第6話 Response

一発の銃声とともに室内の明かりが消された。

それと同時に窓ガラスに穴が開く音が小さく響いた。

銃声は聞こえなかった。

(狙撃?!ったく!)

とっさにアレックスは暗闇の中でただ呆然としていたディアーナを窓の側へ引っ張り、壁際に体を寄せさせた。

訳もわからずいきなり引っ張られたため、手からグラスを床に落としてしまった。

割れたような音はしなかったが、中身が床に吸い込まれた音はした。

「ちょっといきなり何するのよ!」

「しっ」

アレックスは彼女の唇を指で押さえた。

「喋るな。狙撃されたんだ」

「!」

「集音器を回してたら、居場所がバレちまって、またヤバいことになる。だから音を立てずに、ここに隠れていろ」

彼の顔つきが全く変わっていた。

さっきの返答に困っている顔ではなかった。

風邪をひいて弱ってる彼ではなくなっていた。

体に巻き付けられていた毛布がするりと床に落ちた。

手にはいつのまにか、いかついリボルバーの357マグナムが握られていた。

声を出さずに彼女はこくん…とうなづいた。

うなづく以外なかった。

アレックスは外の様子を窺った。

あの一発目から時間が経ちすぎている。

次の攻撃は来ないのか?

いや、そんなはずはない。

諦めるくらいなら狙撃などしないはず。

彼はカーテンに手をかけると、人が触ったように動かしてみせた。

今度は頭の上を弾丸がかすめた。

今回も射撃音はしなかった。

やはり、まだ狙っていた。

「狙撃で根比べかよ。陰険な」

アレックスは弾倉内を確認した。

手首を振って、チャンバーを元に戻した。

ガシャンと重たい音がした。

「ディアーナ、そこから動くなよ!」

有無を言わせず、アレックスは部屋から飛び出して行った。



非常階段から部屋着、素足のままアレックスは射撃高から推測されるビルの屋上に向けて発砲した。

非常階段が自分を守る盾の役割を果たすが、それは同時に狙いにくいことになる。

決着をつけるにはある程度の見通しがいい場所に移動する必要がある。

アレックスが住むアパートはデリーじいさまの所有であるため、情報部にいたときの経験が生きており、そういう狙撃や襲撃には向かない場所に建っていた。

そういう意味では狙撃をするならば「ここ」という場所がある。

その場所へ向かってアレックスは移動していた。

数発撃って、壁に背中を押し付けて隠れた。

彼の隠れている壁が銃弾でえぐられた。

今回は銃声が耳に届いた。

サイレンサー付きだとどうしても弾速が落ちるため外したのだろうか。

(着弾音からしてそう遠くはない。ま、いつもの場所か。一発で仕留められなかった分、プロとはいえ一流じゃない)

「そんな二流がこの俺に勝てるとでもっ」

呼吸を整えて、アレックスは壁から離れ、非常階段の向こうに広がる屋上庭園へ飛び出した。



夜のミッドタウンに銃声がこだましていた。

ディアーナはようやくおそるおそる窓越しに外の様子を覗いてみた。

アレックスの姿は見えない。

ただ、向かいのビルの屋上から銃弾が発射されているのは見えた。

「アレックス!」

彼女のみている目の前で、双眼鏡を持つ一人が撃たれ、沈んでいくのが見えた。

おそらくアレックスの撃った弾丸が当たったのだろう。

だが、銃声は止まなかった。

「どうしよう。彼が死んじゃう」

(そうだ、携帯で連絡して警察を呼べば、)

おろおろしながら思いついたものの、携帯はローナの部屋に置きっぱなしだ。

彼女のいる部屋まで戻ろうと腰を上げようとした時、彼の言葉が蘇った。

『そこから動くなよ!』

彼女を指差しながら強い口調で言い放ったあの言葉を思い出し、彼女はもう一度床に座り直した。

(冷静にならなきゃ…。ローナにも危険が及ぶかも知れない)

また、外に目をやる。

もう少し頭を出して、視界を広げてみた。

この建物の少し下に屋上庭園のようなものがあった。

そこから銃声が聞こえているような気がした。

そこにアレックスがいるのか?

………

ふと、しばらく銃声が止まった。

決着がついたのだろうか?

彼女は耳をすませて様子を窺った。

空気はさっきと変わらず張り詰めていた。

そうだ。これは嵐の前の静けさのような。

そう思っていると重い二発の銃声が聞こえた。

そして唸り声のような男性の悲鳴。

蜘蛛の巣が張ったように割れた窓ガラス越しにライフルが落ちていくのが見えた。

銃は屋上から落下し、道路に落ちて粉々になってしまった。

もう一度、今度は身を乗り出して窓から屋上庭園を眺めるとアレックスがニヤッと笑って、立っているのが見えた。

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