第2話 転生したら守護神の女神さまがこっくりさんになっていた場合



 おれは森の中にいた。


 だが、違和感があった。

 それは、木の大きさだ。


 大きい。

 とにかく、大きい。

 そして、太い。


 この森の木の全てという訳ではないのかもしれないが、極端に太く、大きな木が直立している。


 縄文杉よりも太い。

 高さは、十五メートルくらいはある。


 この木の存在から、おれは違和感を感じているようだ。


 しかし、この木を見ていると、潮風を頬に受けたくなってくる。そして、裸足で駆け出してしまいそうだ。海ではなくて森なんだが。


 家にできるんじゃないか、と思ってしまう。


 巨大樹の森の中で、わずかな木漏れ日を受けて、おれは周囲を見まわした。


 セントラエルは、見えない。

 さっきまで見えていたのは、転生のための、あの場の特殊性なのかもしれない。


「セントラエル! どこにいる?」


 ・・・あ、・・・ろ、・・・。


 何か、聞こえるようで、聞こえない。

 基礎スキル以外はどれもスキルレベルが低いのだから、無理もない。


 おれは、自分が持つ特殊スキルの『神意拝聴』を強く意識してみる。


「セントラエル!」


 ・・・は、・・・、・・・。


 やっぱり、聞こえそうで、聞こえない。『神意拝聴』のスキルがあれば、簡単に会話ができるかと思ったが、そう都合よくはいかないようだ。


 スキルレベルが上がれば、状況も変化するのだろう。


 どうしたものか。

 セントラエルがすぐ近くにいるのは間違いない。守護神だというのだから当然なのだが。


「セントラエル、おれの前にいるのか? もしそうなら、はい、ちがうなら、いいえ、で答えてくれ」


 ・・・い、・・・え、・・・。


 これは、「いいえ」だろうと判断する。


「おれの後ろにいるのか? はい、か、いいえ、で答えてくれ」


 ・・・は、い・・・。


 後ろにいるのか。

 やっぱり背後霊じゃないか。


 なんだか、こっくりさんみたいだが、はいといいえはなんとか聞き取ることができる。


「セントラエル、すまないが、まだ『神意拝聴』のスキルレベルが低すぎて、はい、か、いいえ、くらいしか聞き取れない。いつかは話せるようになるとは思うけど、今は、質問したら、はい、か、いいえ、で答えてくれ。いいな?」


 ・・・は、い・・・。


 確かに、セントラエルはここにいる。


 見えないけれども、いる。


 話ができる、とは言い切れないけれども、すぐ近くにいる。


 とにかく、このこっくりさんモードを繰り返して、スキルレベルが上がっていくように努力しよう。


「頼む、全裸は困る。守護神としての神力で、服を出せるか?」


 ・・・は、い。


「そんじゃ、助けてほしい」


 すぅ、と風が吹いたような気がしたと思ったら、貫頭衣と腰ひもが身についていた。


 さすがは、下級とはいえ、神さまだ。


 裸でいたので、改めて衣類の大切さが分かる。


 衣類は、裸を見られるのが恥ずかしいから身につけるというより、安全のためのものなのだ。だから、人間の通常の接触部位となる手は指が自由になるように衣類の外に出るのが普通なのだろう。今は袖なしなので腕は外気にさらされている。


 このままだと足が血だらけになりそうだ。


「くつも、あると助かる」


 足に違和感を感じて見てみると、革靴をはいていた。

 しかし、足の裏の感覚は、どうも変だ。


 足を上げて、足の裏を見てみると、靴底がない。足が革に包まれている、そんな靴だ。動物の内臓を利用したものらしいということが、なんとなく分かる。物品鑑定スキルか。耐久度は低そうだが、裸足より何倍も安全だろう。


