かわいい女神と異世界転生なんて考えてもみなかった。

相生蒼尉

転生! 大森林にて ~大牙虎激闘編~

第1話 かわいい運命の女神が残念なドジ娘だった場合



 企業ではないが、明らかにいわゆるブラック企業だと思う。


 同僚が一年前に死んだ。


 正確な情報は何も示されなかったが、通夜や葬儀のようすから想像できたことは、あれは自殺だったということ。


 思い出したくもない。


 おれ自身は、自殺しようなどと思ったことはない。


 しかし、何度もやめたいと思ったことはある。


 でも、やりがいも感じていたから、やめることはなかった。


 結果として、今もこの仕事を続けている。


 今夜も、二十二時を過ぎた。


「おおばさん、そろそろ帰りませんか」

「ん、もう少し」


「何やってんですか」

「今は学級通信。あと、来月の部活動練習計画と、明日の授業プリントができたら、帰るよ」


「頑張りすぎたら、死んじゃいますよ・・・」

「冗談にならないから」

「そうっすね」


 後輩教師である鈴木田は天井を見上げた。「おおばさんは、みっつの経営っていっつも言ってるっすしね」


「そうかな」

「そうですよ。学級経営、授業経営、部活経営、ですよね」


「ああ、そうだね。まあ、何年もやってると、ずる~くやっちゃうとこも、あるけどね」

「そんな風には見えないっすよ。あと、教える者こそもっとも学ぶ者であるべきだ、とかなんとか」


「そんなかっこいいこと、言ったかな」

「三年前の、歓迎会で。言われたのおれっすから」


 鈴木田は、疲れているのか、こちらを見ない。「でも、きりがないって、思っちまいますよ」


 その声は、それまでとちがって小さく、おれに向けて言ったようにも、独り言のようにも聞こえたので、何も言葉を返さなかった。


 中学校教諭という仕事は、おれたちにとっては、間違いなくブラックだと思う。


 その日の退庁は午前一時。鈴木田はおれに付き合ってくれていたようで、一緒に玄関の警備システムを稼働させてから、それぞれ自分の車に乗って、帰宅した。








 目が覚めたら、とてもかわいい女性の顔が、そこにあった。


 金髪、碧眼・・・美しい。


「気がつかれましたか」

「・・・はい?」


 周囲が、ぼんやりと白く見える。


「私は下級神セントラエル。あなたの転生を担当します」

「・・・はあ?」


 何を言っているのか、よく分からない。


「あなたは自殺なさったので、転生ポイントはマイナス二十ポイントされています」

「・・・はあ?」


 なんだって?


「もう一度、言ってもらえますか」


 下級神を名乗る美女が、かわいらしく首をかしげ、右手の人差指を口にあてた。そんなしぐさもかわいらしい。


「覚えていませんか? あなたは自殺なさったので、転生ポイントはマイナス二十ポイントされています」


 なんだって?


