第4話 女神とともに半月過ごして話しやすくなった場合(1)


 アコンの群生地での生活は、決して楽ではなかったが、楽しかった。


 生きていくため、日々を過ごす。

 命を守るために工夫をする。


 現代日本での生活とは全く異なる。まさに異世界生活。


 いや、はっきり言えば、原始生活だ。


 異世界生活というより、無人島ひとり暮らしみたいな、サバイバルだ。

 おれは精一杯、できることをやった。


 一つ目。

 皿状の石に水を張って、ネアコンイモのかけらをおいた、栽培実験。


 三日後には、芽と根が出てきた。ひとつのかけらから、芽が二、三本、生えたものもある。


 最初に掘ったアコンの木の根元に埋め直したものや、アコンではない別の樹木の下に埋め直したもの、また、アコンではない別の樹木の根元にアコンの根元の土を客土して埋め直したものなど、場所と土を変えて実験中。


 そのせいで、水やりというルーティーンが一日の中に追加された。実験なので、水やりをたくさんするところもあれば、二日に一回とか、三日に一回しか、水やりをしないところもある。


 実験内容によって成長度合いは異なるが、芋づるは着実に伸びている。ネアコンイモは生命力が強いようなので、うまくすれば、イモは量産できる気がする。そのうち成長して、ロープとイモがまた手に入るだろう。


