第6話 女神の助言に従って獣の群れと戦った場合(1)


 もう一度、スクリーンに鳥瞰図を出して、大牙虎の群れの位置を確認しようと思ったが、その瞬間に黄色い毛の動物の姿が見えた。目視範囲なら、もう必要ない。


 黄色、というより、黄金のようだ。

 毛皮だけでも価値がありそうだが、今のところ、手に入れたとしてもどうすることもできないだろう。

 そういえば、『相場』というスキルをもっているが、こんな森の中では使い道がない・・・。


 思っていたよりも、身体は小さい。

 牙は確かに大きいが、身体は太ったシェパードの成犬、といったくらいか。「大、牙虎」ではない、「大牙、虎」なのだろう。

 まあ、それでも小さい訳ではない。あくまでも、思っていた虎のイメージよりも、小さいというだけだ。


 そんな大牙虎が、ゆっくりと、おれに近づいてくる。


 後方の3匹が、アコンの木を回り込んで、おれの背後を目指す。


 獣のくせに、戦い慣れている気がする。

 村を群れで襲ったからだろうか。そう思うと嫌な感じだ。何人、犠牲になっただろうか。


 ・・・支援、します。


 セントラエムがそう言って、何かのスキルを使ったらしい。


 淡く、白い光が、おれの全身を包む。

 力が湧いて、勇気が出る。戦いをサポートするタイプのスキルなのだろう。


 大牙虎の動きを放置していたら、このままでは、囲まれてしまうよな。

 周囲を見回して、それぞれの位置をもう一度確認する。


 いける。


 おれは、子どもたちが樹上にいるアコンの木に向かって、走り出す。

 大牙虎も誘われたように反応して、駆け寄ってくる。狙い通りだ。


 おれはそのまま跳躍し、アコンの木を蹴って、反対側のアコンの木の方へと跳んで、その根元に着地した。『二段跳躍』のスキルだ。『運動』スキル、『跳躍』スキルとの相乗効果もあるのか、自分でも驚いてしまうジャンプ力である。


 おれが蹴ったアコンの木を目指して、スピードを上げていた大牙虎たちを、おれは軽々と飛び越えて、置き去りにしてみせた。


 大牙虎がのそりとこっちを向き直った時には、既に、背後をとられないようにアコンの木を背負って立っている。


 うん、見える。

 大牙虎の動きが、はっきりと。


 一応、大牙虎の一匹に『対人評価』のスキルを使ってみる。






 名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし

 レベル7

 生命力86/90、精神力26/30、忍耐力45/50






 ・・・動物も分かるんかい!


 無駄だろうと思いながら使ってみたら、人間でなくても『対人評価』が使えた。対人ってなんだ?


 脇見は危険だから、スクリーンは使っていない。直接、頭の中に数値が浮かぶ。


 種族のプラス補正なのか、生命力はレベルの10倍より高い。人間よりも、基本的に生命力が高いということだろう。しかし、精神力も、忍耐力も、レベルの10倍より低い。


 レベルから考えると、スキルは七つ。内容は、不明。


 生命力は、同じレベルの人間よりは多いが、今のおれの4分の1以下だ。


 セントラエムが言っていたことが理解できてきた。大牙虎とおれではステータスの数値が桁違いだ。レベル差がありすぎる。大牙虎よりも、おれの方がはるかに強いということが分かる。


 おれがアコンの木を背負っているからか、三方から、3匹の大牙虎が距離を少しずつ詰めてくる。残りの4匹はその後方で、にらみをきかせている。


 そのにらみは、もはや全くきいてないけど。

 たかが中型から大型犬サイズの、でかい牙が生えた猫じゃねーか。虎だけど。


 3匹との距離が、詰まる。


 うん。

 前足に力を入れ、後足が沈む姿で、飛び掛かってくるタイミングが、分かる。

 右手側の一匹が、少しだけ遅れるのも、分かる。


 大牙虎が飛び上がろう、とした瞬間、右手の大牙虎との距離をこっちから詰める。


 伸び上がった体勢でさらされたあごを右足の前蹴りで吹き飛ばす。


 他の2匹が飛び掛かった場所には、もうおれはいない。


 前蹴りの勢いで、さらに海老反りになって浮いたところへ、追い打ちをかけるように飛び蹴り。

 左、右、左、と三連打。


 『蹴撃』と『飛蹴連打』の二つのスキルだ。


 背中から大地に落ちる大牙虎の首を着地の勢いでそのままドンと踏みつぶす。


 『対人評価』で、足元の大牙虎のステータスを確認。






 名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし

 レベル6 状態:麻痺

 生命力4/82、精神力22/26、忍耐力39/43






 首を踏みつけたままでいると、生命力が3、2、1と減っていくのが分かった。


 そして、0に。生命力が0になると、精神力も忍耐力も0になった。

 大牙虎は死んだ。


「まずは、一匹」


 おれは、アコンの木の前に着地した2匹の大牙虎に向き直った。


 さっきの動きで、おれに躱された結果、アコンの木に突撃したらしい。あの固い樹皮が削られている。ステータス値はおれより低いとしても、あの牙には注意しよう。


 大牙虎は警戒を強めたようで、喉の奥から、ぐるるるぅぅ、と、うなりをあげている。さっきのように飛びかかろうとはせず、こちらには近づいて来ない。弱い犬ほどよく吠える。・・・虎だけど。


