第7話 女神と子ども二人の樹上生活を向上させた場合(2)
翌朝。
おれは、ジルとウルを起こして、眠そうな二人を連れて、木を下りた。
二人には、朝から体操を教える。まあ、あれだ。夏休みの朝の、あれだ。日本で一番有名な体操だ。
それから、正拳突きを教え、見よう見まねでやらせてみる。
さらに、右前蹴りと左前蹴りも、見よう見まねでやらせてみる。
気合いの声が響く。
鍛練なのに、楽しそうなのはなぜだろう。
なぜ、そんなことを始めたのかというと、昨夜のセントラエムとの話から、思いついたのだ。
『学習』スキルの効果で、おれが他の人たちよりスキル獲得がしやすくなっているとしたら。
『教授』スキルの効果で、おれが教えたら、他の人もスキルを獲得してレベルを上げられるのではないか、と。
実験台のようで、ジルとウルには少し、申し訳ないが、試してみる価値はある。まあ、それでスキルが増えるのなら、この子たちの人生が豊かになるのだから、許してもらうとしよう。
英才教育の始まりだ。
運動後は水分を摂らせてから、座って胡坐をかき、静かに祈りを捧げさせる。
二人には、おれの言葉を繰り返して、覚えるように伝えている。
「我らが守護たる」
「我らがしゅごたる」
「われらが、しゅ、ごたる」
「美しき女神、セントラエムよ」
「美しきめがみ、せんと、らえ、むよ」
「うちゅくしきめがみ、せん、とらえ、ぬよ」
「今日も我らをお守りください」
「今日も我らをお守りください」
「きょうも、われらを、おみゃもりください」
そのまま、1分ほど、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
何をしているのか、よく分かってはいないだろう。まあ、一緒に過ごす初めての朝だから、これがここでの普通なのだと思わせてしまうことで、毎日の生活にいろいろな修行を混ぜてしまおうという魂胆だ。
それでも、二人には、二人が大牙虎から受けた大きな傷がきれいに癒されているのは、女神セントラエムの加護によるものなのだと、教えている。ジルは、ウルの背中の大きな傷が完全になくなっているのを不思議に思っていたらしく、そうだったのかと納得していた。
今日が「セントラ教」の始まった日だったと、記録される日がいつか来るかもしれない。
祈りの後は、字を教える。
棒で地面に書いた文字を音読させながら真似して書かせる。
「ジル」
「じ、る」
「ウル」
「う、る」
「オオバ」
「お、お、ば」
「女神」
「め、が、み」
「ジル」
「じ、る・・・」
繰り返し、繰り返し、書かせていく。
書かせているのは、「ひらがな」だ。
そんなものを教えていいのか、と考えはしたが、結局、おれが一番教えやすいのは、ひらがな、カタカナ、漢字。つまり日本語なのだと気がついたのだ。
そもそも、二人とも、文字そのものが初めてなので、どんな文字でも興味があるようだ。実験なのだと自分に言い訳しながら、まずはひらがなでの名前からスタートしてみた。
何か、効果があると、信じていたい。
もちろん、作業も、可能な限り、手伝わせた。
今朝はまず、竹を切るところから始めた。
昨日もジルは手伝おうとしていたので、今回は最初からやらせてみる。
まだ力が弱いウルには難しいので、小石をたくさん与えて、2メートルくらい離れた竹に向かって、投げさせた。
的は、おれが書いたへたくそな大牙虎の絵だ。
一本の竹の、ウルの視線の高さに、竹炭で四足歩行の動物を描いた。口から生えている牙が長いという特徴がある。しかし、下手くそな絵だ。こういう時のスキルはないものか。
ジルが竹を切る作業に夢中になっている間に、ウルは竹に描かれた下手くそな大牙虎に、夢中になって小石を投げ続けた。
おれはいつも通り、竹を六本切り倒して、アコンの群生地に戻った。ジルとウルも、おれと一緒に歩いて戻る。いつもと違うのは、もう一度、竹が生えているところへ行き、さらに六本の竹を切り倒したことだろう。ジルとウルもさっきの続きを頑張っていた。
ジルの竹はジルに任せたままで、おれが交代して切り倒すのは遠慮した。自分でやり通してこその達成感だしね。
切り倒した竹の加工は後回しにして、栽培中のびわやネアコンイモへの水やりをジルとウルに教えながら、進めていく。
二人には竹筒のじょうろを渡してある。
びわは慌ててもまだ育たないだろうが、ネアコンイモは違う。特に、アコンの根元に植えた分は、ぐんぐん成長している。芋づるはおよそ十メートルの高さの生活空間にまで伸びてきている。アコンの木は何か、特殊な効能があるに違いない。
別の木の根に植えたものや、別の木の根元にアコンの根元の土を移して植えたものは、アコンの根元のものほどには成長していない。しかも、芋づるの太さに違いが出てきている。
まあ、その違いは、ロープの種類を多様にしてくれるので、歓迎できる変化だ。
細い芋づるは、別の木の根元に植えられたネアコンイモの芋づるだ。
太い芋づるは、元々のネアコンイモと同じく、アコンの木の根元に埋めたもので、成長も早いみたいだ。
細いと太いの間、中間的な太さの芋づるは、別の木の根元にアコンの根元の土を移して植えたものだ。
芋づるの太さの違いは、作るロープの太さの違いになる。この実験は、イモの栽培というより、芋づるの利用という意味で、大成功だった。まだ栽培したイモを収穫していないし、食べてないので、そちらの成果はいずれ分かるだろう。
ちなみに、水やりは少なめの方が、芋づるの成長が早いことも分かった。この辺の気候が「降ればどしゃ降り」という感じだからか、単に水が少ない分、太陽の光を求めて伸びるのかは分からない。
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