちは、明日の朝、森へ帰る。ヨルから、クマラとセイハにも伝えてくれ。ヨルたちが一緒に来てくれるのなら、歓迎する。でも、ここに残ると言っても、それはかまわない。おれは、ジルとウルと、ノイハを連れて行く」
「分かった」
ヨルはうなずいた。「でも、もう答えは決まっているの」
「そうか」
「オーバたちについて行くわ。だって、わたしたちは、もう、とっくに、逃げ出したんだもの」
他のみんなが殺されていく中、逃げた自分を心のどこかで深く、深く、責めている。
十歳とは思えない、その言葉。その表情。
背負ってしまった悲しみの重さ。
おれについてきたからといって、必ずしも大牙虎から逃げられる訳ではないのだが、それはもう言わなかった。
アコンの群生地だって、あいつらは来るのだ。
ただし。ヨルが一緒に来るというのなら、ジルたちと同じように、おれが守ろう。
「オーバ、この子たちを、頼む」
翌朝、出発直前に、ジッドが二人の子どもをおれに預けた。
昨夜はジッドの家、というかテントハウスに、おれたちは泊めてもらった。
そこでジルたちと仲良くしていたジッドの子どもたちだ。
「ジッド?」
「もしも、大牙虎に村が襲われたら、おれはこの子たちより、村を全力で守るだろう。だから、この子たちはオーバに預けたいんだ」
ジッドの子は、ムッドという男の子とスーラという女の子だ。
父が、別の男に子どもを差し出しているのだが、こどもたちの方には嫌がる様子もない。
「この子たちには、今朝、分かりやすく話をした」
「どんな?」
「森の奥でオーバにいろいろなことを学んで、村に戻って役立ててほしい、という話だ」
なるほど。
大牙虎の話は抜きにして、しかも、ずっとではなく、一時的な森への移動だと、カモフラージュできている。
村の、他の家族にも、そのままの説明で通用する。
大した知恵だ。
「おれは、大草原から来た、よそ者だった。ここで、この虹池の村で妻と出会い、この子たちが生まれた。妻は死んだが、この村への恩は忘れていない。この子たちが無事なら、おれはそれでいい。ここに残って、おれは、できるだけ、この村を守る」
「分かった。この子たちのことはおれに任せろ」
「二人とも、名乗りをあげなさい」
「虹池の村、ジッドとヒーラの子、ムッド」
「虹池の村、ジッドとヒーラの子、スーラ」
「うん。ムッドとスーラ。オーバだ。よろしく頼む」
「はい」
「はい」
小さいが、よく躾けてあるようだ。ジッドは大草原から来たと言っていた。その部分に、納得ができた。だから、この村で、もっとも強いのだ。
昨日のうちに、全ての人に『対人評価』を使って、ステータスを確認していた。
ジッドのレベルは8だった。
8つのスキルを持つ、人間。
たった一人だけの、大牙虎に対抗できる可能性がある、人間。
おれから見たら五分の一程度だが、この村では圧倒的に強いのだろう。
他がみなレベル4以下なので、ジッドのレベルの高さをとても不思議に思っていたのだが、大草原からの流れ者だったというのなら、いろいろな経験を積んできたのだろう。
その知見は必ず役に立つものだ。
「ジッド、いつか、大草原の話を聞かせてくれ」
「ああ、大草原のことなら、夜通しでも教えてやろう」
おれたちは、互いに互いの肩を軽く叩いて、そのまま別れた。
アコンの群生地へ向かって。
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