第93話 本当の勇者はもういない


 俺達は、師匠に試練のキューブの中に放り込まれた。

そこは洞窟だった。暑くもなく寒くもない、何故か光がある洞窟。


 辺りをキョロキョロと見回していると、師匠が目の前に現れた。


「先ずは、ゴブリン100匹を刀だけで倒してね。味方を護りながら」


「味方って蘭か? 蘭は護るけど」


「ここは何処なのじゃ?」


「「アーレイ!?」」


 振り返ると、アーレイがいた。何故? 護りながらって師匠が言ってたからか?


「粗チンが吸い込まれて、びっくりしてたら……そこの変態に投げ込まれたのじゃ!」


 アーレイが、師匠を指差し怒っている。俺を盾にしながら。


「しっ師匠……なんてむちゃくちゃな……」


「あはは、洋一君には護りながら戦う難しさを覚えてもらわないとね。それじゃスタート!」


 師匠が剣で地面を叩くと、魔法陣が現れ、懐かしのゴブリン達が大量に出てくる。


「「「「「「「ぐぎゃっ! ぐぎゃっ!」」」」」」


「ぐぎゃっ!」


「洋一、真似してないで早く刀を構えなよ! アーレイを護りながら戦うんだからね!」


 ゴブリンの真似をしてたら、怒られた。前を見るとゴブリンの山。ゴブリンの後ろには師匠がいて、奴等に退路は無い。だからか、こっちに向かってくる。


「わわわわわ、粗チン! どうするのじゃ!」


「アーレイと蘭は、下がってろ! ゴブリン狩りじゃああああ!!」


 俺は半ばヤケクソになりながら、刀を抜き放ち、突撃する。グロいからと戸惑っている余裕も、今回は無い。


 一匹目を刀を横なぎに、振るい斬り裂く。迷わず首を飛ばす。次々と襲いくる、ゴブリン達を斬り裂いていく。身体はゴブリンの血で濡れていく。


 斬る、突くを延々と繰り返していく。


 ゴブリン達が怯えた目で俺を見ている。まるで化け物を見る様に。


 見るな、見るな、そんな目で俺を見るな!!


 気付けば涙を流しながら、刀を振るっていた。血の匂いで吐きそうになるのを堪えながら。


「洋一君、君は修羅になれないんだね。それもまた君の強さの一つだけど、まだまだ、ゴブリンは居る。君が躊躇えば、後ろの二人がゴブリンの餌食になる。さあ! まだまだゴブリンは来るよ!」


 師匠がなにを言っているかはわからない。ゴブリン達の鳴き声と悲鳴で……。


 俺は殺し続けた。時にはゴブリンに噛みつかれた。噛み付いたゴブリンを、強引に振り払い、斬りつける。


 何度も何度も、繰り返すうちに、生きているゴブリンはいなくなった。


「洋一!」


 蘭が側に来て、血だらけの俺に回復魔法をかけてくれた……。


「葵! いきなりなんでこんな事を!」


「? 強くなりたいんでしょ? 修行だよ。別に痛めつけたい訳じゃないし、心に傷を負わせたい訳でもないよ」


「それでも、こんなやり方……」


「蘭ちゃんさあ、甘いよ。敵はいつも、正々堂々来る訳じゃない。時には大軍に襲われる事もある。そんな時に、甘えた考えや、敵に一々同情してたら、護りたい者を護れないんだよ。わかるよね?」


 師匠の言葉に、蘭はなにも言えなくなっていた。


「蘭、ありがとう。大丈夫だから、それに師匠の言葉は正しいよ……」


 俺は力なくそう言い、蘭を撫でる。


「変態めええ! 粗チンが可哀想なのじゃ! 御主は勇者じゃない、悪魔じゃ!」


 アーレイの言葉を聞き、師匠は笑った。何処か悲しそうな顔で。


「そう、君の言う通り。僕は、勇者じゃない。助けられなかった命の方が多い。職業は魔剣士のままだしね。真の勇者ってのはね、偉業をなし人々が認め、人々が称えた者の事を言うんだよ」


 師匠は何処か遠くを見つめている。


「師匠?」


 師匠は首を振り


「ああ、大丈夫だよ。少し昔を思い出しただけだよ。僕が知る限り、勇者は一人しかいない。万の軍勢を一人で叩き潰し、世界の為に戦った彼しかいないんだよ。彼は、人望も厚く、誰よりも優しく強かった、強かったけど……」


「その人が、来てほしかったのじゃ……」


 師匠の目つきが、一瞬、ほんの一瞬だが鋭くなった。


「ははは。僕もそう思うよ……。ただ彼はもうらどこの世界にもいない」


 師匠の友達は、もうこの世にいないんだな。


「むうう!」


「アーレイ、もうやめろ。師匠、休憩も終わりにして続きをしましょう」


「良いの? まだ休憩しててもいいんだよ?」


「大丈夫です。俺、強くなりたいし。蘭や皆んなを護りたいから。それに師匠は、なんだかんだ言いながら優しいですからね」


 師匠は俺達に背を向けた。


「ビシビシしごくから、覚悟しなよ!」


 その声は何故だか震えていた。


「蘭、俺が死にかけたら回復宜しくな。俺、頑張るから」


「洋一、私は……私は!」


 蘭は、俺を心配してくれている。自分が強くなれば俺を護れると思っている。だけど、それじゃあ蘭の事は誰が護る?


 俺しかいないだろうが! だから俺は蘭に笑顔でこう言う。


「大丈夫だ、蘭! 俺に任せとけ!」


 俺は立ち上がり刀を構える。師匠はニヤリと笑い、俺達から離れた場所で、剣で地面を叩く。


「次は、コボルトだよ。二足歩行の犬型の魔物だ。ゴブリンより知能もあるし、連携もしてくる」


「やってやりますよ! 強くなりたいから!」


「君なら、きっと強くなれるよ。勇者と同じ心を持つ君ならね」


「心?」


「さあ無駄話は終わりだ!」


 大量のコボルト達が現れた。犬歯を剥き出しに威嚇してくる。ちょっと怖いじゃねえか……。

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