「ありがとう、セントラエル。ちなみに、剣や盾なんかはもらえるのかな」


 ・・・い、い、・・・え。


 そりゃそうか。


「食べ物はもらえるのか」


 ・・・い、い、・・・え。


 なんでも神頼みじゃ、だめだよな。

 それでは自立できない。

 ぜいたくを言わずに我慢だ。


「セントラエル、おれに危険は近づいているか?」


 ・・・い、・・・い、え。


「よし。少なくとも、セントラエルが考える、おれの危険はない」


 ・・・は、い。


 人によって、一人ひとり、感じ方の基準はちがう。


 おれは危険だと思っても、セントラエルから見たら、そうでもないってこともあるかもしれない。


 こういう感覚は何年も教師をしてきて、生徒たちを見てきたから、身についたものではないかな、と思う。


 しかし、セントラエルは守護神なのだから、安全だと信じてもいいだろう。


 まあ、どのみち、何か行動すれば、安全とは言えない場面は必ず出てくるものだから。


 では、ふろおね計画を実行する。島ではなくて森だけど。海を選んだ方がよかったのかもしれない。


 巨大樹を家にできるか、できないか、挑戦だ。


 まずはたたいてみる。

 巨大樹の外皮は堅い。


 巨大樹の中は空洞ではないのだろう。もし、空洞があったとしても、外皮が堅過ぎて、たたいただけでは判断できない。それに、この外皮を打ち破って穴をあけるというのも難しそうだ。


 待てよ。

 最後にもらったスキルが、使えないかな。


 頭の中で『神界辞典』を強く念じる。


 右手前方にスクリーンがあらわれた。


 おお、スクリーンって、転生後も使えるのか。


 これは便利だ。


 そう言えば、転生する前に、セントラエルのスクリーンをのぞきこんだら、見えたよな。


「セントラエル、おれの左隣に並んで立てるか?」


 ・・・は、い。


 見えないけれど、立ってくれたのだと信じる。


「では、おれの左隣で、スクリーンを出せるか?」


 ・・・は、い。


「スクリーンを出してみて」


 ・・・。

 ・・・。

 ・・・。


 何も起こらない。

 あの時に見えたのは偶然なのだろうか。


 それとも、やはりあの場だけのことなのか。

 いや、そもそも、今はセントラエル自体が見えていない。


 スクリーンを使って筆談っぽく話せたら、と考えていたが・・・。


「ありがとう。もういいよ」


 いつか、セントラエルが見えるようになった時に、また、試してみよう。


 まあ、その頃には『神意拝聴』のスキルレベルが高くなって、話せているかもしれないけれど。


 おれは自分のスクリーンをのぞき、目の前の巨大樹を強くイメージする。目の前にあるから簡単だ。


 巨大樹の名前と説明が出る。

 便利な辞書だ。

 しかし、文字が、なかなか読みにくい。


 『古代語読解』のスキルを併用するようにイメージしていく。

 どうやら、アコン、という名の木らしい。


 期待していた通り、大きく成長していく過程で、中心から空洞が生まれてくるようだ。外皮を打ち破れば、中にはある程度、スペースがありそうだ。


 季節によっては果実もつけるらしい。


 続いて、アコンの木に絡みついている蔓を強くイメージする。

 表示が切り替わり、蔓の説明が出る。


 ネアコンイモ、か。

 あ、上から生えているのではなく、下から伸びているのか。


 しかも、根はイモらしい。

 食べられるようだ。


 しゃがんで、土を掘り返してみる。

 思ったよりも、簡単に手作業で掘り返せる。


 一分もかからずに、でこぼこした楕円形のイモが掘り出せた。


 拳、二つ分くらいのサイズだ。思っていたよりも大きい。ラグビーボールを半分くらいにしたようなサイズか。


 ネアコンイモは何本もアコンの木に巻きついているし、同じようなアコンの木が何本もある。


 その気になれば、しばらくの間はイモには困らないだろう。


 そのまま、ネアコンイモの蔓をひっぱってみる。


 ばりばりっという抵抗感はあるが、アコンの木からははがれていく。はがしていく度に、アコンの木をぐるりと回っていく。巻きついているのだから、そういう動きになってしまう。