「自殺?」

「はい、自殺で、確認、記録済みです」


 全く身に覚えがない。いや、その前に・・・。


「おれ・・・、私、は、ひょっとして、死んだのでしょうか?」


 相手が神さまだと名乗ったので、思わず丁寧語になってしまった。


「覚えていませんか?」

「はい」


「ご存じないですか?」

「はい」


「あなたは自殺しました」

「はあ?」


 覚えていない。そんなはずはない。というか、死んだ記憶がない。「勝手に決めないでください」


「えっと、勝手に決めたのではなくてですね、自殺だったのです」


 自殺だったのか。


 いや、まさか、そんなはずはない。


 かわいらしく言われても、認める訳にはいかない。


「そんなはずはありません」

「・・・あなた、くれーまーって、人デスね・・・」

「く、クレーマー・・・」


 ぐさっとささる一言だ。


 クラスの暴れん坊の岡村くんの母親とか、被害妄想全開の土田くんの父親とかみたいな、モンペと同じ扱いを神さまから受けるとは。


 しかし、自殺した覚えがない。ないものはない。ここは、岡村母のように、土田父のように、いくしかない。


 美女下級神が言葉を続ける。


「確かに転生ポイントが減らされるのはスキル獲得に不利ですが、そこにいちゃもんをつけてくる人は普通はいませんよ。みんな、素直に聞くところです」


 何を言ってるんだ。不利とか、素直とか、そんなことじゃない。


「いちゃもんじゃなくて、ですね、そもそも、みんなって、誰ですか」

「みんなは、みんなです」


「おれ・・・、私はちがいます。私はあなたの言ってるみんなじゃありません」

「・・・クレーマーですね…」


 ぐさっ。


 刺してくるなあ、もう。神さまって、こんな感じなのか? それとも下級神だからなのか。


「確認しますけどね、自殺って、自分で、死ぬ、ということですよね」

「そうですね」

「私は、どうやって、死んだんですか?」


 美女下級神は、再び首をかしげた。どこか、あらぬところを見て、指を動かしている。


 タッチパネルの操作みたいだな。


 そのまま、おれとは目を合わせず、読み上げるように話し出した。


「自分の限界まで仕事に打ち込み、無理を重ねて、仕事帰りの運転中に睡眠をとって、ぶつかった衝撃で自殺した、ということのようですね」

「事故死じゃねーか!!!」


 思わず叫んだ。


 そりゃ叫ぶ。


 どこにも自殺の要素がない。


 美女下級神がビビってる。おれと目が合っているようで、合っていない。合わせられないのかもしれない。怒鳴られたことなんか、ないのかもしれない。


「あの、えっと、その・・・」

「それは事故死ですよ。ええ、間違いなく、事故死ですよ。どこが自殺なんですか」


「どこがと言われてもですね・・・」

「あなたのミスですか、それとも、他の人・・・、他の神さまのミスですか」

「確認と記録は、別の部署の担当なので・・・」


 神さまにも部署とかあるんだ!


 いや、それならそれでいいけど。


「じゃあ、その部署に連絡して、訂正してくださいよ」

「その部署との連絡は、今は取れなくて・・・」


「じゃあ、あなたが訂正してくださいよ。明らかにそちらのミスですよね」

「そ、そんな・・・」


 モンペに追いつめられた同僚の栗橋先生を思い出してしまった。


 一瞬、責める気持ちがなえた。しかし、自殺だなんて認める訳にはいかない。


「自殺だと転生ポイントが不利になるんですよね? 今の話、どう考えても、事故死ですよ? なんであれが自殺ってことになるんですか? 事故死を自殺として扱うのはおかしいでしょう?」

