第6話 女神の助言に従って獣の群れと戦った場合(2)



 おれは樹上に上り、子どもたちのようすを確認した。


 樹上から、さっきの戦いを見ていたようで、少し興奮しているようだ。敵討ち、という気分なのかもしれない。


「大牙虎は、もういない。大丈夫だ」

「・・・見てた。あなたは、強い」


 大きい方の少女、ジルが答える。


「おれはまだやることがある。ここで休んでるように」

「・・・ついていきたい。一緒にいたい」


 どうしたものか、と考えてみたが、この子たちにとっては、アコンの群生地に来たのは初めてのことであり、ここが安全だと感じられる訳ではない。


 だから、今の段階ではもっとも安全だと思える、大牙虎を倒したおれの近くにいたいのだろう、と納得した。


 まあいいか、連れていこう。


「自分で歩けるか?」

「歩ける」


「そっちの子もか?」

「うん。歩ける。でも、疲れたら、私が背負う」


 少女は真剣な顔で、そう言った。


 責任感の強そうな子だ。小さいのにしっかりしているのは、この世界が日本よりもはるかに過酷で、生き抜くのが難しい証ではないかと思う。


「いや、いい。疲れたら、おれが抱いていくよ。おれはオオバだ。君の名前は?」


 ステータスを確認したので知ってはいるけれど、改めて、聞く。


「私は、オギ沼の村、ティムの子、ジル。オーバ、助けてくれて、ありがとう」


 おれはジルの頭を軽くなでた。

 もう一人、小さい方にも向き合う。


「君の名前は?」

「・・・ウル」

「おれはオオバ、よろしくな」


 いずれ、この子たち、ジルとウルは、元いた村へ送り届けるつもりだ。


 しかし、今すぐ、ここを離れる気はない。樹上屋敷は未完成だし、周辺の探索も不十分で、生活資源の確保や食料生産体制もまだまだ途中だ。


 ジルとウルを守りながら、しばらくは一緒に暮らす。


 そもそも、ジルの話とセントラエムの話を合わせて考えると、ジルたちの村が大牙虎の群れに襲われたのは、間接的に、おれがアコンの群生地に転生してきたからだ、と考えられる。


 ここは、森の周縁部に暮らす人たちが立ち入らない奥地で、もともと大牙虎のような猛獣たちが跋扈していた、らしい。そこに高レベルのおれが転生し、本能的に怖れた猛獣が逃げて、新たな縄張りを求めたため、そういうことになったのではないかと思う。


 自覚はないが、ジルとウルがここに来たのは、おれのせい、ということである。


 もし、この子たちの村が全滅していたのなら、このまま、ここで預かって育てなければならない、という覚悟は決めた。






 二人はその場で少し待たせて、倉庫へ行く。樹間を移動するロープの縄梯子で作ったつり橋は、この子たちの歩幅に合っていないので危険だ。道具や食べ物、燃料など、いろいろなものをかばんに詰め込んで、寝室に戻る。


 ジルを背中に乗せ、しっかりつかまらせる。ウルを左腕に抱えて、下へおりていく。


 着地して、二人をおろした。大牙虎の屍を並べてロープでまとめる。左肩に二匹の大牙虎をかついで、小川をめざす。小さな二人が頑張ってついてくる。歩くペースは子どもに合わせてゆっくりだ。


 途中、体がふらふらし始めたウルに『対人評価』をかけると、忍耐力が1になっていることが確認できた。頑張ったウルをほめて頭をなで、それから右腕に抱いて歩いた。もう一人の少女、ジルは我慢強く、小川まで歩き抜いた。


 小川のそばで二人を休ませる。水を美味しそうに飲む姿がかわいい。


 二人の横で、竹筒に水をくむ。そこに、小さなネアコンイモのかけらと干して刻んだビワの葉を入れ、岩塩を削り落とす。


 川石を組んで薄い平石をのせ、簡易のかまどをつくり、竹筒を置く。竹筒はびわの葉と小石でふたをする。火を起こして、薄い平石を加熱していく。


「ジル、火の番を頼む。火が弱まったら、薪を追加して」

「うん」


 ジルとウルをかまどの前に座らせ、薪を置く。


 おれは川の対岸にそれぞれ大牙虎の屍体を置き、石斧を別の石で叩いて、大牙虎の首を割き、川につけた。血があふれ、流れ出ていく。大牙虎よりも下流は赤く染まっていった。


 血抜きをしている間に、かばんから芋づるを取り出して三つ編みでロープにしていく。さらに、そのロープを使って縄梯子を作る。


 ジルたちが自分で樹上にのぼれるようにするためだ。


 樹上での他の木への移動に使っている横にした縄梯子のつり橋も、竹板を加えて、この子たちの歩幅でも落ちないように工夫をしなければならないだろう。


 それから、川沿いの一、二メートルほどの斜面に、竹の端材をかためて並べる。その近くにある平石や川石で周囲を包み、さらにビワの葉で穴をふさぎつつ、土に少しずつ水をかけながら、覆って固めていく。