「なるほど、木の枝まで伸びて、そこで光合成をしているのか」


 十メートルくらい上の、アコンの木が枝分かれし始めているところより上は、回転方向がちがうので、ひきはがせない。


 根を掘り出したのでいずれは枯れてしまうだろう。


 それなりに細い蔓なのだが、途中でぷつりと切れることもなかった。かなり強く引っ張っても、ちぎれない。


 これは、のぼれるんじゃないか。


 ネアコンイモの蔓をロープ代わりにして、アコンの木にのぼっていく。


 おれの体重くらいは支えられるようだ。大した芋づるだ。


 切れて落下する可能性は常に意識しながら、一歩ずつ、上を目指す。


 子どもに戻った気分だ。

 いや、本当に、十五歳に戻ったんだったっけ。


 枝分かれしているところまでのぼって、腰をおろす。注意すれば、落ちることはなさそうだ。


 上から芋づるをひっぱって、イモのところまで持ちあげる。


 芋づるとイモは、イモの身をすこしはがして、切り離した。その部分以外は切り離せそうになかった。


 イモを、枝の股において、芋づるをだらりと下へたらす。木の高さよりも長いので、ゆとりがある。


 いいことを思いついたので、実行してみる。


 同じ枝に巻きついている別の芋づるを、今度は、二本まとめて、上から、ひきはがしていく。


 しかし、途中までしかひきはがせない。下でやるなら、木の回りを歩けばいいが、樹上ではそうもいかない。


 思い切って、はがしながら、下りていく、という強引な方法をとった。まさに離れ技だ。


 アコンの木をぐるりと回りながら、らせん状に下りていく。残り、一メートルくらいでとびおりて、着地。


 最後の部分はまだひきはがさない。イモの位置を把握するためだ。


 おそらく、最後まで強引にやってしまうと、イモと蔓の境目がはがれて、イモの位置が分からなくなるだろう。


 イモ狩りが目的ではないが、食料はこれから先、どれだけあっても困ることはない。


 芋づるのつながりから、イモを掘り出す。


 そしてまた、樹上にのぼって、同じように芋づるをひっぱりあげて、イモを確保。


 今度は、別の枝にからみついている芋づるを、三本まとめて、さっきと同じように、ひきはがしながら、下りていく。


 イモを掘り出し、またのぼって、同じことを繰り返す。


 アコンの木の四方に、だらりと芋づるがたれさがった状態になったら、隣の木で同じことを繰り返す。


 三本目の木まで同じ状態にして、それぞれの樹上に十二個ずつイモを確保。これでしばらくはイモには困らない。


 途中、ちょっと高めのところから落ちて、痛い思いもしたが、それくらいならご愛敬。








 樹上で、一本の芋づるに、ある程度の間隔で結び目を作っていく。強く結ぶ必要はない。いずれ、体重がかかれば、自然と強く結ばれるはずだ。

 この芋づるは昇降用にする。自然に巻きついている部分はいずれ強度がなくなるかもしれないので、すぐ隣の枝にしっかりと結びつける。


 できあがった昇降用ロープをたらして、おれ自身も下へ。つかむところがあるから、おりやすくなった。


 隣合う木の下で、三本の芋づるを三つ編みにしていく。最後に結び目をとめて、その木の上へ。


 三つ編みロープを巻き上げてから、低めの枝にひっかけてたらし、それから結びつける。強めに。念入りに。自然にまきついてる部分が、というのはさっきと同じ。


 三つ編みロープを使って下へ。

 でもこのロープは昇降用ではない。


 三つ編みロープの端を持って、さっき昇降用ロープを作った木をのぼる。片手だとなかなか難しいと分かったので、途中で三つ編みロープは口にくわえた。


 木と木の間は五ルートルもない。隣の木から引っ張ってきた三つ編みロープを低めの枝に絡めて下へたらし、絡めたところをできるだけ強く結ぶ。


 たらした三つ編みロープを巻き上げ、ロープを巻き上げ、絡めたところにさらに結ぶ。


 ここからは、勇気が必要だ。


 握力を確認。


 不思議だが、まだまだ余裕がある気がする。


 かなりいろいろな作業をしたが、手は汚れてはいても、傷ひとつない。


 転生して、頑丈な身体になったのかもしれない。


 一本でおれの体重を支えた蔓。


 三本なら折れることもあるまい。毛利もそう言うにちがいない。

 三つ編みロープの端をくわえて、隣の木とつないだところへ手をかける。


 歩けば三歩くらいの距離だが…。

 思い切ってぶら下がる。


 ・・・ロープの強度は大丈夫なようだ。


 すごいぞ芋づる。


 右、左、右、左、と繰り返して、隣の木へ到達。


 腕よりも、ロープをくわえた口が辛かった。今度は足首にでも結ぶか。


 くわえてきたロープを今渡ってきたロープにぐるぐると、らせん状に巻きつけていく。らせんがゆるまないように強くひっぱり、もともと結んでいた低めの枝に巻きつけて、こちらも強く結ぶ。