「は、はい・・・」


「訂正してくださいよ」

「でもですね、わたくしには、記録を訂正することができないので・・・」


「できないできないって、無責任ですよね。じゃあ、何ができるんですか」

「それは・・・」


「責任取ってくださいよ。こっちはいい迷惑ですよ。自殺した覚えなんかないって思ってたのに、自殺だ自殺だとか言われて傷ついたんですよ?」

「す、すみません」


 あ、美女下級神がちょっと泣いてる。


 でも、謝らせたらこっちのものだ。


「今、謝りましたよね。そうですよね?」

「は、はい。すみません」


「ミスを認めたってことで、いいですよね」

「それは・・・」


「謝りましたよね?」

「はい・・・」


 あ、泣いてる。


 ちょっと、かわいそうかも。


 無理は言わず、できることで代案を探そうか。


「訂正できないってことですけど、例えば、あなたの権限で、その、転生ポイントとかいうの、増やせたり、しないんですか?」

「えっと、それは・・・」


「できるんですか、できないんですか」

「できなくはないのですが、数値がわたくしの自由にはならないというかですね・・・」


「説明してください」

「生前貢献で、ダイスを振って、転生ポイントを増やすしくみは、わたくしの権限にもあるのです」


 なんだ、できること、あるじゃないか。


「じゃあそれで、マイナス分を回復してくださいよ」

「二十ポイントぴったりには、なるとは限らないんです」


「せめて二十ポイントは返して頂かないと、こちらとしては納得できませんよ」

「そ、そうですよね」


「泣いてないで、解決策を考えましょう。ダイスは、どういうダイスで、どう振るんですか」

「ダイスは二つ振って、二から十二ポイント、増やすことになります。二十ポイント分なら、二回振ってもらったら」


「二回振っても、二十ポイントになるとは限らないですよね」

「で、でもでも、何度も振らせる訳にはいかないのです。神力にも限界があるので」


「二回振って、どっちもピンゾロだったら、たったの四ポイントしかないんですよ?」

「それは、そうなのですが・・・」


 美女下級神がうつむいてしまう。


 これ以上、追いつめては逆効果か。


 妥協点は、どこだろうか。チャンスが二回は少なすぎる。サイコロを振るなら、確率で考えるか。


「ダイス二つで振った平均は七ですよね。それなら、三回振らせてもらえませんか。平均で二十一です。ちょうどいいでしょう?」

「三回ですか・・・」

「その代わり、どんな結果になっても、受け入れるという条件で。自殺なんて、心が傷つく勘違いでしたが、女神さまをこれ以上困らせるのも、ねえ・・・」


 声のトーンはできるだけ穏やかにしてみた。


 美女下級神は、思案顔だ。


 神力とやらを計算しているのかもしれない。


 もうひと押しか。いや、押しながらも、引いてみるべきタイミングだろう。


「私も、さっきは強く言いすぎました。あなたさまの責任ではないことも、よく分かりましたので、このあたりがお互い、納得できそうな線ではないでしょうか」

「お互いに納得・・・」


 美女下級神が少し上目遣いにこっちを見ている。


 ちょっとかわいいかもしれない。


「そうですよ」

「そうですね。分かりました。ただし、二かける三回で六ポイントになっても、恨みっこなしですからね!」


「恨まないと約束します」

「あと、このことは誰にも言わないと、約束してください」


「それも約束しますよ」

「では・・・、下級神セントラエルの名において、数の運命を・・・」


 美女下級神がどこからか、サイコロを二つ出してきた。








「どうしてそんなに強運なのですか・・・」


 美女下級神は呆然としながらつぶやいた。


 そんなことは知らない。ただの偶然である。


 結論から言えば、合計三十ポイント、増えた。一回目は三と六で九、二回目は四と五で九、三回目は六と六の十二。マイナス二十ポイントがプラス十ポイントということになった。転生ポイントは最初の十ポイントと合わせると四十ポイントとなったのである。


「・・・もう、いいですけれどね。では、スキルをこちらのスクリーンから選んでください」


 美女下級神が指差す方にスクリーンがあった。十種類のスキルが示されている。


 どれどれ・・・。


 あ。

 これは。


 迷わず、「学習」というスキルに触れ、書かれている説明をすっとばして、このスキルにしますか? という問いに、イエス、を選ぶ。


 教師たる者、誰よりも学ぶ者たらんことを。


 ポリシーみたいなもんだ。


「あっ・・・」


 美女下級神が、思わず、という感じで口を押さえながら・・・。


「どうして一般の基礎スキルを・・・。説明は聞いていましたか?」


 あれ?

 何の説明だ?


