第8話 手がかり

 翌朝。窓から差し込む日の光が顔に当たって、自然と目が覚める。ベッドから起き上がって、小さなガラス窓から外を眺めてみる。オレはまだ『Make World Online』と似た世界に居ることを目で見て確認する。ログアウトを試してみるが、やはり反応なし。異世界トリップ説が濃厚になってきた。


 その場で悩んでいてもしかたがないので、扉を開けて部屋から出る。昨日、食事を取った場所に向かった。



「ユウ! ちょうど良かったわ、今から起こそうかと思っていたところよ! 少し、聞きたいことがあるのだけれど」


 部屋から出た瞬間、目の前にマリーが立っていた。そして彼女は、興奮気味にそう言ってくる。親密さが増した、少し砕けた口調になって話しかけてくる。



「おはよう、マリー。聞きたいこと、って何ですか?」


 俺がそう聞き返すと、興奮した顔を崩さず何やら考えている様子のマリー。


「ちょっと話が長くなりそうだから、座って話しましょう。朝食も準備してるから」


 言って、前を歩きテーブルのある部屋へと向かったマリー。なんだろう、聞きたい事とは一体。


 テーブルの上に料理が並べてある。マリーが用意してくれた朝食だろうか。オレが席に座るのを確認した後、マリーは向かいの席に座って、まだ興奮したような状態で話し始めた。



「ユウ。貴方って、もしかして勇者様の末裔なの?」

「え?」


 いきなり、そんな事を言い出すマリー。予想外なことで、思わず変な声を漏らす。聞いた言葉を理解するのに、少し時間がかかった。


「勇者の末裔? オレが? それって、どういう意味ですか?」


 言葉は分かる。しかし、それがなぜオレが勇者だという考えに至ったのか。意味が分からず、俺は素直にマリーに聞き返す。


「昨日、貴方とパーティーを組んだわよね。その後、私は普段通りじゃないレベルの上がり方をしたみたいなの」


 普段通りじゃないレベルアップの上がり方? と疑問に思うと、更に言葉を重ねるマリー。


「今朝、自分のレベルを確認したら昨日から一気に3レベルもアップしていたのよ。それって多分、貴方とパーティーを組んだのが原因だと思うの」

「はぁ……。それと、勇者の末裔にはどんな関係があるんですか?」


 冒頭の勇者の末裔という話と、一気にレベルアップしたという話。2つの事柄の、つながりがよく見えなかった。しかし、オレとパーティーを組むことで仲間になった彼女のレベルの上がり方がおかしくなったのか。色々と、不可解なことが続く。


「貴方は、勇者様の伝説を知らない?」

「勇者の伝説?」


 俺の疑問に、マリーは勇者の伝説を語って聞かせてくれた。


「この大陸には昔、魔王が居たのよ。それで今よりもっとモンスターが凶暴だった頃に、大陸の人たちはモンスターが凶暴化する原因になっているという魔王を、何とかしようとした。けれども、彼らは何も出来なかったの。そんな困難な状況で現れた、というのが勇者ハヤセ・ナオト様なの」


 マリーは、一度言葉をそこで切って話を止めた。ハヤセ・ナオト? もしかして、日本人なのだろうか。名前の感じから、どうやら男性のようだが。


「勇者様は、大陸にあるいくつもの街を助けて、凶悪なモンスターを退治して人々を救い、ついには魔王を封印することに成功したらしい」

「その後、勇者はどうなったんですか?」


「その勇者様は自分の国に帰っていたんだって」


 やっぱり名前の感じからして、日本人だと思うのだが。その彼が、自分の国ということは、もしかして日本へ帰ることが出来たということなのだろうか。マリーの話を聞いて、考察する。


「いくつか質問いいですか?」

「どうぞ?」


 勇者の話に興味を持ったオレは、マリーにいくつか質問する。もしかして、オレが陥っている状況を打開できるかもしれない、解決策が見つかるかもしれない。



「勇者の“ハヤセ・ナオト”っていうのは、昔からよくある名前?」

「いいえ。それまで、ハヤセなんていう家名は世界に存在してなかったっていう話が歴史書に残っているわ。それに、ナオトって名前も過去の人々は聞いたことがなくて、魔王を倒してから有名になったっていう話よ」