 そのまま、樹上を少し移動して、別の枝のロープを昇降用ロープにしていく。


 新しい昇降用ロープでおりて、先に昇降用ロープを作った木にのぼる。


 昇降用ロープと同じ枝から伸びている芋づるを高いところで結びつけて、それを今度は少し高めの枝に結ぶ。結ぶ強さはしっかりと確保。


 下へおりて、たらした二本のイモづぐるぐるとからませて、最後に結んで止める。二本強度のロープが完成。


 それを腰に結んで、隣の木にのぼる。


 腰からほどいて、こっちの木でも、高めの枝に結んで、結び目の強さを確保。


 もう一度、腰に結んで、今度は隣の木をめざす。


 高めのところに結んだ二本強度のロープをしっかりと握る。万が一にも落下しないように。


 低めのところに結んだ三つ編みアンドぐるぐるで六本強度になったロープに足をおく。


 手の位置は肩の高さくらいなので、おれにとってはちょうどいいかもしれない。


 カニ歩きで、隣の木へ移動する。


 さっき、結構こわかったので、不安があったのだが、思っていた以上に、簡単に移動できた。


 二本強度のロープに、二本強度のロープをぐるぐる。こっちの木にも結びつけて、しっかりしっかり結ぶ。四本強度で、木と木を渡る短い橋が完成。


 何度か往復してみたが、大丈夫そうだ。

 資材や道具が増えたら、もっと安全に移動できるようにしよう。


 同じ作業を、より効率よくできるように工夫しながら繰り返して、三本の木をつなぎ、移動できるようにした。


 それぞれのアコンの木に残った六本ずつの芋づるは、樹上の枝と枝を結んで、クモの巣のようなセーフティーネットにした。


 樹上で寝るつもりだから、落ちないようにセーフティーネットは絶対必要。


 雨を防ぎきるのは難しいかもしれないが、生い茂る樹上の枝葉は屋根代わり。


 地上で寝て、何か、危険な動物に襲われるよりは絶対に安全だ。

 樹上だからそういう危険がないとは言わないが、可能性は低いはず。


 人間が樹上に戻るのはサルへの退化っぽい気もするが、気にしない。








 おれは、樹上で腰をおろし、足を伸ばして、ちょうどいい位置の太い枝に背中を預けた。


 新幹線のリクライニングシートを全倒しにした感じくらいかもしれない。


『「住居建設」スキルを獲得した』


 あ、またか。


 あの時みたいに、読んだだけで簡単に、ということではないが、スキル獲得の知らせがきた。


 いったい、誰が話しかけてくるのか。

 頭の中に直接響く感じだ。


 不快ではないが…。


 おそらく、神さま、みたいなもんだろう。


 既に実験済みだが、『神界辞典』のスキルを使って、何かのスキルを調べたとしても、あの時みたいにスキルを獲得できないことは分かっている。


 あの空間は、何か、特殊なのだろう。


 しかし、今回は、樹上で住むための努力を重ねたから、獲得できたのだろうと思う。


 この異世界のことは、ほとんど分からない。

 どうすればスキルを獲得できるのか。


 どのような国があり、どのような人たちが暮らしているのか。

 どのようなルールがあり、どのようなマナーがあるのか。


 情報が足りない。


 その原因は、あのかわいい女神さまだろうと思う。

 これは、おれの予想だが、たぶん、当たっている。


「セントラエル、いるんだろ?」


 ・・・は、い。


「おまえさ~、実は、転生前に、いろいろ、説明し忘れたことがある、そうだよな?」


 ・・・。


 沈黙で答えやがった。

 嘘はつけないからって、そうくるか。


 声のトーンは強めで、大きく。

 少し威圧するように。


「そ、う、だ、よ、な?」


 ・・・は、・・・ぃ、・・・。


 ん・・・。


 どうやら、泣かせてしまったのではないか、と予想した。


 強めの口調や、大きな声は苦手としていたから。


 それに、あの時、いろいろと、セントラエルからしてみたら、普通ではないことが起こっていた訳で、必要な説明を忘れてしまうことくらいは、あるのだろう。


 ドジ神さまだしね。


 まあ、今さら、何を言ったとしても、こっくりさんモードのセントラエルとでは、話せる環境がないのだから、説明はしてもらえないだろう。


 とりあえず、セントラエルが何かをし忘れていたとしたら。


