第24話 夜の訪問者

「夜分遅くにすみません。私、王都で兵士を務めているマリアと申します。こちらにユウ様という方が泊まっていると聞いて訪ねたのですが、いらっしゃいますか?」


 オレの言葉に、扉の向こうから返事があった。聞き覚えのない声。知らない人だ。王都から来たと言っているが、一体何の用だろうか。パトリシアの方を見てみても、心当たりはないのか、不思議そうな顔をして首を横に振っている。なぜかオレの名を知られていたようだが、心当たりは無い。


 扉の向こうに居る謎の人物は、一応は身分を明かしたので剣を鞘に収める。まだ、警戒は続けながら恐る恐る扉を開けた。


 扉の外には、女性が2人立っていた。鎧を着込み、腰に剣を下げていて、武装しているが敵意は感じられなかった。現れた女性2人の姿を見ても、やはり見覚えのない人物だったので、本当に何の用で尋ねてきたのか理由は分からないまま。


「いやぁ、こんな夜遅く本当にすいません。あなたがユウ様ですか?」

「はい、そうですが。オレに、一体何の用です?」


 開いた扉の前で話し始めた女性は、ボーイッシュなショートカットで燃えるような赤い髪の色をしていた。それに、糸目で、表情はニコニコと笑顔を浮かべている。


「最近、勇者について調査している男が居ると王都に報告がありましてね。その人物に事情を聞きに行けと、私達が駆り出されたのですが……。部屋の中に入っても?」

「あ、はい。とりあえず、部屋の中へどうぞ」


 勇者の調査をしていて、国から目をつけられたらしい。でも、どうして。長い話になりそうだったので、2人の女性を部屋の中に招き入れて話を聞く。


「どうも、すいません。おじゃまします」

「……失礼」


 マリアと名乗った女性の後ろから、対照的な長髪で青髪の女性が部屋の中に入ってくる。無口で無表情だが、部屋に入るときには丁寧に一言、小さな声で言っていた。


 パトリシアは、部屋に入ってきた2人の女性に強い視線を送りながら観察を続け、オレの近くに並んで立ちながら警戒をしていた。部屋の中に入ってきた女性たちは、ここに来た理由を話を始めた。


「最近、勇者について探しまわっているのはあなた方で間違いない?」

「そうですが、何かマズイことでもありますか?」


 王都の方からわざわざ兵士を寄越すだなんて、勇者について調べるというのが何か法に触れるような問題行為だったとか。


「いえいえ、マズイことではありませんよ。ただ、勇者の研究をなさっているのに、王宮に報告が無かったので、念の為に調査しに来ただけですよ」

「報告が必要だったのですね……」


 オレは、勇者のことについて調べながら各地の街を放浪してきた。その調査活動が王都に報告されて、2人の女性兵士がココに調べに来たと説明された。まさか、勇者について調べるのに、国への報告が必要だったとは。知らなかった。


「いえいえ! 報告と行っても、絶対に必要なものでは無いですよ。ただ、この国で勇者について研究するならば、まず王都にある資料館を利用するというのが一番だと思うのですが、ユウ様は、まだ王都にある資料館を訪れて居ないらしいというのが、不思議だったので。念の為に調査という形で、私達が遣わされました」


 先に王都へ向かうべきだったかもしれないな。勇者について研究するのならまず、王都に行かないと不審に思われるらしい。王都にある資料館を調べれば、元の世界に帰る方法が見つかったかもしれないな。まぁ、今更だが。


