第3話 Revelation

「スコットランドって、イングランドの北の方だろう?」

おおよそ彼には似つかわしくない花柄のティーカップでローナの淹れた熱い紅茶を飲みながら、アレックスは尋ねた。

テーブルの上にはサンドイッチやスコーンなどが並べられ、ハイ・ティーの装いだ。

「うん。ディアーナとうちはお隣さんなんだよね」

「小さい頃は、よくお互いの家に遊びに行ってたよね」

「うわあー、懐かしいな。喧嘩もしたけれど、二人でいろんなことしたわよね」

「そうね。お弁当作ってピクニックっていうのもよくやったわね」

「そうそう、うちは湖水地方に近い方にあるから、景観もなだらかだし。ピクニックには持ってこいよね」

ローナがニコニコしながら答えた。

「本当なら馬に乗っていった方が風情があっていいんだろうけど」

「話してる内容が、すべて貴族ってるぞ」

庶民の俺には関係ない話だという顔でアレックスがまた一口、お茶を飲み、サンドイッチを口に放り込んだ。

「馬は無理だから、いつもヘリに乗って遊びにいってたよね」

「は?」

耳を疑った。

(ヘリに乗って?隣の家に遊びに行くのに?)

アレックスが思わず聞き返したが、ローナは平然と言葉を続けた。

「ヘリはうるさいから、本当は乗るの嫌いなの。でも自家用ジェットで飛ぶような距離じゃないし。あれは、ちょっと問題だったよね」

「??? ヘリだぁ!?」

「あれ?アレックス、知らなかったっけ?山3つくらい先なの。直線距離にしたって100km以上離れてるもん。歩いて行けるわけないでしょう?勿論、馬でも時間かかって無理」

「車で遊びに行くって発想はねぇのかよ?」

「遊びに行くんだから、早く行きたいの。時間がもったいないじゃない?」

「________」

アレックスはあきれ顔で、ティーカップを持ったまま閉口していた。

ディアーナもローナも驚いて目をまん丸にした。

彼がなぜそんな顔をするのかわからなかった。

「さすが。やっぱりお姫さんだよなー。常人とは住む世界が違う…」

「そうかしら?」

「そうなんじゃない?」

「う〜ん」

感覚的にお金の使い方やその感覚が貴族だと彼は思った。

それと同時に御付きの者が身の回りの世話をするのが当たり前に世界にいたはずのローナがいきなりニューヨークのこのフラットで自分と暮らしていることを不思議に思った。

今、話に聞いた生活が当たり前だったのだとしたら、現在のここでの生活は彼女にとってどんなものなのだろうかと。

その後も彼女らの話は止まらなかった。

昔話や最近の社交界での噂話。

今度パーティで着るドレスがどうとか。

5番街に新しくできたジュエリーショップの話。

友達の彼氏の話などなど。

女は姦しいとはよく言ったものだ。

下手に口を出すと逆襲に遭いそうだったので、アレックスは口をつぐみ、小腹を食べ物で満たしながら、ただ会話を聞いていた。



アレックスは部屋にある時計にちらりと目をやった。

お茶会を始めて、4時間以上が経過していた。

もうすぐ午前0時になる。

「夜も更けてきたことだし…」

風邪をひいていても締め切りは待ってはくれない。

そろそろ会もお開きにしてもよさそうだと彼は思った。

「お姫さんたち、そろそろ寝たら?」

「アレックスの方こそ、寝なきゃダメでしょ」

「俺は、これから仕事」

毛布にくるまったままニヤリと笑った。

「嘘ばっかり!」

膨れ顔でローナが答えた。

「ディアーナはどうする?ホテルに戻るのなら、キャブ呼ぶぜ?」

ニューヨークの夜は危険だ。

ミッドタウンのこの辺りは比較的治安がいいと言われているが、女性一人で外を歩かせるわけにはいかない時間帯だ。

それを承知しているアレックスは真面目に話していた。

「まるで出てけって言ってるように聞こえるわよ」

少し睨むように彼を見つめて言った。

「んなこた、言ってねぇだろw」

「喧嘩売ってるわけじゃないけど。…実はね、急に来たもののだから…」

「ディアーナ、ホテル予約してないの?」

「ああ、でも、父が懇意にしてるホテルのマネージャーがいるから連絡すればいつでも部屋は取れるから大丈夫」

「ホテルに泊まらなくてもいいじゃない。せっかくだから、うちに泊まりなよ。昔みたいにパジャマパーティーしよう!」

「!」

間髪入れないローナの一言にディアーナもアレックスも一瞬凍りついた。

「ねー、アレックス。いいでしょう?一晩くらい?わたしの部屋で、わたしのベッドで二人で寝るから」

上目遣いで懇願した。

「仕事の邪魔はしないから」

こういう言い方をするローナは後に引かないことをアレックスは承知していた。

毛布にくるまったままソファから立ち上がるとローナとディアーナに聞こえないように小さなため息をひとつつき、アレックスはローナの頭をポンポンと撫でると彼女らを残してリビングを出て、自分の仕事部屋に向かった。

少し困った顔で「おやすみ」っと一言残して、アレックスはドアを部屋の中へ姿を消した。

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