第10話 お仕事

「おまたせしました、パンとスープのセットです」


 女の子が持ってきた、お皿が目の前のテーブルに置かれる。オーソドックスなパンに温かそうなスープ。店の立地から、あまり期待はしていなかったけれど、見た目はかなり美味そうだ。匂いも良い。


「いただきます」


 スプーンを持って、まずスープから味を見てみる。


「うまいな」

 

 自然とオレの口から出た言葉。具材はシンプルだが、ダシが効いて絶妙な味わいになっている。一緒にパンも食べてみる。これも美味しい。スープとよく合う。

 パンとスープだけなんて質素かと思ったけれど、昼食ならこれで十分だと思えた。


「美味しかったですか?」

「うん。とても美味しかったよ」


 盆を胸に抱えて、不安そうな表情でこちらを伺っていた女の子にオレの正直な感想を言う。オレが食事している風景をジーッと見られていたようだけれど、それも気にならなかった。それほど美味しい料理だった。しかし、疑問が一つ。


「なんで、こんなにうまいのに他に客が居ないんですか?」

「「……」」


 これほどならば、固定客も居そうなものだが。オレが店に入って注文をしてから、昼食を食べ終えるまで誰1人として店に客は入ってこなかった。オレが店に来た時も店の女の子は暇そうにしていた。料理はこんなに美味いのに、なぜ客が来ないのか。疑問を投げかけてみたが女性と女の子、どちらも答えを返してくれなかった。


 まぁ、部外者のオレに言えないような事情があるのかもしれない。彼女たちから、無理に話を聞く必要もないか。


 期待していなかった分、予想以上の出来だった。なので、今後も機会があればこの店を利用しようかな、と密かに心に決めてテーブルが立ち上がろうとしたとき。


「そういえば貴方お金に困っていましたよね! もしよろしければ、この店で私達と一緒に働かないかしら? お給金は、はずみますよ」

「は?」


 オレを店に連れたきた女性が、そんな事を言う。昼食を終えて、会計をして店から出ようと、テーブルから立ち上がる直前の事だった。


「いきなり何です? 仕事って?」


 オレは、女性の急な提案に警戒しつつ、給金をはずむという言葉を耳にして興味を持った。冒険者身分証明書を発行してもらうために、金が必要だったから。


「えぇ、給仕をしてくれたら、1日あたり15000ゴールド払うわよ」

「ちょ、ちょっとお母さん! そんな大金払えないわよ」


 カウンターでこちらを伺っていた女の子が慌てて、母親と呼ぶ女性の言葉に待ったをかける。


「大丈夫よ。男性の給仕が働いてくれれば、このお店も絶対繁盛するわ」

「それは、まぁ……。そうかもしれないけど……」


 女性は自信満々に、娘だと思われる女の子を説得している。しかも娘は、渋々だが納得しているようだし。


 そんな光景を目の前にしながらオレは、1日で15000ゴールドという給金に、心が動いていた。正直言って、15000ゴールドの給金は助かる。


 昨日の狩りの結果から単純に考えてみて、15時間分の狩りをするのと同じ金額を給料として受け取ることが出来る。しかも、戦わず安全に運に任せる必要もなくて、稼げるということだ。


