第10話 女神を信仰しない少女が仲間に加わった場合(2)



 ぼんやりと考え事をしながらだったが、いつの間にか、解体があらかた終わっていた。ずいぶん、慣れたものだ。小川はまだ血生臭い。おれはどうやら無意識のうちに、虹池を汚さないように作業を小川でしたらしい。


 そして、いつの間にか、大勢の人に囲まれていた。そんな中から、一人の男が話しかけてくる。三十歳くらいだろうか。


「わたしはジッド。虹池の村の者だ。オーバ、わたしたちは君たちを歓迎する」

「相変わらず、かたいね、ジッドさんはさ。なんで、そんなんなのさ」


 ノイハ、お前が柔らか過ぎるのかもしれないぞ・・・。


 しかし、知り合いか。

 意外と、村と村との交流はあるようだ。


「ありがとう、ジッド。大切な小川を汚して済まない。みんなにこの肉をふるまいたいんだが、肉を食べるのは、この村でのしきたりに反したりはしないかな」

「大丈夫だ。というよりも、みんな、楽しみにしている。土兎や森小猪を食べたことはあるが、それさえこの村では珍しいことだ。まして、大牙虎の肉となると・・・」


 ジッドはおれから、肉塊へと視線を移した。「どんな味なのか、想像もつかん」


「おれはこの肉が好きなんだが、みんなの口に合うといいな」


 おれはそう答えて、準備を始める。


 かばんから、持ってきていた薄い平石を四つ、取り出す。小川から使えるサイズの石を取って、焼肉かまどを作っていく。ジルとウルの行動が素早い。おれが二つ作る間に、それぞれがひとつずつかまどを作った。


