第5話 Redaction
「んっくしょうめ、
毛布に包まったアレックスがゴソゴソとキッチンの戸棚を漁っている姿ははっきり言って異様である。
コンコンコン。
その時、誰かが背後でドアをノックする音が聞こえた。
彼はとっさに振り返った。
毛布で見えないとは言え右手は反射的に背中に回っていた。
「アレックス、」
怒ったように彼を睨みつけながら立っていた。
「おぅ、ディアーナ」
後ろに束ねていた三つ編みの髪を解き、ローナの室内着を着たディアーナが、壁に寄りかかるように立っていた。
彼の方へ近づいていき、彼の出で立ちをぐるっと回って見つめた。
そんなにローナが入れ込むような男なのか?と。
鼻の頭が真っ赤で、長い金髪もボサボサ。
夜中にキッチンを漁るその姿は本当に情けない男そのものだ。
長い髪を手で無造作に左右に振り解き、左手に持っていた物を彼に差し出しながら微笑んだ。
「一杯、付き合わない?」
ひょいと掲げたものは一本の酒瓶だった。
「わっ❤️ラッキー!バランタインw」
「の、30年物よ⭐️」と、彼女は軽くウィンクした。
もうすでにアレックスは手にショットグラスが2つ握られていた。
「高い酒だから本当なら、テイスティンググラスのほうがいいんだろうけど、すまないね」
「いえいえ」
2人はリビングに移動しソファに座った。
いつものなら女性と酒を飲むなら、ラブソファに並んで座るのであろうが、さすがにローナの幼なじみには気を遣っていた。
ディアーナがコルクを抜き、中身をグラスに注いだ。
ふわっとスコッチウィスキー独特の豊潤な香りが部屋に広がった。
時計は夜中の3時をすでに回っていた。
一杯飲み終わって、ほんのりと酔いがまわってきた。
2杯目を注いでいると、ディアーナが話を切り出した。
「カゼ、どう?」
「ああ。大丈夫、大丈夫。ジャーナリストは体力勝負だからよ。熱も下がったみたいだしな」
「そう」
「で、話があるんだろう?」
「!」
グラスを口元に当てながら、彼女は目を丸くした。
「なぜ、そう思うの?」
「さあ、…なんとなくかな。こんなに旨い酒をぶら下げながら俺のところに来るってことは、何かあるって勘繰るほうが普通じゃねえか?」
「よく、わかっていらっしゃる」
「女が男に酒をおごる時は、何か願い事があるはずだからさ」
「じゃ、男が女にお酒をおごる時の条件を説明できたら、あなたの質問に答えてあげる」
「お嬢さん、攻守が入れ替わってますけど?」
「うっさい!私が納得する理由を答えてもらおうじゃないのw」
「なんだ、これしきの酒で酔っぱらったか?」
「がうっ」
「からみ酒とはな。ま、いい。美味い酒の礼だ」
「アレックス…」
「男が女に酒をおごる理由はひとつしかないだろう?」
「引っ掛けるため?体が目的?」
「酔った勢いでなんてこと言ってるんだよ。ったく」
困った顔でアレックスが彼女を見つめた。
アルコールが入ったためか、表現が非常に直接的だ。
「違うよ。まあ、中にはそういう不埒な輩もいないことは否定しないがね」
「あなたは?」
「俺?俺は、純粋に楽しみたいんだよ。その女性と過ごす一瞬を。一期一会っていうだろ?」
「独り身ならそれでもいいでしょうけど、」
「随分、突っかかるな。俺、無理やり力づくなんてしないぜ。少なくともヤるなら、合意の上」
彼はグラスを持ったまま、胸ポケットからタバコの箱を取り出し、一本口に加え、火をつけた。
「私にもそんな目を向けてる?」
「いんや。そんなもの微塵も。だいたいあんたはローナの幼なじみだろう?あいつの知り合いに手を出すほど俺は困ってない」
ニンマリとアレックスが笑った。
それを見て、ディアーナもまわりくどい話は意味がないと悟ったようだ。
「わかったわ。じゃあ、単刀直入に聞くわ」
持っていたグラスをテーブルの上に置いて、両手を膝の上で組んだ。
そして、真剣な眼差しでこう尋ねた。
「
彼は予測だにしなかった問いに、飲もうとしていたウィスキーが器官に入りむせ返ってしまった。
「何だよ、急にっっ!見ての通りだよ」
「それじゃ答えにならないわ」
彼女の怒った顔を見ながら、アレックスはしばし考え込んだ。
「
高い酒で彼も酔っぱらったのか、ただの冗談なのか、真っ赤な顔で言った。
途端に、彼女は両手で思っ切りテーブルを叩いた。
「聞いてるのは、
「はい(汗」
思わず頭をかいて俯いた。
ディアーナは彼を見据えていた。
ほとんどお見合い状態である。
「その……えーと、なんだ……あー…」
その時、一発の銃声が鳴り響いた。
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