「説明・・・?」

「聞いていませんでしたね?」


「聞くも何も・・・」

「聞くも何も?」


 美女下級神が首をかしげた。


 おれも同じ方向に首をかしげてみた。


 そして見つめ合う。


「あっ・・・」


 またしても、美女下級神が口を押さえながら小さく叫んだ。


 おれは穏やかに確認する。


「説明、してもらって、ないですよね?」

「やめてください~、大きな声は出さないでください~!」


 両手が俺の方に伸びて、両方ともパーな感じだ。


「大きな声は出してないです」

「そ、そうですね。出してないですね」


 動揺している。


「説明してませんでしょうか?」

「何の説明でしょうか」


「スキルについての、説明です」

「説明された記憶はないですね」


「そ、そうですか」

「スキルをスクリーンから選んでください、とは言われた気がしますけどね」


「そうですか」

「それが説明ですか?」

「・・・すみません。説明していませんでした」


 おれは、ふぅ、とため息をついた。


「また、ミスですね・・・」

「す、すみません」


 美女下級神が深々と頭を下げた。「予想外のことが、いろいろあり過ぎて、すでに説明していたような気になっていたのですもの」


「言い訳ですね」

「・・・すみません」


「それで、どういうことですか?」

「改めて、説明させていただきます…」


 美女下級神の説明では、スキルは一般スキル、特殊スキル、固有スキルがあり、一般スキルはさらに基礎と応用と発展に分けられており、基礎が一ポイント、応用が二ポイント、発展が三ポイント、特殊スキルは六ポイント、固有スキルは八ポイントで獲得できるという。


 それぞれに、生前の生活に合わせたスキルが何種類かずつ用意されており、その中から転生ポイント分のスキルを選択できるとのこと。よく見るとスキルのスクリーンにはタブらしきものがあり、「一般(基礎)」とか「固有」とか書かれている。


「・・・転生特典としては、転生先での生活に便利な固有スキルを選んでから、残ったポイントで下位のスキルを選ぶのが普通なのです」

「という説明を、忘れていた、と」


「という説明を忘れていました」

「やれやれ・・・」


「すみません~」

「女神さまは・・・」


「セントラエルです」

「セントラエルさまは、ドジですね」


「言わないでください~・・・」

「今度は、どう責任をとってくださいますか?」

「うう~・・・」


 セントラエルさまは、うめいた後、こう言った。「基礎スキルはスキルレベルを最大にしますから、それで許していただけませんでしょうか」


 基礎スキルはスキルレベルを最大?


「スキルレベルはいくつまであるんですか?」

「十が最大で、上がったら、下がることはありません」

「では、それで手を打ちましょう」


 セントラエルさまが、あからさまにほっとした顔でおれを見た。


「今回はソフトクレーマーですね」


 クレーマー認定は変わらないのか…。


 まあいい。


「では、スキルレベルを最大にしますが、そろそろ神力が限界に近いので、回復のために瞑想させてもらってもいいでしょうか」

「はい、いいですよ」


 セントラエルさまが、おれの額に手をかざして、呪文のような何かを唱えた後、あぐらをかいて座り、目を閉じた。


 瞑想って、こんな感じなのか。


 すぐに、すー、すー、という静かな息が聞こえてくる。


 これ、寝てんじゃないの?








 セントラエルさまが寝たまま起きそうにないので、ゆっくりスキルを選ぶことにする。


 時々、首がガクンガクンとなっているけど・・・。


 スクリーンの右上に残りの転生ポイントが三十九となっている。


 さっきは、スキルを選択して、それからイエスを押した。


 スキルを選択しても、ノーで戻ることができるはず。


 続いて「教授」のスキルを選択する。


 これも、一般スキルの基礎スキルだ。必要ポイントは一となる。


「さまざまなことを教えたり、授けたりするスキル、か」


 スキルの説明を読んで確認する。


『「教授」スキルを獲得した』


 突然、頭の中に声が響いた。


「えっ?」


 まだ、イエスを押してないのに?


 スクリーンを見ると、イエス・ノーという選択肢がない。「戻る」とだけ書かれている。


 どういうことだ?


 右上を確認する。


 転生ポイントは三十九のままだ。

 減ってない。


 戻る、を押して、一般の基礎スキルの一覧へ。

 教授スキルは学習スキルと同じく、文字の色が暗色に変化している。


 選択済み、ということか。

 なぜ、転生ポイントは減らない?


