第7話 Recourse

「ようっっ大丈夫かよ、ディアーナ?」

事情聴取を終え、フラットに戻ってきたアレックスは彼女を見るなり声をかけた。

「大丈夫じゃないわよ!」

半分涙目になって彼を睨んでいた。

立ち上がりたくても腰が抜けたのか、窓を背に床にへたり込んはままだ。

「そんな顔で、笑わないでよ!」

「笑ってねえよ!ほら、立てるか?」

彼は手を差し伸べると彼女を立たせ、そばにあるソファに座らせた。

そして一度背中をポンッと軽くたたくと着替えるために自室に向かった。

ディアーナはなぜ背中をたたかれたのか分からず、振り返った。

彼の背中しか見えなかった。

彼はどこから手にしたかタバコに火をつけながら歩いて行った。

毛布で隠しておけば、まあ、見れた格好であったろうが、銃撃戦のあとの姿は彼女には見せたくなかったからだ。

部屋でスェットを脱ぎ、いつもの白いシャツと黒いスラックスに着替えた。

長い金髪に筋肉質の体、そこに白いシャツというなんともミスマッチな状況だ。

ここで一度、タバコの灰を灰皿に落とした。

「ったくよぉ、参るぜ。お礼参りだと。迷惑もいいところだな」

隣の部屋にいるディアーナにも聞こえるように、はっきりとした声で喋った。

シャツのボタンを第3ボタンまで開け、羽織るように少しだらしなく着ながら彼はリビングに戻ってきた。

「ど、どういうこと?」

「ああ、ちょっと前に取材でめんどくせぇストリートギャングとやらかしたことがあってさ」

「ギャング…」

「ボスの方とは話はついているんだが、新参者ルーキーたちがどうしても納得できなくて俺んとこに来た。そんな感じだろうさ」

「警察は?何て?」

「何も。一応事情は説明したけど、あとはあっちのお仕事で、俺の仕事じゃない。俺は正当防衛!誤解のないように言っておくけど、殺してないからな。あんな二流のスナイパー崩れを相手にするほど俺は暇じゃない」

