6-2.別の錬成料理(セリカ視点)






 ★・☆・★(セリカ視点)







 やはり、マスター以外の人間でも【恵の豊穣フィーク・シャイン】の生み出した錬成料理は味がほとんどしないとこれでわかった。


 マールドゥではしなかったが、同性でも気心の知れてるチェストは、商業ギルド職員な分口調は軽いがバカではない。


 だからこそ、マスターはあの男にシャインで作った料理を食べさせた。


 結果は、私も食べたが味がほとんどしないくらい薄くて不味いことに。


 私の作る食材の生成はほぼ100%上手くいっているのに、マスターの料理だけうまくいかない。



「シャインが出来て、もう半年近く……これは、そろそろ改善点を見出さないといけないわ」



 マスターがウォーキングに行くのを見てから、一人地下室に残ってシャインの前に立つ。


 エーテル液が詰まった、綺麗なガラスの管。


 卓のように置かれてる、魔石を支える台座。


 今作られてるのは、左の管に糖質ゼロ麺のうどんのみ。


 これなら、片方では出来るだろう。



「シャイン」


【何か?】


「私も確かめたいことが出来たの。あなたの力を貸して」


【諾】



 まず、用意すべきは材料。


 米

 トマト

 塩

 コンソメ

 鶏肉

 ピーマン

 にんじん



 そう、作ろうと思っているのはマスターが最初に私に食べさせたチキンライス。


 私の持ってる異世界レシピを脳内で検索してヒットしたレシピ例の一つを引き出して、厨房からこれらの材料を持ってきた。


 それらを、管の下部に寄せるようにおけば、自然と管の中に吸い込まれていく。


 食材を作る時も、だいたいこの要領で出来るのだ。



「あとは頼んだわ。その間に掃除とか済ませてしまうから」


【諾】



 材料を入れて、シャインに頼んでしまうともう私でもマスターでもやることは変わりない。


 空いてる時間を使って、有意義に時間を過ごすだけ。


 私の場合は、二人暮らしには広過ぎる屋敷を掃除するだけだけど、これが意外にも時間がかかる。


 床をはいて、雑巾で拭って。


 窓を拭いて、食器も磨いて。


 洗濯の調子を見て畳めそうなものは畳んだり。


 マスターのウォーキングもだけど、この家事作業だけでも十分労力はかかる。


 だから、ホムンクルスの私でも、マスターの錬成料理をたらふく食べてたって体型維持は出来てるわけで。


 100キロを切ったら、これも提案するつもりではいる。


 と言うか、言い聞かせるつもりだ。



(だってだって〜〜、マスターと一緒に家事って新婚さんみたいじゃな〜〜い?)



 マスターに恋慕の情を抱いていると自覚してから数日。


 表向きには、機能重視のような口調でいるホムンクルスとして接しているが、内面の私は人間達と変わりない一人の乙女だ。


 マスターのために叱咤激励をして、マスターの身体を労って食事を提供して、マスターが安眠出来る様に日々の洗濯で寝具は整えて。


 とりあえず、悪臭の元になってた肥満臭は少し軽減されたものの、まだマスターには抱きつきにいけない。


 だって、生まれた直後に抱き留められたあの臭いは、いくらマスターが大大大大大好きでも、敬遠しそうになったし?



「お掃除、お掃除」



 チェストが来た時の食器に、マスターに出してあげたアイスの器を手に取る。


 マスターがいないことを確認してから、私はその器を頬に寄せてすりすりと擦り当てた。



「マスターが使った器〜〜」



 マールドゥのことはとやかく言えないが、私はマスターが使用したものには直接触れれるのにいつも喜びを感じていた。


 私が作った物を口にして、私の決めた運動で身体を絞り、私が丁寧に磨いたお風呂場で汗を流して、私が干して綺麗にふわふわに仕上げたタオルで身体を拭く。


 私なしの生活にはもう戻れないくらいに仕上げているのだから、あとは私に惚れさせるまで。


 とは言っても、この本性をいつの機会に見せればいいのか。


 自覚はしてるが、マールドゥよりタチが悪いとは思っている。



「……受け入れてくれるかしら」



 マスターもなかなかに奇異な性格ではいるらしいけど、チェストが少し前に言ってたように、昔の美の化身そのものだったマスターは街では女達に群がれてたそうだ。


 そんな場所に遭遇したら、人間ではないホムンクルスのエルフである私はおそらく勝っても、良い気はしないだろう。


 マスター自身は、媚びてくる奴らに見向きもしないらしいが……私はどうなのだろうか?


 私は、造られた存在。


 マスターの助手兼同居人なだけ。


 それ以上の関係を望んでもいいのだろうか?



「……気弱になっちゃダメ!」



 ぱんっと、両手で自分の頬を叩いた。



「マールドゥにも言われたじゃない。マスターの身体を元に戻すのは私しかいないって」



 惚れさせれるかはわからないけど、ならば惚れさせるまで。


 今日の夕飯は例の糖質ゼロ麺のうどんで焼うどんを作る予定だ。


 献立をもう一度整理して、洗い物と掃除の続きをしてからシャインのところへ向かった。







【TEST


 TEST


 右の培養管に料理名『チキンライス』を作成


 左の培養管に素材名『糖質ゼロ麺ーうどんー』を100%まで作成完了


 続けますか?


 YES/NO?】






「……見た目は出来てる」



 球体に包まれた、皿の上に載ってるチキンライス。


 包丁作業や、フライパンを使ってもいないのに米は綺麗にケチャップ色になって野菜は細かく刻まれている。


 私の生みの親であるシャインだけど、構造を知っているのはマスターだけだ。


 とは言え、助手でもある私の方が色々使いこなしてはいるけれど。



【どうしますか、セリカ?】


「……YES。チキンライスのみを抽出。私の手に」


【諾】



 管から出てきたチキンライスは、皿ごと私の手の上に乗り、食欲をそそるケチャップの匂いが室内に充満していく。


 けど、まずは匂いだけ。



「……いただきます」



 さっき厨房を出る前に、シャインで前に作った白衣のポケットに入れておいたスプーンを取り出して、ひとすくい。


 口に運んで、もぐもぐと咀嚼してみたが。



【セリカ?】


「……………………ダメ。私のでも美味しくない」



 結果は、マスターと同じになった。


 これはやはり、マスターではなくシャインに原因があることがわかったのだった。



【食材は可能。されど、食事は不可能。我の完成度は、おそらく70%にも満たぬかと】


「私の料理を分析させても、おそらく難しいと思うわ」


【……であれば、このエーテル液の純度が足りぬか】


「エーテル液の純度?」



 魔素材とも呼ばれている、この世界の魔素を液体化させたエーテル液。


 錬金術では、補填などの用途で使われるらしいが。マスターは備蓄を使って大量にエーテル液を生成するのに成功して、こうしてシャインに組み込ませている。


 ならば、問題なのはこのエーテル液か。



【セリカ。創造主に告げる判断は任せる】


「私のマスターへの想いがあるから?」


【それもあるが、チェストとやらに食べさせた食事が否と言われたことで、いくらか気落ちはしてると思われます】


「そうね。あればショックを受けてると思うわ」



 だから、なおのこと気晴らしも兼ねてウォーキングに行かせたのだけど。


 そろそろそれも終わって、お風呂に入っているかもしれない。


 シャインの錬成時間はだいたい30分だから、それ以上はもう経っているだろうし。


 私は一つの悩みを抱えたまま、ゼロ麺の方を手にして厨房に戻るのだった。

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