歪む口唇哀に揺れ

 私は、感情を操る術を知っている。



 素直にその感情を表す事も、それとは逆に制御する術も知っている。そしてそれが、上手な方だという自負も持っている。

 感情が暴れ出したりなど、そんな事は今までに数度あったくらい。どんな感情だって、操って見せていた。


 それでも、それでも。

 どうしてなのだろう。

 いつからなのだろう。



 私は、笑顔以外を表す方法が分からなくなってしまった。それはまるで、笑顔以外は私から離れていってしまったかのよう。


 感情を操る事は出来たとして、今の私はそれを表す術を失ってしまった。



 なんて滑稽。なんて惨め。

 齢だけを重ね、かつての己よりも劣った自分はどこまで無様で価値がないのだろう。



 そう思うと同時に口角が吊り上がる様のなんと、馬鹿らしい事。






 緑の絨毯に、じんわりと真っ赤な色が広がっていく。きっとその草花で出来た絨毯の下に、その赤は染み込んでいるのだろう。

 私はその上に寝転がって呻いている男を、じいっと見ていた。


 この男は、恐らく野盗だ。

 森を一人歩く見た目は若い女。いい獲物だと思ったのだろう。金目のものを奪って、私自身の事もどこかに売り飛ばそうと考えたらしく襲いかかってきた。

 私はそのまま返り討ちにし、男はここに転がっている。


 まだ、男には息があった。

 確かに命を奪わない程度に、しかし間もなく死ぬようにした筈だ。もう、息絶えていてもおかしくはない。思ったより、この男はしぶといらしい。

 でも、きっとこの男はもうすぐあの世へ行くのだろう。もうすぐこの体は、内側すらも全て動かなくなって意識も消えゆくのだろう。

 それに名状しがたい感情を抱いて、私は屍となりゆく男の元から去る。去り際に頭を踏みつけても、この感情は晴れなかった。

 ああ、忌々しい。この男も、私の抱くこの感情も、全てが忌々しい。

 そう思って男の頭から足を上げ、歩いて行こうとしたその瞬間。


「なあ、お前、何なんだ」

 殆ど吐息のような音しか出せず、男は私にそう問うた。その目は私を映す事はせず、ただ耳で私の答えを待っている。それはそうか。この男は首を動かなせいのだから。

「ただの、人間よ」

 少し長生きで、死ぬ事が難しい。それを除けば、私はどこにでもいるようなただの人間だ。しかし、言外に含ませたその事を男に言ってやるつもりはない。

「嘘、だろう」

 男はなお言い募る。死ぬ間際くらい、大人しくしておけばいいのに。そう私が頭の片隅で思う事など知らぬ男は、声にならぬ言葉を吐き出す。

「ただの、人間、が、そん、なにずっ、と」

 絶え絶えな息を絞り出す男は、なお口を閉じない。

「笑っ、てい、るもの、か」

 その言葉を最後に、男は声を出さなくなった。その口からは、息すらも漏れ出ない。


 それは当然か。どこか冷めた頭で、私は思った。

 だって、男の口に刃を突き付けたのは私なのだ。そしてそのまま、口から喉を切り裂いた。

 ああ、しまった。

 私は、もう人を殺さないと決めたのに。


 私は男の血と涎で汚れた短剣をぶんと振り、付着したものを払った。更に屍と成り果てた男のあまり汚れていない部分の服で刀身を拭う。そうして、腰のホルダーに仕舞った。

 この短剣はかなり長い事使っているのに、錆もしないし刃も毀れない。もしかしたら、この短剣も変質したのだろうか。私が初めて人を殺し、また、自分を殺したのにもこの短剣を使った。