 下と上にだけ穴が空いた状態で、下から薪と細枝を差し込んで、かまどの火を移す。


 簡易の小さな登り窯だ。これで、竹炭ができるはず。


 大牙虎の首をつけているところから下流に血の流れが見えなくなったので、血抜きは進んだようだ。

 一度河原に大牙虎を引上げ、腹の中央に、尖った石で、直線上にいくつもの穴を開けていく。尖った石を、小さめだが一番鋭利な石斧に持ち替える。小さめの石斧で、開けた穴と穴をつないで、腹を割いていく。

 ジルはかまどに集中していたが、ウルは興味津々でこちらを見ている。


 動物の解体など、おれ自身は詳しく知らないはずだが、『調理』スキルの効果なのだろう。なんとなく、やるべきことは分かる。


 割いた腹の中から、食道から肛門まで、内臓部分を切り離す。小さめの石斧が、意外と切れるので良かった。

 内臓部分も使い道があると考え、下流で洗ってから置いておく。ホルモン焼きとか、ソーセージ、ウィンナーみたいな使い方があるかもしれない。

 大牙虎の胃袋はとても堅くて、この子たちの靴の材料にしてみようと思う。そうやって、内臓を除いた腹の中を洗う。


 そのまま二体とも、小川の流水につけたままにしておく。洞窟滝からの水は冷たいのでちょうどいいだろう。


「オーバ、薪がない」


 ジルが呼んだ。


「分かった」


 薪がないなら、そろそろいいだろう。

 かまどの火の中に、ビワの葉でくるんで、蔓草でしばったネアコンイモを放り込む。これは、おれ用の焼き芋だ。


 熱された薄い平石の上の竹筒から、小石とビワの葉のふたをとって、中をのぞく。湯気が出て、入れていた芋が崩れている。「ネアコンイモのビワ茶スープ」なのだが、ふたを戻しておく。まあ、二人にはもう少し我慢してもらおう。


 焼き芋だと、久しぶりの食事としては固いだろうと思ったので、こういう調理方法を選んだ。


 鍋があれば直火にかけられるが、竹筒では熱く焼いた薄い平石の上で熱するくらいが限界だろう。竹が燃え尽きたら食べ物じゃなくなってしまう。


「ジル、ウル、移動する。歩けるか?」

「歩ける」


 ジルは立ち上がった。

 ウルも黙って立ち上がる。


 河岸の段差は持ち上げてやり、そこから先は限界まで歩かせる。さっきと同じように、途中でふらふらし始めたウルは抱きかかえて歩いた。


 次の目的地は竹の生えているところだ。

 竹は便利なので乱伐しているが、豊富に生えているので気にならない。


 いつもは四本から六本くらいは切り倒すが、今日は帰りにウルを抱きかかえる前提で、二本だけにする。


 二本目を切り倒そうとしたところ、ジルがやってみたいというので、少し、手伝わせた。

 石斧を他の石で叩いて竹を切るのだが、まだ力が足りないのか、小さな切れ目をいれるのにも時間がかかった。


 小さなきこりの頑張りをほめる代わりに頭をなでて、おれは交代した。


 そして、伐採した二本の竹を引きずりながら、ウルを抱きかかえて歩き、アコンの群生地まで戻る。


 ジルはよく歩いた。


 二人を休憩させている間に、石斧で竹を分割して竹板にした。四分割にした竹板は、縄梯子のつり橋にのせてみた。


 その上を歩いてみたが、思った通り、固定されていないので、不安定でかえって危ない気がした。


 固定するため、縄梯子の短い横ロープに、上、下、上、下と絡めて差し入れる。隣り合う竹板は、下、上、下、上と互い違いに差し入れる。竹板の間が開かないようにロープで互いを結んで固定する。


 もう一度竹板の上を歩いてみたが、今度はかなり安定している。竹のしなりが、ロープのしなりと合っているので丁度よい。


 寝室から、貯水室、トイレまで、この子たちが移動しやすいようにつり橋を改良した。他のつり橋は近日中に改良しようと思う。


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