 一覧の一番下にある「調理」スキルを押さえてみる。

 前世では一人暮らしが長かったからかもしれない。


「さまざまな食材をおいしく煮たり、焼いたりするスキル」


 スキルの説明を読むと・・・。


『「調理」スキルを獲得した』


 またしても、頭の中に声が響いた。

 獲得、したのか?


 イエス・ノーの選択肢はなくなり、戻るになっているし、転生ポイントは減っていない。


 戻ると、調理スキルも、文字が暗色に変化していた。


 説明を読んだら、スキルを獲得できる?

 なんでだ?


 同じ操作を繰り返す。


『「計算」スキルを獲得した』

『「記憶」スキルを獲得した』

『「地図」スキルを獲得した』

『「運動」スキルを獲得した』

『「説得」スキルを獲得した』

『「威圧」スキルを獲得した』

『「洗濯」スキルを獲得した』


 それぞれのスキルの説明を読んでいくと、こうなった。


 一般スキルの基礎スキル一覧にある十種類のスキルは全て獲得したが、転生ポイントは三十九で減っていない。


 これは、ひょっとすると。

 学習スキルが最大レベルになった効果なのではないか?

 選択しなくても、学んでしまうということではないだろうか?


 だとしたら、幸運すぎる。

 そして、その幸運は、基礎にとどまらなかったのだ。


 一般スキルの応用スキルは、読んでも獲得できなかったが、一度、ノーで一覧に戻り、もう一度選択して、二回目も説明を読んだら、スキルを獲得できた。


 同じく、一般スキルの発展スキルについても、説明を三回読んだら、そのスキルを獲得できた。


 しかし、特殊スキルと固有スキルは、何度説明を読んでもスキルを獲得できなかった。

 一般スキルとの間に、スキルとしてのそもそものレベルのちがいがあるからだろうと思う。


 とにかく、転生ポイント六十ポイント分の三十種類の一般スキルをたった一ポイントで獲得したことになる。


 これは、ずるい気がしないでもない。

 しかし、ずるいと言うべきかどうか。


 おれは、ポイントを使って選択しないで、自分の得たスキルを活用しただけだ。

 ずるいようだが、ずるくはない、気も、する。


 まあ、セントラエルさまが何ていうかは、分からないんだけれど。

 説明を受けた通り、残りのポイントは固有スキルから選択する。


 固有スキルは三つしか選択肢がないので二十四ポイント使用して全て獲得。本来ならこれで残り六ポイントとなり、特殊スキルをひとつ選んで転生完了なのだろう。しかし、おれの場合はそれでもまだ十五ポイント、残っている。


 しかも、特殊スキルを二つ選んだとしても、転生ポイントが三ポイント余ってしまう。


 まあいいか。余りをどうすればいいか、あとで聞いてみればいい。


 おれは、五つある特殊スキルから、「古代語読解」と「神意拝聴」を選んで、スキルの選択を終えた。








「ん、んあ・・・」


 よっぽど疲れていたらしい。

 何度ゆすってもセントラエルさまは起きない。


 美女下級神の寝顔は、ちょっと抜けているが、まあ、かわいいとは思うが…。


 神さまだけど、「さま」がいらない気がしてくる。もう、セントラエルでいいか。


 まだ、最後の仕上げが残っている。


 セントラエルを起こしてからが、最後の勝負。


「ひょっとしたら、キスしたらお姫さまが起きるとか、そういうのだろうか」


 と口に出した瞬間。

 セントラエルは目を開けた。


「あ、起きた」

「いいえ、寝ていませんよ」

「そうでしたか」


 おれはにっこりほほ笑んだ。


「・・・瞑想とは、寝ているようなものですが、少しちがうのです。寝ている場合は体力と魔力の両方が回復しますが、瞑想の場合は魔力だけが回復するのです。わたくしの場合は神族ですから、魔力とは言わず神力なのですが・・・」