「それで、ユウ様は勇者ハヤセ・ナオトに関してどんな事を調べているのですか? 一体どんな研究を?」


 なおも、赤髪のマリアという女性が質問してくる。これは、興味があるからというよりも、何かを確認するような質問のようだ。


「オレは、勇者の帰還後の事について調べています。魔王を倒した後。どうやって、彼は自分の国に帰っていったのか、どこへ帰ったのかについて知りたいのです」


 勇者について研究しているわけではないし、どこかに報告するつもりで調べているわけでもないが、元の世界へ戻るための情報を探していると女兵士に事実を伝える。


「なるほど、なるほど。ちなみにユウ様、勇者についての研究者として王都に仕える気はありませんか? 今なら、手厚い待遇が用意できますよ」

「え?」


 いきなりのスカウトに驚く。なぜオレが。今まで、勇者のことについて調べてきただけで、別に成果を挙げたというわけでもない。無名のオレを、なぜスカウトするのか。


 色々と怪しいし、そもそも元の世界へ帰るために国に仕える気は無いオレは、どう言って勧誘を断ろうか悩んだ。


 オレが、王国に仕えるかどうか悩んでいると勘違いしたのだろうか、赤毛の女性兵マリアは、さらにオレを説得するために国の事情について説明してくれた。


「実を言うと今、国の人材不足が深刻でして。少しでも優秀な人材の方に国に仕えてもらわないと大変なんですよね。今なら、給料もたくさんもらえる地位を手に入れることも可能ですよ。どうですか?」


 オレは国に仕えるつもりは無いし、これ以上は勧誘されると困るので、きっぱりと断ることにした。


「すいません、オレはこの国で研究員として働くつもりはないです」

「なるほど、そうですか……」


 オレの答えを聞くと彼女は残念そうな表情を浮かべながら、すぐに引き下がった。困っているようだが、それほど熱心な勧誘というわけでもなかった。


「マリア……。医者……」


 マリアの横で口を閉じ、黙ったまま今までじっとしていたもうひとりの女性。その青毛の女性がボソッと喋ったと思ったら、仲間のマリアに向けての言葉だった。


 青毛の女性から何か言われたマリアは、ポンと手を叩いてから、そういえばと話題を変えて話し始めた。


「ちなみに、なんですけれど。ユウ様は医術の心得ってありますか?」


 ステータスにある職業リストについて思い出す。偶然にも、医者の職業は習得済みだったので、そのように話す。


「見習いですけど、医者の職業は持っていますよ」

「本当ですか! 実は今、医者も探していたんですよ」


 マリアは、オレの答えを聞いて喜んでいた。心なしか、青毛の無表情だった女性も笑ったような表情になって喜んでいるように見えた。2人は健康そうだし、彼女たちの関係者が病気なのだろうか。


「これは国の機密事項なんですが、ユウ様が医術の心得があるってことで話します」

「え? そんな事を出会ったばかりのオレに話しても良いんですか?」


 オレたちが聞いても大丈夫な話なのだろうか。聞くのが不安な話を始めようとするマリアに、チョット待ってとオレは言ったが、彼女は話を止めなかった。


「それほど、切羽詰まっている状況なのです。実は、ウチの国のお姫様が原因不明の病に罹っているのです」


 姫様!? 国の重要人物に関することで反応に困る。さらに、マリアは詳しく説明してくれた。


「国中の様々な医者たちにも診てもらったのですが、お姫様の症状、体調不良になる原因が掴めず。姫様は、その病気で徐々に体力も落とされていって、床に伏せがちになっているのです」


 医者に診てもらっても原因が分からない病気。一体なんだろう、想像もつかない。


「お願いです。診てくださるだけでも良いので、私達と一緒に王都まで来て。姫様を診てください」


 頭を下げて懇願される。こんな風にお願いされてしまったら、断れない。まさか、医者として頼られることになるとは予想外だが。しかもまだ、見習いだというのに。オレに出来るのか。でも、病気で苦しんでいると聞いて助けたい気持ちもある。


「わかりました。一緒に王都へ行きますので、アタマを上げてください」

「ありがとうございます。本当に助かります」


 オレは勝手に王都に行くと言ってしまったが、パトリシアはどうだろうか。賛成をしてくれるだろうか。


 横に立っていたパトリシアに視線を向けてみると、うん、と小さく頷いてくれた。これから王都に向こうのは、特に問題もないようだ。


 部屋に突然の訪問者、それであっという間に王都へ行く予定と決まってしまった。マーリアンでの調べ物については、これ以上の情報は望めないと考え、王都へ向かうことにした。


「じゃあ、早速で悪いのですが、急いで王都へと向かいましょう」

「今から、ですか」


 夜も遅いが、もう出発するつもりらしい。確かに、王都に病人が待っているので、1泊するだけでも辛抱できないのか。マリアはすぐに王都へ向かおうと、オレたちを急かす。姫様を治療するため。でも、オレが行っても原因が判明するは限らないが。


 仕方がないので、オレとパトリシアは旅の荷物をまとめた。それからすぐ、出発の準備を済ませて宿屋をあとにするのだった。

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