 おれにとって、不利な部分、例えば、この異世界に関する基礎的な説明がなかったとか、そういう点もあれば。


 おそらく、だけれども、セントラエルがやり忘れたことによって、有利になっているところも、あるにちがいない。


 かわいいし、憎めないからな。


 ちょっと、脅迫、するくらいで許そう。


「セントラエル、それは、実は、重大なミス、だよな?」


 ・・・は、・・・、・・・ぃ、・・・。


「泣いているんだとしたら、泣かなくていい。別に怒ってないし」


 ・・・。


「だけど、償いは、してほしい、とも思ってる」


 ・・・。


 そう。

 この世界を生き抜くために。


 とりあえず、絶対に重要なもの。

 それは、水。


 とりあえず、近くにあるのは間違いない。

 探す方法もスキルの中にある。


 これだけの樹木が育つ森に、雨が降らないはずはないしね。

 気候的には、熱帯と温帯の境目くらいか、やや温帯よりだろう。


 沖縄のようなイメージか。

 島ではないから、いろいろとちがう部分もあるとは思うが。


 季節によって果実をつけるアコンの木があるんだから、四季のある気候。


 いわゆる重力を感じるのだから、地球のような球体の惑星で、自転もしている。


 中緯度で、しかも、湿潤。

 いわゆる温暖湿潤気候のようなところだ。


 慣れ親しんだ我が祖国、日本に似たところ。

 それはそれで、助かった。


 話を水に戻そう。


 水はおそらく、近くで手に入る。

 しかし、運ぶ手段が、ない。


 水に限らず、他の、何か役に立ちそうなものを拾ったとしても、だ。

 だから、セントラエルと、交渉する。


 服や靴は、できたんだから、ある程度の制限はあるが、物品の提供は可能。

 剣や盾はダメだということらしい。


 だから、おれの要求は、ふたつ。


「水筒のような、何か。水袋とか、そういう物を。それと、かばんがいる。償いとして、守護神セントラエルに願う」


 ・・・。


 沈黙。

 いいえ、とは言わなかった時点で。


 結論は出た。


「繰り返す。我が守護神セントラエルに願う。水筒とかばんだ」


 ・・・。


 粘りやがるな。

 耐性がついてきたのか。


「これは重大なミスの償いである」


 ・・・。


 こっちも黙ってみた。


 ・・・。


「・・・」


 ・・・は、・・・い。


 よし、折れた。

 セントラエルが岡村くんみたいな生徒とはタイプがちがってよかった。


 左の腰には腰ひもに結ばれた水袋が。

 右の腰には袈裟がけにつるしたかばんが。


 セントラエルから贈られた。


「ありがとう、セントラエル!」


 ・・・。


 その沈黙は、どう受け止めるべきか、悩むところだ。


 おれとしては、大満足な償いだった。








 さて、探索の準備はこれでいい。


 あとは水を発見するために、あるスキルを使う。


 というか、使ってみないと、正確な効果が分からない。おそらく、基礎スキル『地図』の系統につながる、固有スキル『鳥瞰図』を強くイメージする。


 一瞬、空を飛ぶ鳥のような、青と白の景色が見えた。


 それが消えて、すごい速さでいろいろな色が見えて、消えていった。


 そして、白黒の、周辺の地図らしきものが見えてきた。


 頭の中に見える地図、というのも不思議なものだ。脳の不思議は現代科学でも解明されていないから、そういうこともできるのかもしれないけれど。


 スキルレベルが低いからか、へたくそな絵で、この周辺の鳥瞰図が描かれているようだ。


 でもまあ、生徒が描く家庭訪問の地図みたいなもんだ。

 解読不能ではない。


 南東方向に、小川がある。

 それだけ分かれば、十分だ。


 おれは、昇降用ロープをおろして、アコンの木からおりた。


 迷わず、南東方向へ歩き出す。発展スキルに『絶対方位』のスキルがあるので、方向を間違えることはない。


 一、二分で、アコンの木の群生地を抜けた。 


 アコンの木は、全部で三十本もないようだ。貴重な木なのかもしれない。


 新たに広がる植生を『神界辞典』で検索する。


 どうやら、栗の木が多いらしい。他にもあるが、食べられるものは、栗の木だけだ。