「その勇者の、出身地というのは? 自分の国に帰ったって、どこに?」

「勇者ハヤセ・ナオト様はある日突然、襲われていた最初の街マーリアンに現れて、大活躍したらしいの。魔王を倒した後も、自分の国に帰ったという話だけ残っていて誰も行方を知らない。出身地についても詳しくは、分かっていないらしいわ」


 話を聞いて、色々と確信に変わっていく。その勇者という人物は、オレと同じ日本出身という考えが真実のようだと、強く思えてきた。


「なるほど、ありがとう。ところでその勇者と、レベルアップとどう関係が?」


 マリーから、勇者ハヤセ・ナオトという人物についての話を聞けた。しかしまだ、勇者の末裔という話と、一気にレベルアップしたという話のつながりが見えないのでそれについて質問してみる。


「勇者様について残っている言い伝えのひとつに、普通の人間とはレベルアップするスピードが違っていた、という話があるの。その言い伝えによれば、誰もが驚くほどの速さでレベルアップしていったらしいの。しかも、仲間たちもレベルの上がり方が異常に早かったらしいし」

「それって言い伝えでしょう、本当なのか?」


 その言い伝えが原因で、オレは勇者の末裔だと彼女に勘違いされているらしい。


「勇者の末裔って名乗っているホルスイや、シェイラっていう人物が冒険者としても有名よ。知らない? 彼らのレベルが高いのはもちろん、仲間たちも全員のレベルが高いらしい。魔王を倒した勇者様と同じく、ね」


 昨日パーティーを組んで、一気にレベルが上ったという事実によって、オレもその勇者の末裔だと勘違いされたわけか。


 勇者ハヤセ・ナオトという名前について聞いた時、オレは元の世界へ帰る手がかりじゃないかと感じた。そして、思い切って、俺の置かれている状況をマリーに話してみることにした。


「マリー、オレの話を聞いてくれ。多分、オレの話を聞いても分からないことも沢山あると思うけど、とりあえず最後まで話を聞いてくれ」

「え? う、うん」


 困惑した表情で頷くマリーを確認してから、オレは日本で『Make World Online』というゲームをプレイしていて、この世界へ来たということ。ログアウトすることが出来なくて、元の世界へ帰れない事、レベルアップが異常なこと等をマリーに話してみた。


 マリーは、俺が話し終えるまで疑問の言葉を挟まず黙って聞いてくれていた。


「話を聞いていて、前半部分についてはよく分からなかったのだけれど、ユウは元の住んでいる場所に帰れない、ということなのね?」

「簡単にまとめると、そういうことになるかな」


 おおよその話の内容だけでも伝わったのか、マリーが分かっている部分だけで状況を確認してくれる。そうだ、オレは住んでいる場所に帰れない迷子。


「それに、レベルが上がりやすいのも異常って事なの?」

「そうみたいだ」


 ゲームに準拠した世界ならば、レベルが上がりにくいというのが仕様だったはず。だがオレの現状は、異常にレベルアップがしやすくなっているという状況。その違いが気持ち悪かった。


「やっぱりユウは、勇者様の末裔じゃないの? レベルの上がるスピードが早いのは勇者様と同じだということ。言い伝えの彼も、貴方と同じように世界に迷い込んだ」


「勇者の末裔というよりも、勇者ハヤセ・ナオトという人物と同じ世界から来たからなのかな。……そういえば勇者は、いつ現れたんですか?」


 言い伝えに残っている、という言い方から古い人物だと予想していたが、正確には何年前なのか。そこから手がかりを入手できないか。マリーに問いかける。すると。


「言い伝えでは、今からおよそ400年前って言われているわね」

「よ、400年前か……」


 400年前なのか……。予想していたよりも、ずっと過去だった。勇者に関する、詳しい資料が残っているかどうか。


 もしかすると、勇者ついて調べることで日本へ帰る手段が見つかるかもしれない。ログアウトでは多分、戻ることは不可能だと思う。今の状況について、オレは完全に異世界トリップに巻き込まれたのだろう。


 そう考えたオレは、望みは薄そうだけれども、とりあえず過去について調べることにした。

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