第14話 恋愛シミュレーション


「……つまり、僕は先輩のリハビリのために話し相手になればいいんですか?」

「リハビリじゃない。これは実験……そう、どんな風に会話すれば五樹くんに振り向いてもらえるのか、あなたには実験台になってもらうの」


 提示された取引内容は、さっきの出来事を黙っている代わりに、しばらくの間、僕がボッチ先輩の話し相手になることで、五樹と付き合うことになっても恥をかかないようにしてほしい、とのことだった。


「それ、恋愛シミュレーションみたいな感じじゃないですか。僕には早紀という恋人がいるんだけどな」

「だからよ。だからこそあなたに実験台になってもらうの。恋愛という意味ではあなたの方が先輩でしょう? それに、ちゃんとした恋人がいれば私に本気になることはないだろうし。色々と計算済みの取引なの」

「計算済みね……たとえ彼女がいなかったとしても僕は先輩に惚れたりはしませんよ」

「それはちょっと傷つくのだけど……まあいいわ。受けてもらえるかしら? あなたも恋愛初心者みたいだし、私と過ごすことで恋愛スキルを身に付けられるだろうから、悪い取引ではないと思うのだけど?」


 しかし、ここで僕が簡単に返事を出すわけにもいかないな。もしかしたら早紀が嫌がるかもしれないし。お互いに話し合ってから決めた方がいいだろう。


「僕の彼女が嫌がるかもしれないので、話し合ってから決めてもいいですか?」

「……仕方がないわね、彼女さんに迷惑が掛かるなら他の方法も考えてあげてもいいわ。その代わり、10倍くらい厳しいものになるけど」

「うわ、それは嫌だな。……そういえば、ボッチ先輩の名前を聞いていなかったので教えてもらってもいいですか?」

「ボッチ先輩はやめて。私は2年A組の逢坂七海。逢坂先輩って呼びなさい」

「分かりました。じゃあ僕のことは可愛らしく『つむくん』って呼んでください」

「調子に乗るな! あんたなんて後輩呼びで十分よ。……それじゃ、また放課後に返事を聞かせて頂戴」


 それだけ言って逢坂先輩はトイレから出て行った。なかなかキツい性格してるなー、というのが彼女第一印象だった。いや、女子トイレに入って暴行するような男にはあんな態度も取るか。

 そんなことを考えながら僕もすぐに女子トイレから脱出して自分の教室に戻る。昼休みはまだ15分残っていた。


そして、残った弁当を掻き込みながら考える。また面倒なことに巻き込まれてしまったなあ、と。



「――ということなんだけど、いいかな?」


 昼休みも終わりに差し掛かり、早紀が教室に戻ってきた。

 女子トイレに侵入して、口封じのために逢坂先輩を押さえつけた、なんて正直に言えるはずもないので、そこはうまく伏せて、先輩のリハビリ相手になってあげることだけを伝えたのだけど、はてさて、僕の運命はいかに!?


「その前に言うことがありますよね?」

「お弁当美味しかったです。ご馳走様でした」


 弁当箱を早紀に返して……からの、感謝を込めて合掌。

 だけど早紀は変わらず不機嫌そうな表情をしたままだ。うーん、どうやら雲行きが怪しいです。


「……その人は女の人?」

「そう、女の先輩。逢坂先輩っていうんだ」


 愛想笑いを浮かべてご機嫌を取ろうとしたのだけど、次第に早紀の目付きが悪くなってくる。ああ、ヤバいヤバい。そう思ったところで、早紀は大きな溜息を吐いた。


「でも、どうして急に?」

「えっと、ちょっとした取引というか、利害の一致からと言うべきか、安全保障の問題と言いますか……昼休み中にちょっとしたハプニングがあってね。まあ、でも早紀が嫌なら別に断ってもいいんだ」


 アハハと笑いながら言うけれど、早紀はジト目で僕の方を睨んだままだ。


 それもそうだよね。付き合い始めだっていうのにこんなことを言うなんて、僕がどうかしていた。やっぱり断ろう。断って別の案を提示してもらおう。罰はしっかりと受けるべきだ。そう思って再び早紀に声を掛けようとしたら、

 

「特別に許可します」


 まさかの許可が下りてしまった。


「でも条件があります」


 なんと条件付きだった。


「……条件って?」

「私と過ごす時間を減らすようなことはしない。それと……」

「それと?」

「絶対に本気になったりしないことです」


 そう言って早紀は僕の手を強く握ってきた。絶対に僕を渡さないという意味なのだろうか。ふふ、こやつめ可愛いなあ。


「当たり前だろう。僕の彼女は早紀だけなんだから」


 そう言って早紀の手を優しく握り返してやる。


「当たり前です。紡くんの彼女は私だけなんだから」


 早紀はニコッと微笑んで、僕の額に早紀の額をピタッと合わせてきた。顔がめっちゃ近い。


「でも本当にいいのか? 嫌だったら断ってもいいんだぞ?」

「べ、別に嫌じゃない。魅力的な紡くんですから、女友達くらいいるのは普通だし、それに……」

「それに?」

「紡くんを縛るようなことはしたくないから……」

「そっか、ありがとな。あと、僕は魅力的ではないし、女友達というわけでもないんだけど……」


 早紀の頭をポンポンとやって僕も笑って見せる。まあ、なにがともあれ、早紀から許可を得られたので良かった。万事解決とはいかないけど、あとは放課後、逢坂先輩に報告をするだけだ。

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