 まあ、今更この短剣が何だろうが、何になろうが関係は無いのだけれど。

 だって、私は一人なのだから。


 私は短剣から視線を外し、口の裂けた男を見て、思う。男は、きっと自然に還る。肉体は土へ還り、魂もあの世へ還っていく。

 私とは、違う。

 私のような、人を殺した分だけ生き永らえているようなものとは違う。

 男は自然に逆らう事なく、自然の中で生きていた。そして、自然の中で、自然から外れた私に殺された。殺そうとして、殺された。

 生きるために殺そうとした男が、死にたいのに死ねない私に殺された。

 皮肉なものだな。そう思うと、唇が歪に吊り上がった。



 私は男をそのままにして、森を歩いた。そして森を出るとそこには、のどかな村があった。

 きっとそこまでは大きくない村だろう。しかし、どうしてだろう。まだ昼間だと言うのに静かすぎる。

 そう思って首を捻っていると、偶然一軒の家から出て来た少女が視界の端に映った。そうだ、あの子にこの村の状況を聞いてみよう。そう思った私は、その少女に歩み寄った。

「あの、この村はどうしたの?」

 背後から話しかけたからか、少女はびくり、と肩を震わせた。振り向いた直後の瞳には怯えのような色が浮かんでいたが、私の顔を見ると少し表情を緩ませた。きっと、この笑顔のお陰だろう。私はどうやら人に警戒されにくい顔をしているらしく、顔を見て警戒心を解かれる事は多かった。

「旅のお人、よね」

 そう言って尋ねる少女に、私は笑顔のまま頷いた。旅というか、行き場がなく放浪しているだけだが、それを説明する必要はないだろう。

 少女は少しの間逡巡するような様子を見せたが、口を開いた。

「実は、数日前にこの村が襲われてしまって……。私や数人の娘達は丁度その日出掛けていて無事だったのだけれど、多くの村人が犠牲になってしまって。まだ怪我が治っていない人も多いから、これから井戸に水を汲みに行くところだったの」

 初対面だというのに、少女は包み隠さずこの村の内情を話してくれた。もしかしたら、部外者の私にすら縋ってしまいたいのかもしれない。無意識に、同情を誘っているのだろう。

