第5話 話しやすくなった女神と会話をはずませてみた場合(1)


 アコンの群生地に戻ると、広場に二人の子どもをそっと下ろし、寝かせた。


 腕や背中、太ももにも、傷がある。

 浅いものもあるが、深く肉がえぐれている部分も見える。


 よくこれで、森の中まで逃げてきたものだ。


 致命傷、という訳ではないだろう。しかし、このまま放置しておくと、小さな子どもの体力を容赦なく奪うことだろう。いずれは命にかかわる傷だと思う。既に化膿しかけているところもある。


 あくまでも、セントラエ・・・ムは、おれが神術を身に付ける「可能性がある」と言ったが、この状況で、可能性で終わらせる訳にはいかない。


 『学習』スキルのレベル最大は、こういう時のためにあるのだと信じたい。


「セントラエ、ム。どうすればいい?」


 ・・・『神界辞、典』の、スキル、で、「神、聖魔法」、を・・・調べて、ください。


「分かった」


 おれは、『神界辞典』のスキルを強く意識して、スクリーンを出す。

 さらに「神聖魔法」と念じる。


 そうすると、辞典のページがめくられ、神聖魔法と書かれているだろうと思われる、もくじが開く。

 ここに描かれている文字は、実は知らない文字で、『古代語読解』のスキルを意識して発揮させることで、なんとなく読める、というのが現状だ。


 一番上がおそらく「神聖魔法」だ。その下に、治癒、退病、消毒、防毒などが並んでいる、はず。


 スクリーンに触れて、「神聖魔法」を選択、したつもり。


 新たなページが開かれる。


「神聖魔法のページを開いた、はずだ。セントラエム、おれは、『古代語読解』のスキルで、なんとなく意味が分かる、という程度で、『神界辞典』を正確には読めない。代わりに読んでもらえたら、はっきり内容が分かる。見てくれないか」


 ・・・なる、ほど。『神界、辞、典』は、神聖語で、書か、れてい、ます。古代語、なら、近い、言葉、です、ね。しばら、く、お待ちくだ、さい。わた、しはオオバの、スクリーンが見え、ませ、ん。わたしの、スクリー、ンを使い、『神界辞典』で、同じ、とこ、ろを、開きます。


 そうなのか。


 転生前、おれは、セントラエルのスクリーンが見えたんだけれど・・・。

 転生してすぐ、実験してみた時は、見えなくなってたっけ。


 まあ、今は、セントラエムの姿も見えないのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 しかし、セントラエムの方からも、おれのスクリーンが見えないというのは意外だ。守護神なのだから、見えてもよさそうなものだけど。


 ・・・『神界辞典』、を、開き、ました。読み上げ、ます。「神聖、魔法」とは、心、から信じ、る神に祈、りを捧げ、奇跡をね、がう、ことで、治癒、による怪我、の治療、や、回復、による、減少、した生命、力の回復、退病によ、る病気の、平癒など、の奇跡を、起こす、魔法。治療系、や、防御系の種、類が豊富で、ある。攻撃、系の種類は、少ないが、不死の魔物、に対する撃退、打撃、覆滅、ができ、るもの、もある。このように、書かれて、いま、す。


 よし、ちゃんと聞いていた、ぞ。


「復唱するよ。『「神聖魔法」とは、心から信じる神に祈りを捧げ、奇跡を願うことで、治癒による怪我、の治療や、回復による減少した生命力の回復、退病による病気の平癒などの奇跡を起こす魔法。治療系や防御系の種類が豊富である。攻撃系の種類は少ないが、不死の魔物に対する撃退、打撃、覆滅ができるものもある。』これでいいよな?」


 記憶のスキルレベルが最大なので、覚えた自信はある。


 もう一度、声に出さずに、心の中で繰り返す。


 「神聖魔法」とは、心から信じる神に祈りを捧げ、奇跡を願うことで、治癒による怪我、の治療や、回復による減少した生命力の回復、退病による病気の平癒などの奇跡を起こす魔法。治療系や防御系の種類が豊富である。攻撃系の種類は少ないが、不死の魔物に対する撃退、打撃、覆滅ができるものもある。