「神さまが、嘘をついたらどうなるんですか?」


「嘘じゃないですよ! 寝ていたのではなく瞑想なのです!」

「瞑想ですよね。そうでしたか、って言いましたよ。そこを疑っているのではなくて、神さまが嘘をついたらどうなるのかが知りたいのですよ」


 セントラエルは怪訝そうな顔をした。


「瞑想だということは疑問に思っていないのですよね?」

「はい」


「そこを弱みに脅したりはしない、ですよね?」

「しませんよ、そんなことは」


「そうですか」

「で、どうなるんですか?」


 おれは、今、もっとも知りたいことを尋ねる。「神さまが嘘をついたら?」


 セントラエルは笑顔で答える。


「もし、そんなことがあれば、神族は神力を封じられた上に、神界から追放されますよ」

「神力を・・・」

「封じられます」

「神界から・・・」

「追放されます」


 おれは表情を消し、いたずらをした生徒に対するように真顔で、セントラエルの目をのぞきこむ。


 セントラエルがひるんだ。


「な、何ですか?」

「では、約束通りに・・・」

「約束?」


「一般スキルのうち、基礎スキルである教授、調理、計算、記憶、地図、運動、説得、威圧、洗濯の九つのスキルを最大レベルにしてください」

「はいいっっ?」


「さあ、最大レベルに」

「何を言ってるんですか」


「ん? 約束通りのことですよ?」

「学習スキルを最大レベルにしましたよね?」


「はい」

「約束は果たしてますよ?」


「いいえ?」

「はあ~?」


 セントラエルは顔を赤くしている。「ちょっと、クレーマーにもほどがありませんか?」


 怒った顔もかわいい。


 では。

 別室で、やんちゃな岡村くんをシメる時のように。


 少しだけ声を低くして。

 ゆっくりと。

 目はそらさずに。


「セントラエル」

「神を呼び捨てにしています!」


「嘘をつく気か」

「何を言ってるのですか?」


「おまえは、基礎スキルはスキルレベルを最大にします、と言ったはずだ」

「はあ~?」

「もう一度だけ、言う。基礎スキルはスキルレベルを最大にします、と言ったはずだ」


 セントラエルが黙った。

 動かない。


 しばらく、そのまま見つめ合う。

 セントラエルの口が一瞬、動きかけて、止まる。


 言おうとしても、言えない。そういう感じだ。

 岡村くんなら平気で言えることが、セントラエルにはできない。


 セントラエルは両手で自分の口を押さえた。

 赤かった顔が、次第に色を失っていく。


 セントラエルに、ちがう、と言えるはずがない。

 嘘は、神にとって、禁忌なのだから。


 静かに、ゆっくりと、文化祭の舞台で演じるかのように、おれは言葉を並べる。


「女神、セントラエルに、問う。基礎スキルは、スキルレベルを、最大にします、と。言ったのか。言わなかったのか。どちらなのか。正直に、答えてほしい」

「言った・・・気が、します・・・」


「気が、する、の?」

「言いました!」


 セントラエルは涙目だ。

 岡村くんも、いつもは最後にそうなった。


 これは選んだスキルではない。

 前世で、就職してから磨き続けた個別生徒指導スキルだ。


 しかし、岡村くんに比べて、素直で大変よろしいです。

 セントラエルはかわいい女子生徒のような気がしてくる。


 岡村くんなら、言った、言ってないの水掛け論になった上で、証拠はあるのか、証拠を出せよ、とか叫んで、生徒指導室から出ようとするところだろう。


「神力を使いますので、少々お待ち下さい・・・」


 セントラエルがおれの額に手をかざして呪文のような何かを唱えると、おれは全身に浮遊感を感じた。力が湧き出してくるような気がする。


 数分、かかったかどうか。


 セントラエルは、力が抜けたように、だらりと腕を下ろした。


「九種類の一般スキル(基礎)を最大レベルにしました・・・」

「そうか」

「あなた、前世は詐欺師なのですね?」