 そうだとしたら、この少女は運が良いのかもしれない。

「良ければ、私がお手伝いしましょうか」

 そう言う私に、目の前の少女は私の顔を覗き込む。

「本当に?」

「ええ。私は治療道具を持っているし、大体の怪我は治す事が出来るわ」

「本当に? いいの?」

「ええ、勿論。でも、あなたの一存だけじゃ決められないでしょう? 他の人にも会わせてもらってもいいかしら」

 そう言う私に、彼女はこくこくと頷いてここで待つよう言った。そして自分が出て来たものとは違う家に入っていった。恐らく、無事だという他の娘達と相談をするのだろう。


 手持無沙汰に、空でも眺めながら少女の帰りを待っていると、先程の少女は他に二人の少女を連れて帰ってきた。きっと、無事だという娘達だ。

「あなたが、本当に皆を癒してくれるの?」

 先程の少女とは違う、吊り目の少女がそう私に問う。私は笑んだまま、頷く。

「そんな、黒魔術師みたいな格好で、回復魔法なんて使えるの?」

 はて、どこからそんな話になったのか。私がそう思って首を傾げると、最初に会った少女が声を上げた。

「あのっ。皆を治せるって言ってたから、あなたは魔法が使えるのかと思って」

 ああ、そういう事か。成程。得心がいったところで、私も口を開く。

「魔法とはちょっと違うわ。でも、私は綺麗に怪我を治すことが出来るし何なら死んだ人を生き返らせる事だってできる。怪しいかもしれないけれど、信じてはくれないかしら」

 そう言って笑う私に、吊り目の少女は答える。

「……分かったわ。どうせ私達だけじゃあ、治療できない怪我が大半だもの」

 どうやら、吊り目の少女からの了承は得られたらしい。

 他の少女はどうだろうかと後ろの方の少女を窺がうと、髪の短い少女が口を開いた。

「見返りは、用意できないと思う」

 そう言っていまだ疑り深い瞳を私に向ける彼女に、私は顔を向けた。彼女が少したじろいだような表情をしたのは、私が一つも表情を変えなかったからだろうか。

「見返りなんていらないわ。私にも、ちょっとした事情があってね。怪我を治させて貰えさえすればそれでいいの」

 そう言う私に、彼女はいまだに少し疑いの色を含ませた視線を向けている。

「でも、確かに私達で出来る事には限度がある。もしあなたが本当に無償で治してくれるなら、そんなにありがたい事はない」

 そういう彼女は一拍おいて、私の瞳を見つめた。何かを、見透かそうとするように。

「お願いします。どうか皆を治してください」

 そう言って髪の短い少女が頭を下げると、他の二人も同じように頭を下げた。

「頭を上げて。私はきっと全員を治すわ」

 私はそう言って、少女達に案内を頼んだ。彼女達がいた家以外にも、怪我をした人たちのいる家はあるのだと唯う。それは当然だ。そして、私の元へやってきた彼女達以外にも他に二人、無事な少女がいるらしい。五人で、十軒の家で看病を行っているらしい。少女たちはその事を説明すると、最初の少女を残して家へ戻っていった。忙しいのだろう。


 さて、まずは最初の少女が出て来た家だ。

 私は最初の少女と共に、家の扉を潜る。そこには子供達が多くいた。とはいっても、六人だ。しかも皆そこまで酷い怪我ではなく、意識もあった。これならすぐに終わるだろう。


 私はそう考えると、一番手前に寝かされている男の子の元へ座り込む。

 切り傷は流石に治っているものが多い。骨折もないようで、打撲が主だろう。

 そう考えると、私は腰のホルダーから小さな槌を取り出した。

 背後で少女が驚いたような気配がする。しかし、気にしてはいられない。

「ねえ、君。名前は?」

 その私の問いに、男の子は小さく自分の名前を口にした。私はその名前を呼びながら、男の子の怪我があるのと同じ個所の、自分の体に槌を打ち付けていく。

 ひっ、と背後で息を呑む音がした。

 しかし、私はそれを気にしなかった。度々同じように見ず知らずの人を治療する事があるが、決まってこのような反応をされる。そして、最後に気味が悪いと追い出される。きっと、この村でもそうなる。もう慣れた。いちいち気にしてなどいられない。


 私は表情を変えぬまま、ひたすらに自分の体を傷付け続けた。そして、その事を繰り返して六回。私は感覚の無くなった腕も血が滴る足もそのままに立ち上がり、少女に言った。

「次の家へ行きましょう」

 彼女の表情は、何といっていいのかわからないという事を如実に物語っていた。

 いいの、それでいいのよ。だって、私はずっと笑顔だったんだから。気味が悪いと思って当然よ。



 次に行ったのは、若い青年が多くいる家。こちらは少々骨を折られているものもいたが、先程と同様にすぐ終わらせた。ああ、左足が使えなくなってしまった。折れた足を引き摺って歩くのでは、遅くなってしまって申し訳ない。だが、許してほしい。



 そしてそれを繰り返して十軒目。私は自力で動くことが困難になっていた。

 助けを借りようにも、少女達は皆私を気味悪いと思っているだろう。

 ああ、困った。まだやらなきゃいけない事は、残っている。

 私はなんとか力を振り絞って歩いて、少女達に質問する。

「ねえ、死んでしまった人達は、どこにいるの……? その人達も、私なら生き返らせることが出来るわ」

 そう言って、ぼろぼろになってなお私は笑っていたと思う。少女達は恐ろしげなものを見るような眼で、私を見た。

 別にその目に、何か思うわけでもない。もう、慣れたから。でも、私があなた達と約束した事だけは違えさせないでほしいのだ。この村の皆を救うから、どうか。

「私を、死んでしまった人達のところへ連れて行って」

 はくり、と吊り目の少女が口を開いた。

「あなたが、死んでしまうんじゃないの」

 震えた声で、それでも少女は気丈であろうとした。私は微笑み、答える。

「大丈夫。私はなかなか死なないの。そういう体なのよ」

 それでも少女はなお逡巡する様子を見せていた。私は首を傾げ、見つめる。

「でも、その怪我はどうするの。すぐに治るものなの」

 優しい、子達なのだと思う。この吊り目の少女だけではない。最初に会った少女も、髪の短い少女も、他の二人も。こんな気味の悪い人間に、彼女達は温情を持ってくれている。それは恩情から来るものなのかもしれないが、それでも思う。この子達は、優しい心の持ち主なのだ。