「…………」

あまりにも当たり前の日常のように話す彼に言葉を失ってしまった。

短くなったタバコを灰皿に押し付けて消すと、すぐさま新しいタバコに火をつけた。

アレックスは彼女とは別のソファに座って、割れてしまった窓ガラスに目をやった。

「あの野郎、俺の部屋ひとんちに大穴開けやがって〜💧また、じっさまデリーに怒られるっっ」

襲われたことより窓ガラスの心配をしている彼の姿がどうしても違和感があった。

「いつも…なの…?」

「何が?」

「いつもこんなことが起きるのって聞いてるの‼︎‼︎」と、彼女が叫んだ時、リビングに面するローナの部屋のドアが音もなく開いた。

一瞬、ディアーナはギョッとして身をすくめた。

眠っていたはずのローナが眠たそうな目を擦りながら立っていた。

現在の時刻は午前3時半過ぎ。

大声で言い合いをするような時間帯ではないことだけは確かだ。

「……アレックスぅ…なん…か…あったの…?」

大きめのシャツ姿にペタペタとスリッパも履かずに素足で、アレックスの前に歩いてきた。半覚醒状態で生あくびを何度か繰り返す。

「何でもねぇよ。ちょっと裏で車がバーストしたのさ」

ソファから立ち上がって彼女のそばに寄り、襲撃も銃撃戦も何事もなかったかのように、平然とアレックスが答えた。

「ふう…ん…」

「おい、ローナ。これ、俺のシャツじゃないか⁉︎いくら探してもないと思ったらよ〜〜っ」

「えへへ…」

「返せよ。俺のお気に入り」

「____いや。」と、アレックスの袖を引っ張った。

「あのなぁ〜っ」

「…ふにゃ」

「おっと」

アレックスはもたれかかるローナに腕を差し伸べ、眠りに落ちてしまった彼女の抱き抱えた。

「言いたいことだけ言って、いきなり、寝落ちかよ……ったく」

ディアーナもソファから立ち上がり、アレックスのそばに立った。

「他愛ない寝顔しちゃって。あなたに頼りきっているのね、ローナ。…私もここにいたのに。目もくれずにあなたに向かって行った」

ローナの髪を撫でながら、ディアーナが静かに言った。

「そいつはどうかな?こいつの寝ぼけグセは筋金入りだからな。きっと何も考えてねぇと思うぜ」

アレックスが抱き抱えたまま、ローナをベッドに運んで、寝かせた。

ブランケットをかけてやる姿をドア越しに見ていた。

無邪気に寝息をたてて眠っている彼女の顔は幸せそうだった。

また、起き出さないように静かにドアを閉めた。

「さっきの話の続きだけど、それは違うと思う」

「!」

いきなり話し出したアレックスに驚いた。

「ローナだって行動はあんなだけど、自立した女性やつだ。俺に頼りきってるわけじゃねぇよ。ローナあいつにはローナあいつの思うところがある。それに、なあ、酒を飲みながら、ディアーナあんた聞いただろう?」

「あの子のことどう思っているのかって?」

「今のところ、ああいうタイプの女は正直はじめてでね。寝てて朝飯食わないと怒るは、食事時間にないと怒るわ、掃除しないと怒るは」

「それって俗にいう『奥さん』じゃないの?」

「女だと認めるけど『奥さん』だなんて思ってないし、程のいいハウスキーパーだとも思ってないぜ(いい女なら食っちまうけどな)」

「知ってるわ」

ディアーナからさっきの問い詰めるような雰囲気が消え、対等に話し始めた。

「あの子の性格からして、世話焼きするタイプだから」

「親父さんの件もあったし、それまでのあいつの様子を見てると流されながら生きてきたんだろうなって」

「………」

「そんなあいつが、あの事件のあと、自分の意志で『ここにいたい』って言ったんだ。だからあいつはここにいる。別に俺もいてもらって困ることもないし。ま、困ることと言えば、女の子の取っ替え引っ替えデートができなくなったことくらいか」

「ばか」

「言葉じゃうまく言えないけど……。ニューヨークここで出会って現在いま存在いることだけで十分だと思ってる。恋愛で理屈こねるのあんまり得意じゃないから…これじゃさっきの答えには、ならんか」

「そうね…。あなたがあの子のこと「嫌いじゃない」ことだけはわかったわ」

そう言うと、彼女はアレックスの頬に軽くキスをすると耳許でささいた。

「相手がローナじゃなかったら、私が奪っちゃったかもね⭐️」

「俺、まだFreeだよ。楽しい夜に…」

そう言うとアレックスは顔を近づけてきた。

言い終わるか言い終わらないうちに、平手が飛んだ。

「いってぇ⁉︎ 何で打たれるんだよ!他意はないのにw」

「キスしようとするな!ばかもの!」

怒っている彼女の顔を見て彼は笑っていた。冗談だよとでも言うように。

そんな彼の思いを知ってディアーナはハッとした。

彼はローナのことを大切に思っていると。

言動は一見軽そうに見えるが、決してそうではないと。

ローナのことを思うならば一緒に住まわなければいいのだ。

ローナのことを知った上で自分の何もかもを彼女に曝け出せるようななんだと。

「……ホントに、ホントにいいひとだね、アレックス」

「ディアーナ、言ってることが的を得てねぇーぞ。酔ってるのか?」

「酔ってるわよ。悪い?あーあ、もう、心配して損しちゃった」

ディアーナは彼にハグを求めた。

アレックスもふんわりと彼女のを抱きしめた。

「ローナのこと、よろしくね」

彼女の言葉に、アレックスは微かにうなづいたかに見えた。


午前4時半。

ニューヨークはまもなく夜明けを迎える。

やがて、朝靄の中、ディアーナはロンドンへの帰路についた。

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