第16話 下校、そして約束
「ごめん、待たせて」
逢坂先輩を引っ張りながら、なんとか早紀のいる校門前までやって来た。
校門前には放課後になってすぐということもあり、まだお喋りをしている生徒も多い。
で、無理矢理連れてきた先輩だけど、ここに来るまでにどんな心境の変化があったのか僕の後ろに隠れて借りてきた猫のようになっている。っていうか、肉食獣に囲まれた草食動物って表現の方があっているかもしれない。
僕が早紀と会ってみないかと提案したときから様子がおかしかったけど、ここに連れてくるまでに彼女の様子は更におかしくなっている。
「紡くんの後ろにいるのが逢坂先輩ですか?」
「ああ。お互いに顔を知っておいた方がいいと思って連れてきたんだ」
早紀が挨拶をしようと一歩前に出てくると、先輩は一歩後ずさる。早紀と先輩の距離に変化はないのだけど早紀はそんな先輩の様子を気にすることなく挨拶を始めた。
「はじめまして、文月早紀です。先輩のことは紡くんからお話を聞いています。短い間ですが紡くんをお願いしますね」
早紀さんニッコリ笑顔でペコリとお辞儀。わあ、なんて礼儀正しいのでしょう。一方の逢坂先輩は地面を見つめながらモジモジと……あらあら、これではどっちが年上だか分からないね。
「ほら、先輩も早紀に挨拶してください」
早紀が挨拶してからというもの、先輩は何もアクションをする様子がなかったので、僕が先輩の背中を軽く叩いて挨拶するよう促すと、ロボットのようなカチコチな動きで一歩前に出てきて、
「あ……その、よろしく……」
それだけ言って、逢坂先輩は再び僕の後ろに隠れてしまう。
さっきまでの威勢と元気はどこへやら、まるで別人である。僕はそこで逢坂先輩のボッチである理由をなんとなく分かってしまったような気がした。
「これから帰るんだけど、先輩の家ってどっち方面ですか?」
「あ、あっち……えき……」
「駅?」
先輩の指差した方角を見る。真っ直ぐ坂道を下ったその先には僕がいつも利用している駅があり、そこから更に先に行くと僕と早紀の家がある。どうやら帰る方角は一緒だったようだ。これなら3人で帰ることが出来る。やったね。そう安心しながら振り返り、先輩の方を向こうとしたら、
「ごめん、ギブ……」
今にも死にそうな顔をした先輩が僕の肩の上に手を置き、ゼェゼェと息を切らしていた。
その顔は長距離走でもやって来たんですか、というくらいのやつれ具合。
具合でも悪いのか、と聞こうとした次の瞬間、逢坂先輩はすごい勢いで自分で指差した方向に全速力でダッシュしていった。
……逃げたな、と僕は思った。
「逢坂先輩、どうしたのかな?」
「たぶん、先輩は極度の人見知りなんだろう」
「紡くんには平気みたいだったけど……」
そう怪しむ早紀の気持ちも分かる。
「それはきっと一種のショック療法みたいなものだな。ワサビの食べられない子供がワサビのたくさん入った寿司を間違えて食べてしまったことがきっかけで、それ以降ワサビを食べられるようになった、みたいな感じで僕にだけ平気なんだと思う」
「へえー」
……ごめん、テキトーに言った。
「でも、ショック療法になるくらいって、一体どんな出会い方をしたんですか?」
「一言で言えば、禁断のお花畑でのボーイミーツガールかな」
「なんだかロマンティック……」
羨ましそうな目をしながら言う早紀であったが、ここで言う禁断のお花畑とは女子トイレのことであり、彼女が想像しているようなロマンティックな出会い方ではない。むしろ最悪の出会いなんだけれども、そのことをわざわざ言う必要もないだろう。
「……とにかく、あんな調子だからリハビリが必要なわけよ」
「なるほど、なかなか大変そうですね」
「多分、先輩にはきっかけが必要なんだと思う。僕もボッチだったから気持ちは分かるんだ。なんとか変わろうとしてもがくけど、自分ではどうにもできなくて苦しんでいる」