「大丈夫よ。こんな怪我ならすぐに治るわ」

 そう、すぐに治る。私の先の見えない生に比べれば、こんな怪我に要する時間は虫の一生程に短いのだ。

 だから、どうかあなた達には気にしないでほしい。私の事はただ、都合の良い治療方法とでも思って欲しい。それが、私にとってもあなた達にとっても一番いいと知っている。

 なお少女たちは迷っている様子を見せていた。それでも、信用してくれたらしい。私は両脇から少女達に支えられ、死んでしまった人達の家へ向かう。そう思った。


 私が思った事とは裏腹に、私が連れて来られたのは、誰も負傷者がいない家だった。

「どうしたの? ここには怪我をしている人も、死んでしまった人もいないみたいだけれど」

 そう言って尋ねる私に、髪の短い少女が答える。

「さすがに、そのままでは行かせられない。気休めにしかならないかもしれないけど、手当をさせてほしい」

 予想外のその言葉に、私は思わず目を見開いた。

「大丈夫よ、こんなのすぐに治るから」

「それでも、お願い。私達の気が済まない」

 なおも言い募る少女に、私はこちらが折れた方がいいと悟る。

「分かったわ。お言葉に甘えさせてもらうわね。包帯とかは私の荷物に入っているからそれを使って」

 こくりと頷いた少女は、私の鞄の中から包帯や薬を取り出した。そして手際よく私に手当を施していく。ここ数日間はこんな風に手当の繰り返しだったのだろう。流石というべきか何というべきか、慣れている。


 そして少女達からの手当てが終わり、私は口を開く。

「ありがとう。もしよければ飴はいかが? それも私の荷物の中に入っているわ」

 飴玉一つじゃお礼には到底足りないかもしれないけれど、私から彼女達に渡せるものはこれくらいしかなかった。

「遠慮させていただくわ。むしろ、私達がお礼をしなきゃいけないもの」

 そう、最初の少女が眉尻を下げて笑った。こういう風に答えが返ってくる事は、予想していた。見知らぬ怪しい奴が持っている食料なんて、怪しくてとても食べられたものじゃないだろう。いいのだ、それで。

 私がああ言ったのは、ただあなた達にお礼がしたかっただけだから。そして、それがただのエゴだという事も分かっている。だから、自己満足のために私はあの言葉を口にしたのだ。


 私は何かを誤魔化すように、曖昧に笑った。

「じゃあ、死んでしまった人達のところへ連れて行って」

 こくり、と少女達は頷いて私の両腕を取った。



 死んでしまった人達が安置されている場所は、私が手当てを施してもらった家の隣だった。とはいっても、大きな街のようにすぐ隣というわけではない。ちょっと距離があった。

 そして、中には七人の男女が横たわっていた。皆外傷も酷かったが、死んでいるなら外傷などは関係ない。それに今は冬で、死んでしまってからまだ数日しか経っていないという事もあり、腐敗も殆どしていないように見える。

「それじゃあ、ここにいる人達の名前を教えてもらってもいいかしら?」

 私が少女達の方を向いてそう言うと、彼女達は淡々と名前を教えてくれた。最初こそ戸惑った様子を見せていたものの、今はもう慣れたらしい。ただ、短剣を握り締めた私の後ろで、名前を教えてくれていた。