「火を起こしてもらえると助かる。この平石を熱して、そこで虎肉を焼いて食べるんだ」

「石で焼くのか。なるほど、分かった、任せてくれ」


 ジッドが村の人たちと一緒に動き出す。


 ジルとウルが竹筒を用意して、おれが削り取る獣脂を受け取って詰める。ジルに手伝えと言われて、いそいそとノイハも手伝うが、しばらくしたらまたいなくなる。


 火起こしが始まり、煙のにおいがしてくる。


 ビワの葉を皿代わりに、削いだ肉を並べていく。重ねながら、一皿に十枚ずつの虎肉だ。


 続けて、前回と同じく、心臓と肝臓を切り取り、ハツとレバーも用意。


 それぞれの肉に、岩塩を削ってまぶしていく。本当は、取れたての肉より、少し置いた方がいい、という話も聞いたことがあるけど、ここの亜熱帯な気候で腐ったら困るしね。


 平石が熱くなってきたらしく、ジルとウルが獣脂を小枝でぬっている。


 じゅうっ、という音が、においとともにやってきた。


 小枝菜箸を使って、脂をひいた平石に、次々と肉をのせていく。ひとつの平石で五枚の虎肉が、焼けている。


「丸焼きではない、初めての食べ方だ」

「そうなんだ。おれたちは、こういう食べ方でやってきたよ」

「オーバ、まだかよ」


 ノイハ、おまえは後回しに決まってるだろう。

 なんで、最前線で待ってるんだ。


「ノイハ。こんなに小さなジルとウルが我慢して、いろいろと手伝ってるのに、おまえはいつの間に食べる方に加わってんだ」

「いや、だってよう・・・」


「虹池の村の人たちが食べてから。あと、ヨルとクマラとセイハが食べてから、おれたちだぞ」

「くぅ~・・・」

「ジル、焼くのを頼む」


 おれは、ノイハの残念そうな顔を無視して、最近、上手に箸を使えるようになったジルに、焼き係を任せることにした。


「焼けたら、新しいビワの葉に二枚ずつのせて、渡してあげなさい」

「分かった」


 ジルが焼け具合を確認しながら、小枝箸をかまえた。


 おれは、新たな虎肉をそぎ落としていく。


 一度に、こんなに肉を食べるなんて、ついこの間まで、想像もしていなかった。半月も、森で、たった一人で、イモばかり食べていたことを思い出す。

 この世界には、おれしかいないのかと思って、こっくりさんだったセントラエムに確認したこともあった。


 焼き上がった肉をビワの葉に2枚ずつのせて、ジルが虹池の村の人たちへと渡していく。

 大人も、子どもも、笑顔だ。

 さっきの話じゃ、この村では、肉を食べるのはかなり珍しいことのようだ。


「・・・驚いた。土兎とは全く味が違うものだな。なんといううまい肉だ」


 ジッドがビワの葉に残ったもう1枚の肉を見つめたまま、そう言った。

 そこまでうまかったのか。


「まだ、たくさんあるから、どんどん食べればいい」

「ああ、そうさせてもらうとしよう」

「オーバ、おれは? おれは?」


 さっき言ったのに・・・。


「ノイハ。この村の人たちと、ヨル、クマラ、セイハは食べたのか?」

「おっ・・・と、セイハたちがまだだな」


「じゃあ、待て」

「くう~・・・」


 村の人たちが大きな口を開けて笑う。

 ノイハが、場を明るく、柔らかくしていく。


 この人たちを、死なせたくない。

 これが最後の晩餐に、これが最後の笑顔に、なるかもしれないのだ。


 どうすればいいのだろう。






 焼肉パーティーを終えて、膨らんだ腹を抱えて横になったままのノイハを放置し、おれはジッドを探した。


 残った肉は、明日以降、村で食べてほしいと渡しておいた。


 ジルとウルは、二人組での形の練習をしている。


 ジルが突き、ウルがさばいて、突き返す。ウルが突き、ジルがさばいて、突き返す。ジルが蹴り、ウルがさばいて蹴り返す。ウルが蹴り、ジルがさばいて蹴り返す。


 それを村の子どもたちが目を見開いて注目している。中にはマネをし出した子もいる。


 見つけたジッドは、小川に入り、一生懸命、石を拾っては落とし、拾っては落とし、という作業を繰り返していた。謎だ?


「何をしてるんだい?」

「いや、オーバがさっき使ってたような、平らな石がないかと思ってな」

「ああ、あれか。この辺りには、ないかもしれないな」


 あの形の石は、おそらく石灰岩地形に近い、上流だから、手に入るのだと思う。


「そうなのか・・・」


 ジッドは肩を落とした。


「肉を食べるのは珍しいんだろう。そんなに必要な道具でもないはずだ」

「・・・いや、そう言われてみれば、そうだな。確かにそうだ。まあ、次はいつ、肉が食べられるか、分からんからな」


 ジッドは笑って、小川から出てきた。「わたしに何か用か」


「ヨルの話を信じなかったらしいな」


 その一言で、ジッドは話の内容が予想できたようだ。


 虹池の村は、四家族の集落だった。

 人口、十七人の、小さな村。


 そこに、ヨルたち三人がやってきた。


 ヨルは、セイハたちとともに、大牙虎が村を襲ったと一生懸命説明した。村が全滅したことも、必死で伝えた。

 でも、信じてもらえない。


「・・・そんなことは、これまで一度もなかったからな」


 ジッドはそう言った。


 森の奥に生息している大牙虎は、森の恵みで生きている大森林周縁部の人たちにとって、遭遇することさえない、伝説の獣だという。


 森でのウサギ狩りやどんぐりの採集中に、遭遇したという者がいたら、誰もその話を信じないのが普通なのだという。


 そもそも、生活区域がはっきりと異なる存在だったのか・・・。


「おれのところにも、大牙虎は来た。あの時は七匹いた。追い払ったが、気になったので森を出てきたんだ。ジル・・・ヨルたちの村は、全滅していた。骨しか残さず、あいつらは村の人たちを食べ尽くしていた。あいつらが次の村に移った後、おれはオギ沼の村について、それを見たんだ。オギ沼に彼らの骨は沈めたよ」

「・・・本当、なのか?」


「おれが確かめたのは、オギ沼だけだが、ノイハはダリの泉の村も、大牙虎に襲われて全滅だったと言っていた。それに、さっき食べた大牙虎は、そこの森の中から、この村を見張っていた。ジッド、信じてほしい。大牙虎は賢い獣だ。襲われたら、この村は全滅する」

「そう言われてもな・・・。さっきも言ったが、大牙虎が森から出て、村を襲うなんて、今までになかったことだ。大牙虎が襲ってくると信じることすら難しい上、その大牙虎を二匹もオーバは倒したのだろう? オーバにできたのなら、わたしたちにもできるかもしれない」


 そう言われたら、返す言葉がない。

 おれの方があんたよりはるかに強い、と言う訳にもいかない。


「それでも逃げるべきだと思うんだ。ここには小さな子たちもいるだろう。ジッド、村の人たちを説得できないか?」

「・・・それは、難しいんだ」


「信じられないからか?」

「いや、オーバがそこまで必死に、言ってくれていることを疑うつもりはない。しかし、だからといって、逃げるのは、な。それは、この村を、この虹池を捨てる、ということだろう?」


 ジッドの言葉は、重かった。


 この世界に転生してきて、1ヶ月と少し、というおれとは違う。何年も、何年も、ここで暮らした者の言葉の重みだ。


「水場は、生きるための場だ。そこを離れて、わたしたちに何が残るというのか」

「そうか。そうだな。でも、大牙虎は危険な獣だってことは、忘れないでくれ」

「ああ、そうしよう」



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