 残念ながら、実りの季節ではないようで、栗は手に入らない。


 アコンの家の近くに栗があるということは、これから先、その季節が来たら、ありがたいことだろう。


 樹木の高さも、アコンの群生地より低いので、木漏れ日の明るさが増した。

 何かが動いた。


 動物だが、大きくはない。どちらかと言えば小さい。


「セントラエル、危険はあるか?」


 ・・・い、い、・・・え。


 猛獣という訳ではないようだ。


 一匹ではなく、三、四匹はいるようだ。


 一歩踏み出し、音を立ててみる。


 慌てて相手は動き出し、逃げていく。


 ウサギだろうと思う。こっちの世界でもウサギと呼ぶのなら。目視できたのは三羽。


 食べられる肉だとして、今のおれにはまだハードルが高い。

 どうやってシメるのか、自信がない。


 何年か前に行った沖縄旅行で、西表島の民宿の人が琉球イノシシの解体をしてみせてくれたことがあった。


 まあ、懐かしい思い出だが、自分で動物をシメるのは難しい。

 道具がないというのもあるが、精神的に、だ。


 気持ちを切り替えて、もう一度、『鳥瞰図』を使う。


 さっきのように、色が移り変わるイメージが流れ・・・。


 さっきとは、中心となる位置がちがう、周辺地図が頭の中に描かれる。へたくそな感じは変わらない。


 アコンの木の群生地と栗の林は、濃淡で描き分けているようだ。


 南東方向に、小川があるのは、間違いない。


 それに、さっきと同じペースなら、もう一、二分も歩けば、たどり着くはずだ。


 少しずつ、樹木がまばらになり、土よりも、岩が目立つようになってきた。


 岩石は、白や灰色が中心だ。

 石灰岩のようなものだろうか。


 そして、小川を見つけた。


 森林を切り裂くように流れる、小さな幅の、小さな川だ。幅は二メートルもないだろう。それでも空がはっきりと見える。


 流れはとても緩やかで、この辺りがとても平坦な地形だと分かる。


 小川に浮かぶ落ち葉は、北へと流れている。


 ここでも、もう一度、『鳥瞰図』を使う。


 頭に浮かんだへたくそな地図は、歩きながらイメージしていたように、元いたアコンの群生地がぎりぎり北西に確認できる。『鳥瞰図』のスキルでイメージできる地図の範囲は、半径徒歩五分といったところか。


 今回の地図は、南に何かがある。


 さっきまではなかった図柄だと思う。


 この小川の上流、二、三分くらい、歩けばたどり着く距離だ。


 拳サイズの岩石を四つ、下に三つ三角に置いて、その中心に最後のひとつを乗せた。自作の三角点だ。別に高さが分かる訳ではないが、帰り道の目印にはなる。


 ここで水分補給をしてもいいのだが、上流に何があるのか、気になる。


 段差をとび下りて、小川に近づく。

 小さな魚が数匹、わっと散るように逃げた。


 手で水をすくう。

 冷たくて気持ちがいい。


 そのまま少しだけ、飲んでみる。

 特におかしな味はしない。どちらかといえば、冷たくて、おいしい。


 もう一度すくって、飲む。  


 水深は中指の先から手首までだから、十五センチといったところか。


 小川の近くは森林よりも一段低くなっているので、増水したら、これが全部川になるのだろう。それでも幅五メートル、深さ一メートルといったところか。


 空は晴れている。急に増水することもなさそうだ。


「セントラエル、この近くに危険はあるか?」


 ・・・い、・・・い、・・・え。


 セントラエルの「この近く」がどのくらいの範囲になるのかは不安があるが、とりあえずは大丈夫なのようだ。


 よし、行ってみよう。


 川沿いを南へ進む。沢登りというやつか。

 傾斜はほとんど感じないが、こっちが上流なのは間違いない。


 一分も歩くと、それまでとはちがう水音が聞こえてきた。

 これは、水が落ちる音。

 滝があるんだ。


 向こうに五メートルほどの崖が見える。


 断崖絶壁、というと果てしなく高いイメージがあるが、五メートルでも十分、遮られている気がする。ちっぽけな一人の人間からしたら十分、断崖絶壁だ。


 崖に近づいていくと、崖の中ほどに穴があいていて、そこから水が落ちてきていることが分かった。小さいけれども、滝だ。しかも、ちょうどいい高さ、水量の滝だ。まるでシャワーのような。


