第10話 女神を信仰しない少女が仲間に加わった場合(1)



 結論。

 虹池の村は、無事だった。誰一人として、血を流す者などいない。


 それどころか・・・。


「ジル! ウル!」


 ジルよりも少し年上の少女が、駆け寄ってきた。

 10歳くらいだろうか。美少女だが、かなり疲れているように見える。


「ヨル!」


 ジルが少女の名前を叫ぶ。


 この子が、オギ沼の村の、もう一人の生き残り、ヨルだ。

 ヨルが、ジルを左手で、ウルを右手で、抱き寄せる。


 良かった。

 ジルとウルが、同じ村の生き残りと出会えて。

 それだけで、森を出てきたかいはあったのだが・・・。


 ジルとノイハは、それぞれ、出会った人に驚いた。


 ジルはヨル。

 ノイハは、クマラとセイハ。


 クマラとセイハは、ダリの泉の村が大牙虎と戦う前に、ヨルと一緒に逃げた二人だ。


 どうやら、ヨルはダリの泉の村を離れた後、セイハのアイデアで大草原へと迂回するルートをとり、大牙虎のダリの泉へと向かう進行ルートを避けて、オギ沼の村を目指したらしい。それで、オギ沼の村の全滅を確認したという。


 予想はしていたが、あの惨状を目にして、もう歩けないと座り込んでしまったそうだ。確かに、あの光景は、これ以上、言葉にしたくない。


 だからといって、ダリの泉の村へと戻って、大牙虎とばったり遭遇してしまう、というのは命にかかわる。このままオギ沼の村にいるのも危険だ。


 セイハの熱心な言葉かけに、ヨルは立ち上がり、ダリの泉の村とは反対方向の、虹池の村を目指して歩いた。

 この間、ヨルは一人ではなく、とても苦しかったのだが、クマラとセイハの兄妹に支えられながら、ここまでたどり着いた。


 クマラとセイハの兄妹も紹介してもらえた。しかし、兄のセイハは、ノイハと会うと、複雑そうな表情になっていた。

 どうやら、セイハは戦わずに逃げたことが負い目らしい。


 ノイハは気にしていないようだ。いや、そういうとこ、いいとこだと思う。


 未確認だが、ダリの泉の村も全滅した可能性が高いことをノイハが二人に伝えると、二人の表情は曇った。オギ沼の村の惨状を見ていたら、ダリの泉の村がどうなったのかは想像できてしまうのだろう。


 それはともかく。

 そんなことより。


 これは、まずいぞ。

 このままじゃ、この村も、遠からず全滅するだろう。


 どうして、おれは気づかなかったのか。

 どうして、おれは、一匹、見逃してしまったのか。


 どうして、あの三匹は、おれたちよりも先に、この村の近くにいたのか。


 その答えが分かってしまった。


 あいつらは、ヨルたちを追ってきたに違いない。いや、ひょっとすると、ヨルは、オギ沼の村からずっと、あいつらに追われていたのかもしれない。


 獣なのに、最も高い能力値は、知力。

 やつらは、賢い猛獣なんだ。


 ノイハの後から、オギ沼の村にあらわれたのも、三匹一組のグループだった。


 三匹一組で行動しているグループは、偵察とか斥候みたいな、追跡などを担当している小グループなのだろう。

 そして、人間の住む村の位置を割り出している。逃げた奴をその場で殺さず、気づかれないように追いかけて、この次の食料とするために・・・。


 さらに言えば、そういう命令を出す個体が、群れの中にいる。この予想は、たぶん正解だ。そして、それはとても危険な個体だ。獣の範疇を超えている。


 さっき、おれは、三匹も食べられないし、肉が腐ってしまう、などと単純に考えて、カタメをあっさり逃がしてしまった。


 それが重大なことだと思わずに。

 それが新たな犠牲者を生むことにつながると思わずに。


 おれなら、大牙虎に負けるようなことはないから、と。


 この時点で、大牙虎の群れにこの村の位置は伝わることは確定だ。


 村人たちの全滅は、ここが先になるか、それとも花咲池の村より後になるか・・・。


 それだけの違いでしかない。

 戦う力のない者に、大牙虎の群れを撃退できるはずがない。


 弱肉強食。

 セントラエムが、いつか言った。

 この世界で生き抜くのは難しいのだと・・・。

 ここは、それだけ厳しい世界なんだってことを、おれはうっかり忘れていたのだ。


「オーバ、村の人が、解体に水場を使っていいってよ。虎肉、虎肉!」


 脳天気なノイハの声に、ふと我に返る。

 おれはさっき倒した大牙虎を二匹、かついだままだった。


 不思議と、気持ちが楽になる。ノイハには、そんなところがある。どんなときでも明るさを失わないってことが、こんなに価値があるとは思っていなかった。


 ヨルが、おれのかついだ大牙虎をじっと見ていた。


「・・・本当に、大牙虎が死んでる」

「だから、そう言った。オーバはすごく強い。ヨルもわたしたちと一緒にいればいい。それでもう大丈夫。心配いらない」


 ジルが自慢気に、おれのことを話す。


 ごめんな、ジル。

 おれは、そんなに立派な奴じゃないよ。


 ノイハの後ろについて、水場へ歩く。ジルとウル、それからヨルもついてきた。途中、虹池の村の人たちとも、あいさつを交わす。誰もが、大牙虎に興味津々だ。


 虹池は、不思議な池だった。

 光が、いろいろと変化する池だ。水底の鉱物の関係か、それとも光の屈折か。確かに「虹」の色をした池だった。


 その虹池から、小川が、大草原へと流れている。


 虹池の水は澄んでいる。だからこそ、いろいろな色に見えるのだろう。その池の底には、大きな穴がある。おそらく、あれは地下水の噴出口だ。人工のものではない、自然が創り出した偶然の産物。

 この虹池も、オギ沼も、ひょっとしたら、ダリの泉や花咲池も、大森林の奥にある石灰岩台地に降った雨が流れ出て、一度地下にもぐって、大森林の周縁部に溢れ出してできたものなのだろう。


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