第18話 マニメイト
放課後。
せめて早紀を家まで送ってやりたかったのだけれど、「親が車で迎えに来ているから」と言われ、僕と早紀はそのまま学校で別れることになった。旅行に行くなんて出任せだと思っていたが、荷物もパンパンだったし、どうやら本当だったらしい。
ヨーロッパ、ヨーロッパかあ、旅行に行けるのは羨ましいけど、高校に入学したばかりだというのに、いきなり2週間も休んで大丈夫なのだろうか。帰って来て、勉強についていけるのだろうか。これから2週間、早紀の為にしっかりとノートを取っておいた方がいいのかもしれないな……って僕は心配性な母親みたいなことを考えている。
「おい、後輩」
下駄箱に寄しかかり、玄関でぼうっと外の風景を眺めながら突っ立っていた僕に、逢坂先輩が乱暴に声を掛けてくる。しっかりとカバンも持ってきていて、いつでも帰る準備が出来ていますよといった格好だ。
「彼女との別れは済んだ?」
「別れって言っても、また2週間後に会えますけどね」
僕は寂しさを先輩に悟られないよう強気に笑ってみせた。
「もし会えなかったらどうする?」
「早紀を探す旅に出て、一生をかけても見つけ出しますよ」
「ふーん、なんだか早紀ちゃんが羨ましいわね……」
「何か言いました?」
「いえ……何も。それよりも早く行くわよ!」
ズカズカと歩き出す先輩。昨日の先輩とは人格が違うんじゃないかと疑ってしまうくらい人の変わりようだ。
「後輩、遅い! 早く行くわよ!」
「はいはい」
気のない返事をしながら先輩のもとへ急ぐ。
マニメイトは駅前のビルの2Fにポツンと存在していた。産婦人科すらないこの町にアニメに関する商品を取り扱っている店があることに驚きだが、利用客の大半が女性だということにも驚いた。アニメのグッズを求めるくらいだから、ぐるぐるメガネをした小太りの男性……所謂ステレオタイプのオタクが沢山いるのかと思ったけど、このイメージは流石に前時代すぎたか。この状況には先輩も予想外だったようで、目をぱちくりとさせている。
「これなら一人で来ても大丈夫だったんじゃないですか?」
「う、うん。そうね……来るの初めてだからよく知らなかったのよ」
店内にはアニメの曲と思われる音楽が流れており、棚には美少女のフィギュアやら、キーホルダーやらが並んでいる。先輩も最初は僕の背中に隠れてオドオドしていた様子だったけど、次第に慣れてきたのか一人でどこかへと行ってしまった。
せっかくの機会なので僕も見て回ろうと思う。こんなことが無ければ、アニメショップになんか来ることも無いだろうしな。
しかし、僕はあまりアニメというものを見ないので、この店に並んでいるキャラクターが誰なのかサッパリ分からない。僕の知らないところでこういうキャラクターが人気になっているのをみると、世界の広さに驚かされる。そもそも僕たちが住んでいる地域ではアニメはあまり放映されていないのだ。それなのにこうやってこの店に訪れる人が居るということは、アニメ好きの為の配信サービスなんかを利用しているのかもしれない。今はネットでなんでも見られる時代になったからなあ。科学の力ってすげー。
そんなことを考えながら、買う物もないので、ちょっとした博物館にいるような気分で店内を回っていると、1/4スケールの少し大きめな早紀に似ている美少女フィギュアが目に止まった。ガラスケースに入っていて、いかにも高価ですよっていう風情を醸し出している。お高いんでしょう? と、女の人の声で脳内再生される。値段を見ると、なんと4万円。やっぱりお高かった。
ーーこれだけ高価なのだから、スカートの中も大層丁寧に作られているのではなかろうか。
そんな僕の好奇心というか、探究心、眠っていた冒険心が段々と疼き始めた。これは別にやましい気持ちなどではなく、世界の真理に近づくために必要なこと。あのニュートンだってリンゴが木から落ちるところを見て何か閃いたみたいだし、もしかするとスカートの中にとんでもない閃きが隠されているのかもしれない。……うん。ちょっと屈めば見えそうである。