 来ないのなら、こちらから行く。

 小さい歩幅、すり足で、2匹と距離を詰める。


 視界の端に、動きを止めたままの、後方の4匹が見えている。こちらに参戦する様子はない。群れで行動しているが、仲間意識は薄いのかもしれない。


 『威圧』スキルを強く意識しながら、さらに前に出る。


 並んだ2匹のうち、右の大牙虎は動かない。威圧に負けてすくんでいるようだ。


 左は、威圧にはもう耐えきれないといったようすで、こっちへ突き進んできた。


 大きく口を開いて突進してきた大牙虎をかわしながら全速で前へ出た。相対速度で立ち位置が一瞬にして入れ替わり、すくんでいるもう一匹の前に立つ。


 正面の大牙虎は、鈍い動きで右前脚の爪を振るおうと伸ばしてくるが、それよりもはるかに速く、右回し蹴りを左脇腹に叩きこんで、大牙虎をアコンの木まで吹っ飛ばす。


 おれは、おれ自身の動きの速さや力の強さに、少し違和感をもちながらも、戦闘警戒中の今は迷わず次の行動を選択する。


 アコンの木にぶち当たった大牙虎が、ずるりと落ちかけたタイミングで、おれは急加速して近づき、そのまま飛び蹴りの2連打。


 おれの蹴りの衝撃と、その度にアコンの木に打ちつけられる衝撃が、大牙虎に重なる。


 『対人評価』で、大牙虎のステータスを確認。






 名前:大牙虎(固有名なし) 種族:猛獣 職業:なし

 レベル6 状態:麻痺

 生命力1/82、精神力17/25、忍耐力22/41






 あと生命力1か。さっきの奴もそうだけど、生命力が下がると、状態が麻痺になるらしい。


 アコンの根元に落ちた大牙虎のしっぽを両手でがばっと掴み、ハンマー投げのようにぶうんと振り回して、他の4匹がいる方向のアコンの木へと投げ付けた。


 ドン、という音とともに、大牙虎がアコンの木にぶつかり、生命力が途切れるとともに、地面に落ちる。


 そっちにいた4匹の大牙虎が飛び散って、高速で逃げていく。さっきステータスを見た時、あいつらの方が、レベルがひとつ高かったような気がするが・・・。


「これで2匹、と」


 さっきかわした残りの大牙虎に向き合う。こいつが最後だ。


 大牙虎は、頭を下げた低い姿勢で、うなりをあげている。またしても、弱い犬ほどよく吠える。まあ、こいつらは虎だけど。


 おれは無造作に近づいていく。力の差は、はっきりしている。油断はしないが、慌てることは何もない。


 大牙虎はこちらを見ながら、おれが近づいた分、後退していく。やがて、大牙虎はアコンの木に尻がぶつかって、後退できなくなった。


 ぶつかった瞬間、大牙虎は後ろを一瞬振り返り、また、こっちをにらんで、うなる。


 なんか、間抜けな感じだ。後ろにこんな木があるなんて知らなかったよ~、というような・・・。


 おれと大牙虎は立ち止まって、にらみ合う。強弱の関係は、既に明白。にらんで、うなっているが、襲いかかっては来ない。


 小さな間。


 次の瞬間、おれは、ドン、と左足で地面を踏んで、気合いの声を発した。


 大牙虎は、ビクンと反応してから、反転して駆け去っていく。

 なかなかの速さだ。どんどん加速している。


 『神界辞典』を使い、スクリーンを開く。『鳥瞰図』でタブに触れ、周辺地図を出す。そして、『範囲探索』をかける。セントラエムに教えてもらった方法だ。スクリーン内の地図上で赤い4つの点が点滅しながら、かなりの速さでアコンの群生地から離れていくのが分かった。3つの点滅に追いつこうと、最後の1つが猛追している。


 そのままスクリーンを確認し続ける。


 やがて、スクリーンの地図上から、赤い点が4つとも消えた。『鳥瞰図』がカバーしている範囲からは出ていったようだ。そして、『対人評価』で自分のステータスを確認しようとタブを触る。






 名前:オオバスグル 種族:人間 職業:なし

 レベル40

 生命力400/400、精神力370/400、忍耐力285/400






 忍耐力が減っている。


 やはり、スキルを使えば、忍耐力が減るらしい。どういう仕組みか、分からないが、スキルは我慢強くないと使えないようだ。数値にはまだ余裕がある。同じくらいの相手ならあと二、三十匹は戦い続けられるだろう。


 もう一度、タブを『鳥瞰図』に合わせて、スクリーンに地図を戻す。


 やはり赤い点滅はもうない。


 力を見せつければ、逃げていく。

 その通りだった。


 でも、警戒は怠らない。油断すれば、牙や爪で大怪我をしてもおかしくない相手なのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る