第17話 先輩と昼食


 翌日、昼休み。

 僕は逢坂先輩との約束を果たすべく、一緒に昼食を取るために移動中だった。


 早紀から最後の弁当を受け取って(正確には2週間後にまた会えるのだが)、彼女ではない別の女と2人きりで彼女の手作り弁当を食べるという、冷静に考えたらやべえムーブ。冷静に考えなくても十分にヤバイ。


 「みんながいる教室で食事をするなんて喉を通らない」「無理」「窒息死する」という逢坂先輩の悲痛なお言葉がありまして……だからといってトイレで2人仲良く便所飯とも行かないので、空き教室で弁当を食べることになった、のだけれど――。


「遅い」


 ――2人きりって逆に気まずくねーか、と僕は思うのです。


 空き教室。ど真ん中の席に座って、弁当を頬張っている先輩が教室に入ってきた僕に最初にぶつけてきた言葉がこれだった。辛辣。


「早紀との別れを惜しんできたんです。これから2週間、会話と接触禁止なんですから少しくらい大目に見てくださいよ」

「ああ、そういえば旅行に行くとか言っていたわね。それよりも後輩。悪いことしたっていう自覚はあるの? なんか態度がデカいのよねー」


 先輩は箸で僕の方を指しながら突くような動作をする。僕はそんな先輩の愚痴を軽く受け流しながら早紀から貰った弁当を広げる。今日も食材は冷凍食品ばかり……だけど、本日は一歩前進。ご飯だけは自分で炊けたと自慢していたので、今日のご飯には愛が籠っている。


「自覚はないですよ。記憶が飛んでいるんですから。あと態度がデカいのは元からだ」

「ふん、本当に記憶が飛ぶなら病院にでも行っとけっての」

「行って簡単に治れば僕も苦労はしないですよ。それよりも先輩。昨日のアレはなんだったんですか?」


 僕が話を変えると、先輩の持っている箸の動きがピタッと止まる。どうやら触れられたくない話題だったようだ。


「……アレって?」

「放課後、早紀と3人で帰ろうとしたときのことですよ。どうして逃げたりしたんですか?」

「ああ、あれね……。後輩も知っていると思うけど、私人見知りなのね」

「それ前にも聞きました。人見知りっていうか、あんなんじゃまともな生活送れないでしょう。先輩こそ病院に行って治療を受けるべきですよ」

「ふん、病院に行って簡単に治れば苦労しないんですー」


 先輩は僕が言った答えと同じようなことを言って口を尖らせる。オウム返しをして勝ったつもりなのだろうか。年上のくせにガキくさいなあ、とか思いながら僕は自分の机を移動させて、先輩と向かい合うような形になる。


「でも、どうして僕にだけ人見知りが発症しないんだろう? 早紀にはあんなに拒否反応を示していたというのに」

「別に早紀ちゃんだけじゃないわ、他の人にも平等に人見知りよ。それにしてもどうしてかしらね?」

「先輩、自分のことなのに分からないんですか?」

「逆に聞くけれど、自分のことを完全に理解している人とか居ると思う?」

「それはいないでしょうね」


 人間、自分の意識として認識できるのはほんの一部分で、無意識の部分の方がはるかに割合が大きいのだという。そんなごくわずかな部分を見ただけで自分を理解するというのはとても難しい。