 セントラエルの言葉遣いには、どうもトゲがあるような気がする。


「さあ、どうだったか。あまり覚えていないね」

「ああ、嘘ですね! どうして人間って存在は嘘をつくのでしょう!」


「嘘をついて、神力を封じられて、追放されれば、人間になれるんじゃないか」

「意味がないですから、それ!」


 セントラエルの表情が、泣き顔、悔し顔、怒り顔と、ころころ変わる。


「かわいいよ、セントラエル」

「また呼び捨てにしました!」


「だめか?」

「もう、いいです!」


 どうやらあきらめたようだ。


「では、スキル獲得終了で、転生開始って・・・、あれ? あなた、なんで、そんなにたくさんスキルがあるのでしょうか? 計算が合わないと思うのですが?」


 ようやく気付いたか。


 セントラエルは右手の人差し指で、空間を何度も押している。なるほど、あそこにはセントラエルのスクリーンがあるのだろう。


「しかも、転生開始ができないなんて、そんなことがあるのでしょうか?」

「それは、転生ポイントがまだ余ってるからじゃないか?」

「余っているのですか? どうして?」


 セントラエルはおれを押しのけて、おれのスキル選択用スクリーンをのぞきこむ。「三ポイント余っています! 絶対に計算が合わないはずです! どうしましょう。転生が始められません・・・」


「やっぱり、ポイントを使わないと転生できないってことか」

「そうなのですけれど・・・。もう、三ポイントで選べるスキルがないので、どうしたものか・・・」


 セントラエルは、おれのスクリーンを見つめて黙りこむ。


 正直なところ、このまま神界とかいう、ここに居座っていても暇だから、転生するなら転生したいのだけれど。エラーというか、バグというか、何かの間違いでおれの転生ポイントは残りが使えない状態だ。


 セントラエルは、おれのスクリーンから自分のスクリーンに視線を移し、右手で操作を始めた。


 おれは、セントラエルの後ろに回り込んで、セントラエルのスクリーンをのぞいてみた。


 見えないのではないかと思ったが、見える。


 ヘルプか何か、マニュアルか、または辞書のようなものをセントラエルは見ているようだ。


 その時、ピン、という音とともに、おれの視界に別のスクリーンが新しく現れた。


『緊急措置。特殊スキル「神界辞典」を三ポイントで獲得できます。獲得しますか。イエス・ノー。クワドラキエス』


「何の音ですか?」

「いや、なんか、スクリーンが出て、緊急措置って書いてある」


「緊急措置! それです! 早く、処理してください!」

「わ、分かった」


 おれは慌てて、イエス、を押す。


 なんだか分からないが、緊急措置のスクリーンは消えた。


 スキル選択用スクリーンは、右上のポイント表示がなくなっている。


「全ポイント消費しました! 転生を開始します!」

「転生するのか」


「年齢を設定できます。七歳からあなたが亡くなった三十五歳までが選択可能範囲になります。どうしますか?」

「じゃあ、成人で」

「では十五歳に設定します」


 えっ? 成人って十五歳なの? 二十歳じゃないんだ?。

 まあ、いいか。


「転生先の地域選択ができます。三か所、表示されています。山、森、海から選べますけれど、どれがいいですか?」


 どれだろう。

 食べ物がありそうなのは、海か、森か。

 海で突然溺れるのは嫌だな。


「森で」

「森を選択しました。では、転生後、精一杯新しい人生を生きてください。わたしは守護神としてあなたを見守ることになります。もう話はできませんが、あなたが死ぬまで、ずっと一緒です」


「背後霊なの?」

「守護神です!」


「話はできない?」

「そうですね」


「スキルを使っても?」

「えっ?」


 セントラエルがおれを振り返ろうとして・・・。


 世界は暗転した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る