 私は最初の少女に全員の名前を聞いた後、短剣を強く握りしめた。


 まず、一人。名前を呼びながら胸を突き刺した。深く深く、突き刺した。

 その次は首を切った。大きな血管を切った。そんなふうに、死ねそうな事を繰り返して七回。その部屋にいた死んでしまった人達は皆、次々と息を吹き返していった。

 そして私も、死んでしまっておかしくない状況なのに、生きていた。

 首が切れ、腹も切れ、頭はひしゃげた。それでも、私は生きていた。

 私は途切れそうになる意識をなんとか保たせながら、少女達に頼む。

「私を、さっきの家に連れて行って。さすがにこれは手当てしないと……」

 そうすれば、すぐにでもこの村から出ていくから。

 私が言外に含ませたそんな事なんて、彼女達は知らないに決まっている。この優しい少女達は、私がそう言っても困るだけだろう。

 依然として微笑んでいる私に、少女達は恐怖を滲ませた瞳で頷いた。きっと恩を感じてくれているのだ。それを返そうと、してくれている。



「これで、いいかな」

 私に包帯や添え木をしてくれた少女は終始、俯いたままだった。そう言った彼女に私は微笑んで、ええ、と返す。まあ、表情は見えていないのだろうけど。でも、その方がきっといい。

「ありがとう」

 私はその言葉を最後に、村を後にした。今度は引き止められなかった。こうなる事は知っていた。分かっていた。そして、これが一番いい結末だという事も知っている。

 私は、一人ひっそり村を出た。そして、木々が鬱蒼と茂る森へ入った。大きな木々に隠れて、私なんか消えてしまえばいい。



 森の中、木々の中。私は折角してもらった手当を全部取り去って、背中から勢いよく倒れ込んだ。柔らかい草とはいえど、やはり傷だらけの体は痛んだ。

 私は深く息を吸い込んだ。肺と肋骨が痛みを訴えるけれど、無視を決め込む。

 高い木々の隙間から見える赤い空を眺めた。ああ、いつの間にかこんな時間になっていたのか。もうすぐ、日が暮れる。寒い寒い、夜がやって来る。

 そのまま、凍ってしまえたらいいのに。冷たい夜は、どうか私の事も冷たくしてくれないだろうか。そして、そのまま目覚めなければいい。

 ああ。それよりも、目が覚めたらあの人がいたらいいのに。

 こんなものはどうか、悪夢だと言って。そして私に布団を掛け直して、仕方ないなという風に笑っていてほしい。そして、私が目を開けたら安心させるように大丈夫だよ、と言って欲しいのだ。


 でも、そんな風に夢想しても、どうにもならない事なんて分かっている。あの人はもう逝ってしまった。

 私の隣には、もうあの人も、誰もいない。暖かな布団も、美味しいご飯も、可愛い服も何もない。

 冷たい草の上で、何も口にせず、真っ黒な一枚のローブを着て、ただ一人。

 これが現実だって、分かっている。


 ああ、本当にこのままいなくなってしまえたらいいのに。


 そう思っても、きっと私は明日も生きているのだ。そして、その先もずっと。

 誰かを殺した分だけ、私は私を殺さなくてはならない。殺した分だけ、私の命は増えてしまうから。もう、一人は嫌。


 どうか、どうか。家族の元へいかせて。

 そんな願い、叶わないと知っている癖に。


 頭の端っこで、どこか冷静にそう思った。


 重たい腕を持ち上げて、私は両目の前に重ねた。瞼を閉じれば、そこには何もなかった。

 真っ暗になった世界が、次に光を取り戻した時。私はきっと笑っている。



 冷たい空気に身震いして、私は目を開けた。そして両目を覆っている腕を少しずらし、口角を吊り上げた。


 ああ。やっぱり私は、今日も一人。


 昨日よりは痛まなくなった体を感じる。今までに殺した命の分だけ、傷が治るのも早い体だった。

 私は、詰めていた息をほう、と吐きだした。

 真白い靄が、朝の空気に溶けていく。


 きっとその靄を吐き出したそこは、歪に吊り上がっていたに違いない。

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