「たぶんだけど、雷に打たれた人が超人的な力に目覚めるみたいな感じで、ショックな出会い方をしたから後輩にだけは普通に話せるようになったのかも」


 昨日、僕が早紀にした、即興で思い付いたような説明をする先輩。


「奇遇ですね。僕も似たようなことを考えていました。ってことは、先輩には荒療治が向いているのかもしれないな」

「あまり気は進まないのだけど……参考程度に聞こうじゃない。荒療治って何をするつもりなの?」

「全裸で町内一周なんかどうでしょう? 人見知りなんて気にならなくなりますよ」

「バカ? それはアンタの願望でしょうが! ……あっ」


 机に拳を叩きつけて声を荒らげる先輩。だけど、その振動のせいで箸が床に転がり落ちてしまう。僕はその箸を拾ったあと、いつも持ってきている割り箸も一緒に先輩に渡した。


「はい。未使用だから安心して使ってください」

「ありがと……気が利くじゃない」

「他の人にもこんな風に話せればいいんだけどね」

「それが出来ないからこうして手伝ってもらっているんじゃない。バカ」


 さっき少しだけ見せた可愛い態度も一変、すぐに、ツンツンしてしまう。


 他人の悩みなんていうのは、馬鹿馬鹿しく思えてしまうものだけど、本人からしたら真剣なのだろう。僕は心理学の専門家ではないし、どうすれば彼女の人見知りが克服できるのかなんて分からない。だけどバカなりに考えて、まず最初にしなければいけないと思うことは彼女について知ることだ。彼女について知れば、おのずと道が開けてくる……といいな。


「先輩って普段何をして過ごしているんですか?」

「テレビを見たりして過ごしてる」


 先輩はぶっきらぼうに言い放つ。このまま会話が終わってしまうようでは意味が無いので、僕は再び質問を投げつける。僕は会話のバッティングマシーンだ。


「どんなジャンルを見ているんですか?」

「……アニメ」

「アニメ?」

「なに? 文句あるの?」

「ないけど、なんだか意外だなって」

「どうせオタクだとか思ったでしょ?」

「え? いや、思ってないけど」

「言っとくけど、私はオタクじゃないから! 絶対にオタクなんかじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」


 あ、オタクなんだ。


「別に何を好きになろうが個人の自由だし、オタクだからって軽蔑したりしませんよ。むしろ何かに熱中出来るのって素敵なことだと思うけどな」

「本当に? 軽蔑しない? ……わ、私は別にオタクってわけじゃないけど!」

「そうやって気にしすぎるのが良くないんですよ。もっと堂々としましょう」


 一口サイズのコロッケを頬張りながらアドバイスしてあげると、先輩は僕の方を直視しながら何か考えるような素振りを見せる。


「……じゃあ、お願いがあるんだけど」 

「お願い?」


 こんな風に内容を言う前に確認を取るのは、大体良いことではないということをなんとなく僕は知っていた。


「明日、私の好きなアニメの限定グッズが販売されるから一緒に買いに行って欲しいの! 駅前にマニメイトっていうお店があるでしょ? あそこ……」

「先輩」


 テンション高めに喋っている先輩の言葉を遮り、すかさずストップをかける。


「な、なによ」

「僕は先輩の人見知りを治して五樹と付き合えるようにするという条件で取引をしたんです。アニメのグッズを買いに行くのは関係無いでしょう」

「そうなんだけど、お願い! どうしても欲しいの!」


 両手を合わせて頭を下げる先輩。


「一人で行くのはどうしても抵抗があるの! 男ならまだしも女子一人って恥ずかしいの、分かるでしょう!?」

「そんなところに行ったことがないので分からないです。一人で勝手に行ってきてください」

「こ、これもリハビリになるかもしれないじゃん!? だから監督役としてついて来て欲しいの! ね、お願い!!」


 何が監督役だ、都合のいいことばかりいいやがって……そう言いたい気持ちでいっぱいだったけど、ここで貸しにしておけば、この先有利に立ち回れるかもしれないぞ――なんて我ながら狡猾な考えが思い浮かぶ。


「分かりました。特別ですよ」


 なんて恩着せがましく言っておくと、先輩が無邪気に「やったぁ、ありがと!」なんて喜ぶので、チョロい。


「てか、限定商品ならネットでの販売を狙った方が良くないですか?」

「い、いやあ、店舗販売の方が可能性あるかなーって思ってね」

「大体、そういうのって開店と同時に販売されるもんじゃないの? 学校が終わってから行くんじゃ売り切れていると思うけど」

「まあ、売り切れていたらそれはそれで諦めがつくわ。やって後悔するよりも、やらずに後悔するのが嫌なのよ」

「先輩がマニメイトって店に行きたいということはよく分かりました」

「……う、うん。分かればいいのよ」


 という具合に僕と先輩は今日の放課後、マニメイトというお店に行くことになった。なんだかいいように使われている気がしなくも無いが、とにかく2週間耐えればいいだけだ。頑張ろう。

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