第21話 初めてのアルバイト
僕たちがアルバイトすることになったのは駅の近くにあるファミレスだった。先輩に勧めたはいいが、僕自信もアルバイトは初めてなので、正直なところ緊張している。何事も初体験はドキドキだ。
駅前の時計塔の前で先輩と待ち合わせ、電話で指示されていたように2人で一緒にレストランの裏口に向かう。
お客さん用の入り口は華やかなのに、従業員の入り口はなんだか地味でボロい。当たり前なんだけど、ついに僕たちも労働者の仲間入りかぁ、なんて考えながら中に入る。
店長さんはいかにもおっさんって雰囲気の40代くらいの男性で、僕たちを笑顔で出迎えてくれた。その笑顔の裏に隠されているのは歓迎の心ではなく、新たな奴隷が来たんだなという悪意のこめられた笑みなんだと僕はなんとなく気づいていた。
それぞれのサイズに合った制服を渡され、ロッカー室で着替える。
残念なことに逢坂先輩に合うサイズは無かったようで、胸のあたりは窮屈感そうだが、全体的にダボっとしている。一見、中学生の職場体験のようである。
今現在も人手が不足しているようで、簡単な仕事のやり方だけ教わって、あとは早速入ってくれと言われた。他に店員はおらず、新人2人いきなりフロアに立たされる。どうやら失敗して覚えろというスタンスらしい。
そして、店長の指示により、まずは年上である逢坂先輩が実際にオーダーを取りに行くことになった。……これはどうも幸先がよろしくない。
「先輩、今のお気持ちを一言でどうぞ」
「最悪よ」
そう吐き捨てて、逢坂先輩はオーダーを取りに行った。
かなりおどおどしているが、事前に教わった定型文を口にし、なんとか会話は出来ているように見える。もっと悲惨な未来を予想していたが、これならなんとかなりそうである。これを機に先輩のコミュ障が改善すればいいのだけど。
かなり時間がかかったようだが、やがて逢坂先輩がこちらに戻ってきた。今のやり取りだけで一日のエネルギーを消費しきったような顔をしている。まさか、注文内容を全て忘れてしまったとか言うオチではなかろうな。
「お疲れ様です。ちゃんと注文内容を覚えていますか?」
「えっ?」
「え?」
「忘れた……」
「マジか」
「ど、どどどどうしよう!? せっかく聞きに行ったのに忘れちゃった……!!」
「こうなったらもう一度聞きに行くしかないです」
「そ、そんな……怒られるに決まってるよぉ」
「……じゃあ今回は僕が代わりに聞きに行きますから、今度はちゃんと確認するのを忘れないでくださいね」
「あ、ありがとう……」
後輩にフォローされる先輩。僕が代わりにもう一度オーダーを聞きに行く。
本当なら先輩に行かせるべきなのだろうけど、ここでお客さんに怒られて挫けてしまっては元も子もないので少しだけ甘やかすことにした。
僕が聞きに行くとそのお客さんは怒ることなく「新人か? 頑張りなよ」と笑って応援してくれた。優しい人もいるものだ。
「怒っていませんでしたよ」
「ほ、ホント……?」
「本当です。先輩が思っているほど世界は怖くなんて無いですよ」
なんて上から目線で言ってみたものの、正直僕も怒られるんじゃないかと覚悟していた。こんな接客でもちゃんと回していけるのをみるとなんだかやりがいを感じられて少しだけ嬉しくなった。腐ってもバイトだからか、僕たちもやってみれば案外出来るものである。
結局、その日は当たって砕けろみたいな感じで業務をこなし、ちょっとしたミスをしながらも全体的な流れを把握する程度で終わった。慣れないことをしたせいで、僕も先輩もバイトが終わった後には疲労困憊。荒波に揉まれてクタクタになってしまった。初日からこれはハード過ぎる。
「あー、疲れた~~!!」
ファミレスから出るなり、逢坂先輩は腰を90度に曲げ、両手をだらりとぶら下げる。
仕事に夢中で気が付かなかったが、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
「お疲れ様です。先輩も後半はちゃんと接客出来ていましたね」
「本当!? 出来ているように見えた?」
「少しだけぎこちなさが残っていましたけど及第点ですよ」
「じゃあさ、じゃあさ、何かご褒美をちょうだいよ」
「しょうがないな……じゃあ、コンビニでアイスを買ってあげます」
「やった!! 後輩ありがとう~!」
無邪気に喜ぶ逢坂先輩。傍から見れば幼い子供をお菓子で餌付けしているように見えるかもしれない。
良い指導者はアメとムチを上手く使い分ける。僕が良い指導者であるかどうかは置いておいて、バイトという苦行の後に良い思いを刻み込んでおけば、嫌なバイトも快感に変わってその内コミュ障も克服できるんじゃねえの? っていう至って単純な考え方である。……それと、実は僕も甘いものが食べたい気分だったんだよね。
「なんでもいいの!?」
「好きなのを選んでください」
「じゃあね、これ!!」
コンビニで好きなアイスを逢坂先輩に選ばせる。
善意で買ってやってやるというのに、どういうわけか一番値段の高いアイスを選びやがった。まったく遠慮というものを知らないのだろうか。
なんだかその高級アイスを見ていたら僕も食べたくなってきたので、僕と先輩の分、合わせて2つ購入することにした。地味に痛い出費だが、バイトを頑張った自分へのご褒美。たまにこれくらいはいいよね。
「そういえば、暗くなってしまいましたけど、帰り先輩一人でも大丈夫ですか?」
「だーかーらー、バカにしないでくれる!? 体は小さいけど、あなたより歳上ですから!」
ぷんすか怒る先輩。
「体が小さいのは関係ないですよ。僕は一人の女性として心配しているんです」
「……ひ、一人の女性として?」
「違うんですか?」
「合ってる。で、でも平気よ!」
ぷんすかしていたのに、急に顔を赤くして大人しくなる逢坂先輩。相手をするのがなんだか楽しくなってきた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「う、うん。駅から家近いから大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、さっさとアイス食べて帰りましょう」
「うん……」
その後、逢坂先輩と駅前のベンチに並んで座ってアイスを食べてから帰った。
……この先、バイト終わりにこのベンチでアイスを食べて帰ることが日課になるとはこの時の僕はまだ知らない。
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