第22話 リベンジャーズ

「早紀ちゃんが居ない学園生活はどうよ?」

「出汁の入っていない味噌汁を食べているような気分かな」

「そりゃ味気のない生活だな」


 苦笑する五樹。


 今日は曇天。青空が見えないというだけで、なんだか世界が暗くなってしまったかのように見える。一日の始まりからこうだと気分まで沈んでしまうな。


「でも二週間後にはまた会えるんだろう?」

「ああ、早紀が帰ってきたらデートに行く約束しているんだ」

「おいおい自慢か?」

「そうさ、自慢だよ」

「あー、くそー! 俺も彼女が欲しいーー!!」


 五樹は両手を天に伸ばしながら自分の欲望を大声で告白する。

 周りには女子生徒もいるというのに無神経な……と思ったが、相変わらず周囲は五樹に対して無関心のようだ。

 そんな五樹だが、密かに彼のことを想っている人がいると告げたらどうなるのか試してみたくなった。


「なあ、もし五樹と恋人になりたいって思っている女性がいたらどうする?」

「秒でオーケーする」

「マジか」

「もちろん」

「超人見知りなんだけど、普段は性格がキツめ。あと、背が小学生みたいに小さい女子から告られたら?」

「それ、どストライクなんだけど」


 五樹は真顔で答える。


「ああ、そう……」


 僕は呆れてしまった。

 五樹は雑食のようだ。良かったですね、逢坂先輩。


「そうやって聞いてくるってことは、俺のことを好きな女子がいるのか?」


 食い気味に訊ねてくる五樹。

 ここでネタばらししてしまうのは流石によろしくないと思ったので止しておく。


「い、いや……そんなんじゃない。もしもの話だよ。もしもの」

「なんだよ。もしもの話かよ」

「うん。でも期待していてもいいんじゃないかな。人生いつ何が起きるかなんて分からないし」

「そうだな。希望は捨てないでおくわ」


 ということで、学校。

 早紀がいなくなってしまったので、僕はまたしてもボッチ生活に戻ってしまっていた。

必要が無ければ誰とも絡まず、絡まれず。省エネのような学園生活。動かなければ無駄なカロリーを消費することもなく、野菜や動物たちもその分殺されずに済む。ああ、僕という人間はなんて地球にやさしいのでしょう。世の中ラブアンドピースが大事だよね。


 以前のようなボッチ生活とは言ったけど、完全なボッチというわけでもなかった。逢坂先輩との昼食会は毎日のように行われている。っていうか、無理矢理行わされているだけなんだけど。

 最初は話題が無くて困っていたが、アルバイトという共通の話題が出来たお陰で、会話が途切れることはまず無くなっていた。一歩前進、いい感じである。


 そんな順風満帆な感じで日々は過ぎてゆくものかと思われたが、思うようにいかないのが人生、というわけで逢坂先輩との昼食会の最中に事件が起こった。


 上靴が廊下を擦る音が3つ。それが合図だった。

間もなくして、僕たちが昼食を食べていた教室の扉が乱暴にガラリと開かれた。


「ほうら、やっぱりここに居た! 恋人になったのに別の女とメシを食ってらあ!」


 顔を見せたのは、この前僕に絡んできた不良っぽい見た目の男子学生2人……と、後ろに新しくゴリラのような体格をした人もいる。

 前に絡んだ時は体育館裏で別人格の僕に返り討ちにされて大人しくなったと思っていたが、ゴリラっぽい人まで加えて、今度は一体なんの用で来たのだろう。5人仲良くお弁当、というわけでも無さそうである。


「なあ、紡くんよぉ。彼女の旅行中、こんなところで他の女と浮気か?」

「浮気じゃないですよ。それと彼女公認です」

「あっそう、それならそれでいいけどよお……」


 不良(以下略)の男3人はニヤニヤと笑みを浮かべながら僕を囲うように集まってきた。

 それまでは楽しく談笑していた逢坂先輩も、今では不安そうな表情を浮かべている。


 僕のせいで面倒事に巻き込んでしまったな。なんとかやり過ごさなければ。


「何か用でもあるんですか?」

「あるんだな、これが。前は俺の子分がお世話になったそうじゃねえか」


 子分、ということはこのゴリラのような男は不良2人組の親玉か何かなのだろうか。

 この現代に昭和時代のような関係の不良がいることに驚いた。


「確かにお世話したこともあるかもしれません」

「へっ、随分と余裕そうだな」


 正直に答えただけですよ。余裕なんてないからもう勘弁してください。


「すみません。実は僕、記憶が飛んでしまう変な体質があって、その時のことはよく覚えていないんです。迷惑をかけたなら謝ります。ごめんなさい」

「ハァ!? ふざけたことを抜かすんじゃねえ!!」


 ニキビだらけの先輩が唾を飛ばしながら怒鳴る。

 これっぽっちもふざけてなどいないのだけど……まあ、信じてくれるとは思っていないさ。


「おい、まだ昼休みは時間があるんだ。俺たちと屋上に行って遊ばねえか?」


 遊ばないかと言われて、屋上であやとり大会をやるわけでもないだろうし、恐らくプロレスか、ボクシング大会が開かれる。きっと僕はサンドバッグ役だろう。

 どうやらこの不良先輩たちは、以前僕にボコられたことを根に持っているらしく、ゴリラのような人を連れてリベンジに来たようだ。

 しかも、今度は待ち合わせなどではなく随分と急なお誘いだ。礼儀を知らないのはどっちなのだろう。


「ごめんなさい、今は昼食中なので……」


 ゴリラのような先輩の誘いを断ると、不良先輩たちは逢坂先輩の横に立ち、無言でニヤニヤとした笑みを浮かべる。どうやら人質のつもりらしい。ただでさえ人見知りの逢坂先輩は恐怖のせいか、ガクガクと震え、瞳には涙を浮かべている。

 女の子に……しかもこんなに小さな子に手を出そうとするなんてとんだ下衆野郎だ。

 せっかく人見知りが治ってきたと思ったのに、ここでトラウマを植え付けられるのは勘弁してほしいぜ。


「……分かりました。屋上に行きますから彼女には手を出さないでください」

「こ、後輩……」


 言いかける逢坂先輩を手で制止する。


「ふっ、物分かりがいいじゃねえか」


 不良先輩は満足そうに頷き、僕の腕を掴んで無理矢理席から立たされる。ああ、まだお弁当が残っているのになあ、とか思いながら、コンビニに間違えて入ってしまった猫が人間に抱えられて追い出されるような感じで、僕は教室から連れ出された。


 教室から出るときに、心配そうに僕の方を見ている逢坂先輩と目が合った。

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