 滝までくると、崖の穴は洞窟なんだということが分かった。鍾乳洞というやつだ。滝壺は、さっきよりもかなり深い。でも、五十センチ程度だから、滝壺としては浅いのだろう。


「セントラエル、この近くに危険はあるか?」


 ・・・い、・・・い、え。


 毎度の安全確認を済ませ、水袋とかばんを下ろす。腰ひもをはずして、貫頭衣と靴を脱ぐ。


 飛び込んだりはしない。

 冷たい水だということは分かっている。


 滝壺へゆっくりと足を進め、水の下に入る。


 頭から水を浴びて、全身を手でこする。

 気持ちがいい。


 汗を洗い流して、疲労も取れた気がする。心身のリフレッシュだろうか。水温が低いので、短い時間で済ませる。


 戻って、水袋を持ち、また滝に近づく。ふたを開けて、水袋を満たしていく。


 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。


 おかしい。

 満タンになったら、水袋からの逆流があるはずなのに、いつまでたっても、逆流してこない。


 サイズからいったら、とっくに満タンのはずだ。

 そもそも、水袋はまったくふくらんでいない。


 入っていないのだろうか?

 水袋を滝から出して、ひっくり返してみる。


 もちろん、水が出てくる。


 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。


 あきらかに、水袋のサイズには合わない水の量が出てくる。


「セントラエル、この水袋は、普通の、水袋なのか?」


 ・・・い、い、え。


 ああ、やっぱり。

 ドジ神さまの本領発揮にちがいない。


 おそらく、神力がかけられた神器なのだろうと思う。

 あれだけの水を入れても、重さが変わった気がしなかった。


 どうやら、ネコ型ロボのポケットと同じタイプのものらしい。


「セントラエル、おれを助けるために、この水袋にしてくれたのか?」


 ・・・。


 ん。

 この沈黙は、どっちか、つかめない。


 まあ、でも、おそらく、そんなつもりではなかったのだろう。

 結果オーライで、助かったのだから、文句はない。


 ところで・・・。


「セントラエル、ひょっとして、かばんの方も、この水袋のような、たくさん物が入るかばんなのか?」


 ・・・・・・・・・は、い・・・。


 そうか。

 これで、さっきの沈黙は、「いいえ」だと分かった。


 セントラエルは、そんなつもりはなかったが、何かをミスして、こうなった。


 ドジ神さまらしくて、かわいいけれど。

 守護神がこれじゃ、ちょっと心配になる。


 まあ、我が親愛なる女神に、どうか許しを。








 結局、十五分くらいで水袋から水が逆流してきたので、入れられる水の量に限界があることも分かった。

 それでも、十五分間分の水量がかなりの量だろうということも想像できた。風呂に水がためられるレベルを超えていると思う。そのせいで足は冷え切ってしまった。


 水汲みの後は、『絶対方位』と三角点石の目印でアコンの群生地へと戻りながら、『神界辞典』で食べられそうな野草を調べて採取したり、手ごろな岩石をかばんにいくつも詰め込んだり、火起こしに使えそうな棒や木切れを拾ったりして、ツリーハウスへと戻った。


 火起こしは、かつて修学旅行の引率で行った吉野ヶ里遺跡の火起こし体験を元に、短い芋づるロープと棒と木切れで、成功させた。

 残念ながら、約一時間はかかったことを正直に告白しておく。今日、一番難しかったのは火起こしである。


 枯れ葉を小山にして、ネアコンイモを焼き芋にした。さつまいもほどではないが、ほのかな甘みがあり、おいしく食べられた。


 こうして、おれは、異世界での一日目を、なんとか生き抜いた。

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