 二つ目。

 もちろん、初日と同じ、ロープ作りを兼ねた芋掘りという食料確保と、樹上生活面積の拡大は続けた。


 寝室用樹木を中心として、周囲の六本の樹木に、燃料倉庫、食料倉庫、調理室、貯水室、栽培実験室、乾燥室を設定した。


 南側にある貯水室からさらに一本のアコンの木とつないで、そこはトイレにしている。


 あまり詳しく説明するのもどうかと思うが、最初は樹木の上から下へ、大も小も、放出するだけだった。

 特に、大では、樹上の端のぎりぎりの位置で、芋づるのロープにつかまり、ふんばって行うという、なかなか危険な行為だった。


 小川周辺の調査で、厚さ10センチくらいの、長方形の岩石をいくつも発見したことにより、石造りの和式トイレを設置。

 微妙な傾きの調整で、小は自動的に流れ落ちる。大は、水で流して落とす。その結果、安全に排泄が可能となった。


 もちろん、トイレ用樹木の周りのネアコンイモはトイレにする前に掘りつくしてある。


 いずれ行う栽培用の肥料になる土は、トイレの下にできるだろう。


 糞尿の管理は病気を防ぐためにもきっちりしたいので、トイレの位置を固定するのは重要だと考えていた。


 トイレの設置以外では、樹木間の渡り橋の強度と安全性の向上。


 現在、おれの樹上生活エリアはアコンの木、八本分だ。

 今では全て、縄梯子の橋になっている。


 渡るときには、必ず手すり用ロープは離さない。

 強度は十分あるが、いずれは芋づるロープ以外の材料でなんとかしたい。結構揺れるので安心感は足りないからだ。


 三つ目。

 既に把握した範囲での、岩石や小石、落ち葉、木切れ、棒切れなど、素材回収。


 特に、岩石は、小川の近くで、大きな岩盤にぶつけたり、こすったりしながら、なかなか鋭い石器になっている。


 薄い、皿状の岩石も、役に立つ。栽培実験にも使っているが、三十センチ四方くらいのサイズの石を鉄板代わりにしてイモを焼いている。


 また、川で丸くなった石は、焼き芋と一緒に焼いておいて、火が消えた後も余熱で翌朝までに別のイモを焦がさずに焼き芋にしてくれる。


 石器は、大変便利な道具だ。

 この世界の、おれの周囲の現状では、だけど。


 四つ目。

 アコンの群生地周辺の植生調査も進めた。


 探索中に、偶然、気付いたのだが、スクリーンに鳥瞰図でイメージしていた地図が映し出されることが分かった。


 『神界辞典』を使って草木の名前や、食べられるかどうかを調べながら、『鳥瞰図』で現在地を確認しようとしたら、スクリーンの下の方にタグが出ていたのだ。


 そのタグに触れたら、スクリーンが辞書の文字から地図に切り替わった。


 脳内に浮かんでいたイメージの地図で考えていた時により、はるかに分かりやすく、安心して移動ができるようになった。スクリーンの使い道は他にもありそうだ。


 そして、竹、ビワを発見した。

 ビワを見つけた時は、嬉しくて思わず拳を強く握った。

 ビワは、保存が難しいので、とにかく食べて種を回収。葉っぱも回収。


 昔、うちの庭に植えたら芽が出て、翌年には実が少しなった記憶がある。親戚の家では大きな木に育って、邪魔になって切ったこともあった。


 五日間、食べに行っては種の回収を繰り返した。それで食べ尽くしてしまったが、もともと、実がなる期間も短いはずなので問題ない。


 お腹を下しやすいという欠点はあるが、嬉しい果物で、味はかつて食べていた物より甘くて美味しいと感じた。

 栽培実験で増殖させて来年以降用のびわ畑をつくる計画を進行中だ。


 アコンの群生地のすぐ南側に、およそ二メートル間隔でビワの種を埋め、目印の石を置いて、水やりを続けている。


 竹は、斧タイプになった石器の刃をあてて、別の岩石でたたくことで切れ目を入れていき、最終的には切り倒した。


 一日に四本の竹を切り倒し、アコンの群生地まで運ぶ。四本以上は、引きずって運ぶにしても大変だった。


 切り倒した竹は太さが均一に近くなるように、石器で分断する。一番細くなる先端は、いずれ釣り竿とか何か、使い道が出るだろう。


 太い幹のところは、やはり石器で割って、四分割や八分割にした竹の板をつくっていった。


 他のどの木よりも簡単に板状の素材を確保しやすい。

 ただし、どうしても平らにはならないし、切断面は触りたくない感じだけれど。


 短期計画では難しいが、いずれは二分割にした竹で、洞窟滝からの水道を届かせたい。


 雨対策として、寝室用樹木と調理室用樹木には竹材による屋根が設置完了。他にも設置予定。


 これまでに二度、雨が降ったが、屋根がなかった一度目はさんざんな夜を過ごした。寝室に屋根が完成していた二度目は、雨露を気にせず眠れた。住宅環境は格段に良くなってきている。


 五つ目。

 洞窟滝までの散歩は一日三~五往復はしている。


 竹の確保によって、竹筒ができたので、「水妖精の袋」で水を汲んでは、貯水室に水を貯めている。貯水室の水は飲み水にはしていない。トイレ用と、栽培用だ。


 水袋の名前が「水妖精の袋」という名前だということは、セントラエルとのこっくりさんトークと『神界辞典』の併用で判明した。ちなみにかばんの方は「倉庫袋」というらしい。妖精的なファンタジー要素がないネーミングには苦笑した。


 あと、陽が傾く頃には、滝シャワーと滝洗濯だ。

 帰りは濡れた服を着て帰るが、樹上に戻ると乾燥室で干して、寝室では裸で寝る。


 夜は裸族になってしまったが、まあ、いいだろう。


 小川では、岩石を使って囲いをつくることで、魚を追いつめて捕まえた。


『神界辞典』では「山岩魚」という名前の魚らしい。

 竹串に刺して焼き魚にして食べた。おいしさに涙が出た。


 セントラエルとのこっくりさんトークと、『神界辞典』、『鳥瞰図』、『絶対方位』のスキルを駆使して、岩塩を見つける前だったので、次に食べる時は塩味を必ずつけると心に決めている。


 六つ目。

 火起こし時間の短縮。

 何度も何度もやっていると、コツがつかめてくるものだ。


 雨の日は調理室でと考えているが、まだ実現していない。


 一度目の雨の日は何も食べられずに過ごした。

 二度目の雨は、ビワを発見した後だったので、たらふくビワを食べて、腸の機能が全開で稼働した。


 そういう経験から調理室を用意してみたが、アコンの木ごと燃えないようにするために、いろいろな形の石を組み合わせてかまどを作るのは難しかった。


 七つ目。

 一番楽しいのは、守護神である、かわいい女神セントラエルとのこっくりさんトーク。

 まあ、あのかわいい姿は、今は見えないのだが…。


 こっちの質問に、イエス、ノーで答えてくれるので、少しずつこの世界のことも理解出来てきていると信じたい。


 セントラエルに不都合な場合は沈黙という解答もあるけれど。

 セントラエルの、「はい」と「いいえ」はずいぶん聞き取りやすくなった気がする。


 普通に話そうとすると意味をなさない音の羅列になるので、まだ、こっくりさん状態からは変化していない。


 そんな十五日間を過ごしたが、飽きはこなかった。


 ただし、孤独感は、ひどいものがあった。

 意味もなくセントラエルに話しかける変なくせがつきそうな気がした。


 そして、この異世界に来て十六日目を迎える。

 それは、長い一日となった。



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