 よし、覚えてる。

 大丈夫そうだ。


 記憶スキルが最大レベルだからだと思うけれどね。


 ・・・はい。一言、一句、間違い、ありません。


「それで、ここからどうすればいい?」


 ・・・そこに、書いて、あるまま、です。心、から、信じる、神にい、のりを捧げ、奇跡を、願うのです。オオバ、の、信心が、本物、で、あれば、神聖、魔法、は、使えるは、ず、です。


 そんな強引な。

 とはいっても、そうするしかないし、今さら、薬草を集めて回る気もない。


 心から信じる神、か。

 もともと、うちには仏壇もあったけど、だから熱心な仏教徒かというと、それは全然違って、どちらかといえば無宗教な感じ。


 日本なら、それって、ごく普通なんじゃないのか、と思う。

 しかし、この世界において、ということだろうから・・・。


 おれが、心から、信じるというなら・・・そりゃ、セントラエ、ムだろう。名前が突然変わって、まだ呼び慣れてないけれど。


 元の世界では、神も仏も、見えたり、話ができたりする訳じゃない。

 それでも、信心深い人は信じているのだろう。


 おれの場合は、信じるも何も、セントラエムと話ができるし、見えないけれども、実際に存在しているということに関して全く疑いがない。

 まさに、心から信じる、という状態だ。

 それに、これまで、服や、くつ、かばん、水袋なんかを、どこからともなく、与えてもらったこともある。

 どこのどんな神様よりも、感謝しているし、強烈に信じることができる。


 つまり、セントラエムに祈りを捧げ、奇跡を願えばいいって、ことになる。


 まさか、いつもみたいに、セントラエムのミスとか弱みにつけ込んで、脅すように頼むってことじゃないよな。


 いやいや、そんなことよりも、何よりも、この子たちの傷が、一刻も早く、癒えることを願う。それが、人として、あるべき姿、だと思う。


 『神聖魔法』のスキルは身に付けてみせる。


 セントラエムの存在は、その力は、心の底から、信じている。

 この目で、この手で、この体で、セントラエムの力の恩恵を受けている。


 それに、この異世界で初めてかかわりをもった、子どもたち。

 この子たちの傷をどうにかして癒やしたい。


 なんとか、奇跡を。

 セントラエム、頼む。力を。


 おれに、この子たちを癒やす力を。

 セントラエム・・・。


『「信仰」スキルを獲得した』

『「神聖魔法・治癒」スキルを獲得した』


 ・・・『信仰』スキルとともに、『神聖魔法・治癒』スキルを獲得した。


 セントラエムの予想通り、おれには、神聖魔法を獲得することができた。


 ファンタジーだ。


 これで四十個目のスキルを手に入れた。

 スキルって、いったいどれだけ持つことができるのだろうか。


 セントラエルの説明によると、スキル数=レベルなのだから、これでおれのレベルは四十。


 レベルアップすると、生命力、精神力、忍耐力、筋力、知力、敏捷などの能力値も高まる。


 しかも、一般的には一生で得られるスキル数は五つから七つくらいで、スキルを獲得しやすい支配者層だったとしても、レベルが二十になることはまずないらしい。


 実際に、今の自分の能力値がいくらなのか、気になる。


 まあ、もし能力値が分かったとしても、比較対象がないから、強いのか、弱いのか、全く分からないのだけれどね。


 セントラエムは、信頼できる、と思う。

 だから、セントラエムがそう言うのなら、おれは、強いのだろう、と思う。


 まあ、今はとりあえず、目的の治癒からだ。


 おれは、二人のうち、小さい子の方に向き直り、そっと肩を抱いて、上半身を起こす。この子は背中に大きな爪痕が残っており、化膿も始まっている。


 助けるのは、弱者から。当然、年下と思う、小さい子の方から。

 大きい子は、この子を守ろうと立ちふさがったくらいだから、こっちが年下なのは間違いないだろうしね。


 『神聖魔法・治癒』のスキルを強く意識しながら、背中の傷に左手をかざす。全身から、少しずつ温かさが流れ出るように、左腕を通して、左手から淡い、青い光が、あふれる。少女の背中の爪痕が、その光に包まれ、一瞬、輝き、消えた。