膝を曲げて、ガラスケースに顔を密着させながら、ここかここかと、ベストなポジションを探っていると、
「……何してんの?」
ガラスに映った小柄な影。そこには逢坂先輩のお姿が。
「見えないものを見ようとしていました」
言いかけている途中に、先輩の蹴りが僕のお尻にクリティカルヒット。無言でのツッコミは怖いのでやめて欲しい。
「ったく、バカじゃないの!?」
「バカだから好奇心が旺盛なんですよ」
「そんなところに興味を示すな、ヘンタイ!」
「ヘンタイなのは否定はしませんけど……ところで、お目当てのものは見つかったんですか?」
「ええ、バッチリね」
先輩は「ふふん」と、誇らしげにお目当ての商品を見せつけてくる。銀髪のカッコイイ男のフィギュアだ。だけど僕には価値が分からない。一体なんのキャラクターで、どんな魅力があるのか尋ねてみると、先輩は待ってました、と言わんばかりに目を輝かせ、ペラペラと早口で語り始めた。
アニメにおけるそのキャラクターの役回り……かと思ったら声優の話になったり、挙句の果てには原作者について語り出すなど、話はあちこちに飛び、正直に言って、まったくと言っていいほど頭に入ってこなかった。
やがて、感想を言わなければならないターンがやってくる。しかし、僕は何と言えばいいのか分からぬまま戸惑っている。いかん、何か言わねば、言うんだ僕! そして飛び出した言葉がこれ。
「……奥が深いんですねえ」
なんて、テキトーなことを口走ってしまった。さあ、吉と出るか、凶と出るか。
「そうなのよ! 後輩も分かってくれて良かったわ!」
嬉しそうに頷いてくれたので結果オーライ。大吉。
しばらく店内を見て回った後、レジで再び人見知りモードになる先輩を後ろから見守りながら溜息をつく。さっきまでの先輩の様子を見ていたらイケると思っていたんだけど、やっぱりダメだったみたいだ。人間ってのは、そう簡単には変わらない。
会計を終えた先輩がこちらにパタパタと駆け寄ってきて、はじめてのおつかいを終えた子供のようにブイサインを作って見せる。……先輩、一体あなたは何歳なんですか。
そんな先輩の手には、さっきのフィギュアの他に、漫画やアニメグッズが入ったレジ袋が握られていて、とても満足そうな顔をしている。
「ちゃんと一人で買い物が出来ましたね、先輩」
「バカにしないでくれる? 買い物くらい一人で出来るし! 年上舐めんな!」
そうやって年上を主張するけど、背が小さいので少しも年上には見えない。もっとも、こんなことを口にしたら更に怒られてしまいそうなのだが。
店を出ると外は既に夕焼け空に包まれていて、カラスの間抜けな鳴き声がどこからか聞こえてきていた。駅前の時計は午後5時をちょっと過ぎたところを指していた。
先輩の家は隣の駅の近くにあるらしく、電車に乗って帰る、ということで僕と先輩はここで別れることになった。
「ちゃんと一人で家に帰れるんですか?」
「だからバカにすんなっていってるでしょ!」
からかえば怒る先輩だが、もちろん本気で怒っているわけではない。こういったやり取りも僕たちの間に芽生えたコミュニケーションの方法の一つなのだ。
駅の入り口まで見送って、さあ帰るぞ、と踵を返したところで、先輩が僕を呼び止めた。
「後輩、ごめん! 嘘ついた!」
一体何事かと思い、振り返ると、先輩はこちらをまっすぐに見つめたまま、言葉を続けた。
「実は今日、限定の商品が発売されるわけじゃなかったの……。本当はマニメイトの店に行きたくて、でも一人だと勇気が出なくて、後輩を利用しただけなの! だから付き合わせてごめん!」
パシッと両手を合わせて頭を下げる先輩。意外にも義理堅い人のようだ。
「そんなの、気にしなくていいですよ」
僕がそう言うがいなや、先輩の表情がパァァと明るくなっていく。
だけど先輩、人の話は最後まで聞くべきなんだ。
「これは貸しですから」
再び先輩の叫ぶ声が聞こえたけど、今度は振り返らずに家に帰ることにした。
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