出会いは最悪だったが、これも何らかの導きなのかもしれない。それに、1度決めたことだからなんとしてもやり通す。そんなクールガイに僕はなる。
「期間はどれくらいなんですか?」
「2週間って言っていたな」
「ふむふむ……」
早紀は顎に手をやり、何やら考えるような素振りを見せる。そうして数秒経った後、僕のほうに向き直って人差し指を立てる。
「紡くん。さっき条件を言ったけど、変更点があります」
「変更点?」
「2週間、逢坂先輩のリハビリが終わるまで私との会話は禁止です」
「へ?」
「それと、私との接触を禁止します」
「ええっ!?」
突然の変更に僕は驚きを隠せない。驚き過ぎて、思わずシェーのポーズをとってしまった。つまりそれくらい驚いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どうしてそうなるんだ? 何かの罰ゲーム? あ、もしかして実は怒っていたり?」
動揺する僕を見て、早紀は首を横に振る。それから聖母マリアのような優しい表情で見上げ、微笑んだ。
「違いますよ、紡くん。ただ、2週間はしっかりと先輩のリハビリに専念してほしいと思っているだけです」
「いやいや、そんなことしなくても大丈夫だって。早紀と過ごす時間を減らさなくてもうまくやってみせるから! マジで!!」
僕にしては珍しく熱意を込めて言ってみせたのだけど、早紀は首を横に振るだけだ。
「あ、実はこれから2週間、急遽旅行に行く予定だったことを思い出しました」
「それ絶対嘘でしょ、今思いついたでしょ!!」
「本当ですよ。2週間のヨーロッパ旅行です」
……財閥の娘だから、嘘とは言い切れないところが怖い。
「何事もメリハリが大事だって言うし、やるからには中途半端にせず、1つのことに集中してやるべきだと思うのです」
僕の手を握り、ニッコリと微笑む早紀。
確かにその通りだ。その通りなんだけれども……。
これはなんだろう。例えるならテスト前にゲーム機を没収する、母の歪んだ愛のようだ。
「しっかりと先輩の人見知りを治してあげてください」
そ、そんにゃあ……。
早紀の言い分は分かるけど、それでもやっぱり僕は嫌なのである。付き合ったばかりの早紀と会話、接触禁止を言い渡されるとなると、とてもつらい。つらくて泣いちゃいそう。男の子だから泣かないけど。
普段、天然そうに見える早紀であるが、こういうときの早紀は頑固で、意見を変えるのはなかなか難しい。
「……分かったよ。だけど急すぎて心の準備が出来ていないから、明日の放課後までは旅行に行かないでくれるか?」
「もう、しょうがないな……」
という僕の提案に、まんざらでもなさそうな顔で許可してくれる。
都合のいい旅行で助かったぜ。
「ありがとう。そしてゴメンな。こんなことに巻き込んでしまって」
「気にしないでください。私も紡くんのこと巻き込んでしまったから……これでおあいこですから」
そう言って早紀が笑顔を見せてくれたので、少しだけ救われたような気がした。
それから当たり障りのない話題で盛り上がり、ほどなくして早紀の家がある分かれ道の場所まで来てしまう。
しばらくは一緒に帰ることが出来ない。そう思ったら、このまま別れてしまうのはなんだか名残惜しかった。だけど、お互いに何も切り出せずにいる。話題、話題、何かないかと虚空を見つめて、ぼうっと考えていると、
「あの……お願いをしていいですか?」
「いいよ。なに?」
早紀が突然沈黙を破った。なんでもいいから話題が欲しかった僕は、内容も確認せずに承諾してしまう。
「2週間後、先輩のリハビリが終わったら……旅行から帰ってきたら、私とデートしてください!」
突如風が横から吹いてきて、彼女の長い髪を横に靡かせる。
答えは決まって一つだ。
「ああ、全部終わったらデートに行こう」
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