 傷跡が、なくなっている。

 それと同時に、軽い脱力感が、全身にある。神聖魔法を使った代償に、魔力か、精神力か、それとも忍耐力が、奪われたのだろう。


 同じように、腕や、足の傷に、光を与え、治癒させていく。


 ・・・ファンタジーだ。


 医者も薬屋も、いらない。

 魔法があれば、奇跡が起こせる。


 ゆっくりと少女を寝かせる。

 もう一人、大きい方、といっても小さいのだが、大きい方の少女を優しく抱き起こす。


 さっきと同じように、『神聖魔法・治癒』のスキルを強く意識しながら、少女の傷に手をかざし、光を与えていく。


 少女の怪我が、消えてなくなり、傷のない肌があらわれる。

 自分の力で、何でもできるかのように錯覚してしまいそうだ。


 少女を、再び、そっと横たえる。

 二人とも、ぐっすりと眠ったままだ。


 無理もない。それだけ、危険な状態から、必死で逃げてきたのだ。生き延びたのだからこそ、こんな怪我で命を失わせたくはない。


 軽い脱力感だけを犠牲に、おれは二人の少女の治癒を実現させた。


「セントラエ、ム。神聖魔法を使った後、軽い脱力感を感じるけど、これは何だろうか?」


 ・・・それは、精神力の消耗、だと思います。神聖魔法、に限らず、魔法、は、魔力の、能力値を、もとに、それに応じた、威力を発揮し、必要な、精神力を消耗、するのです。


「精神力は、回復するのか?」


 ・・・例えば、『瞑想』の、スキルがあれ、ば、瞑想することで、回復します、し、一晩、休めば、たいてい、最大、値まで、回復する、もので、す。


 セントラエムとの会話がどんどんスムーズになっている気がする。


「それなら、安心だな。ところで、自分の能力値を確認する方法はあるか?」


 ・・・鑑定系、のスキル、があれば、可能です。オオバの場合、なら、『対人、評価』のスキ、ルを、自分に対し、て、使ってみる、といい、でしょう。


 『対人評価』のスキル、ね。


 おれは、スキルを強く意識していく。

 頭の中に、猛烈に血流が走るイメージが湧く。


 数値が、頭に浮かんだ。






 名前:オオバスグル 種族:人間 職業:なし

 レベル40

 生命力400/400、精神力370/400、忍耐力346/400






 ん?

 これだけ?


 いや、まてよ。


 『鳥瞰図』の時みたいに、まず、『神界辞典』を意識して、スクリーンを開く。

 それから、もう一度、『対人評価』を自分に対して使うつもりで意識していく。


 あ、やっぱり。

 スクリーンの下の方に、「ステータス」のタブがある。


 カタカナなんだ・・・と思いつつ、タブを触って切り替えていく。そういえば、スクリーンって言い方もカタカナだったな。






 名前:オオバスグル 種族:人間 職業:なし

 レベル40

 生命力400/400、精神力370/400、忍耐力334/400






 スクリーンは、表示がそこに残るから、頭に思い浮かぶだけの状態よりもやっぱり便利だ。


 うーん、さっきと同じだなあ。


 頭に浮かんだ数値も、スクリーンに表示された数値も、レベル、生命力、精神力、忍耐力だけで、筋力とか、スキルとかは、表示されていない。

 生命力は上限だが、精神力や忍耐力は消耗している。今日はいろいろなスキルや、神聖魔法を使ったからだろう。まあ、それでもゆとりはあるみたいだけれど。


 生命力、精神力、忍耐力は、全てレベル✕10という計算が成り立つ。


 あと、気になるのは、職業。

 なしって、無職かあ。


 まあ、何か働いているかと言えば、そんなことはないんだけれど。


「セントラエム、『対人評価』のスキルで確認したが、筋力やスキルは分からないみたいだけど、理由はあるのか?」


 ・・・はい。それは、オオバ、の、『対人評価』、の、スキルレベル、が、低いから、鑑定が、そこまでしか、できないのです。


「やっぱりそうか」


 そういうことなら、仕方がない。そのうち、スキルレベルも上がるだろう。




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