 ただ大きな問題は、この飲食店が繁盛していないということ。どこからオレの給金が発生するというのか。収入がなければ、給料なんて支払えないだろう。


「どうします? 引き受けてくれませんか?」

「えぇ、もちろん……」


 断ります、と言おうと思ったオレだったが直前で口を閉じる。そうしてから、よく考え直してみる。これこそが、大金を稼ぐクエストなのかもしれない、とオレは急に思った。


 仕事を引き受けて、この飲食店をどうにか繁盛させて金を稼ぐ。


 しばらく考えてから、オレは結論を出した。


「よろしくおねがいします」


「やったぁ、よろしくね」

「えー、本気?」


 喜ぶ女性と、疑いの目でオレを見てくる女の子。オレもまさか、仕事を引き受けるとは予想していなかったが、とりあえずやってみることにした。


「ところで仕事の給仕って、何をすればいいですか?」

「外に出てもらって客引きと、オーダーを受けることよ」


 その女性は、オレが引き受けた仕事の内容について答える。客引きと、オーダーをとることね。


「給料は、本当に1日あたり15000ゴールドも頂けるのですか?」

「店が繁盛すれば、もっと渡せると思うわよ。だけど今は、とりあえず、15000ゴールドを約束します」


 その金額が本当に受け取れるのなら、申し分ないな。


「どれぐらい、店で働けばよいですか?」

「朝から夕方ぐらいまで、お昼休憩ありよ」


 仕事時間は、朝から夕方までか。1日に15000ゴールドとすると、約17日間で、25万ゴールド以上は手に入るという計算になる。


「夕方以降の時間は良いんですか? 夕食とか、夜に酒飲み場としてお店を開いたりしないんですか?」

「さすがに男性の方に、夜遅くまで働いてもらうわけにはいきませんから」


 そういうものなのだろうか。逆に男性だからこそ夜まで働くものだと思うけれど。まぁ、余計なことを言って労働時間が伸びるよりもいいのかと結論づけると、オレは改めて仕事を受けることを彼女に伝えた。


「分かりました。その仕事、受けさせてもらいます」


「本当ですか! ありがとうございます。良かったわね、アレンシアちゃん」

「ちょ、ちょっと待ってよ! いきなり店に連れてきた男の人を働かせるだなんて、本当に? いやいや、そんなの駄目だって」


 女の子の名前はアレンシアと言うのだろうか。ようやく名を知れた、その女の子が猛反対している。確かに、いきなり連れてきて店で働かせるなんて無茶な話だろう。しかし、母親と呼ばれた女性は頑なにオレを雇おうとして諦めない。


「いいのよ、アレンシアちゃん。絶対に男の人が呼び込みしたら店は繁盛するから。絶対よ」

「で、でも……」


「お母さん命令です! 彼は雇います」


 ショボンと肩を落とすアレンシアと呼ばれた女の子を後にして、女性はオレの方に向かって今更ながらに、自己紹介をした。


「私は、チェーナ。それで、この子は私の娘のアレンシアちゃんよ」


 チェーナと名乗る、オレを店まで案内した女性は子供が居るとは思えないぐらいに若い美貌をしている女性だった。身長も低めなので若く見えるし、子供を生んだ女性とは思えないような見た目をしている。


 彼女に比べて、アレンシアと呼ばれた女の子は大人びた顔立ちをしている。身長も女性にしては大きい方だ。母親のチューナよりも、娘であるアレンシアの背が高い。


「俺はユウです。よろしくお願いします」


(給仕の職業を取得しました)


 あっ、と思った。職業を取得したとシステムアナウンスが頭の中に流れた。やはりゲーム的には、正解の選択肢を選んだのか。


 『Make World Online』には、職業というシステムがある。イベントを通して取得したり、お金を払うと職業を取得することが出来る店があるという。


 そしてキャラクターが取得した職業は、ステータスに1つだけ自由に設定することが出来る。今まで設定されていたのは、“冒険初心者“という職業だった。職業というシステムについては、前情報の知識として知っていたが、ゲーム内に登場する職業の種類や数は公表されていない。


 給仕だなんて細かな職業まであるのならば、かなり膨大な数の職業があるだろうと考えられる。他に、どんな種類の職業があるのだろうか。


 それから職業を取得したということは、これもやはりゲームのイベントということなのか。用意されていたイベントに沿って、オレは動けているのか。


「じゃあ早速、今日から客引きよろしくおねがいしますね」


 ニッコリと満面の笑みで、どこから取り出したのかエプロンをオレに向けて、差し出しながら言うチェーナ。用意周到だな。


 これを身に着けろ、ということか。オレは、彼女の望むとおり受け取ったエプロンを身につけてから、表通りに出て行き、客引きの仕事をすることになった。

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