第5話 バイオレンス×ピース
体育館裏は日が昇っていても、常に建物の陰になるのでいつも薄暗い。
それなのに、草木が好き放題生えまくっているのはどういうことなんだろう。おまけになんだかジメジメしているし、変な虫が今にも湧いて出てきそうだ。
さっさとこんな場所から立ち去りたいのだけれど、早紀も、あのガラの悪い先輩もまだ来る気配はない。早紀が先に来てくれれば、先輩との一方的な約束はスルーしてやるんだけどな。
そう考えながら待っていると草を踏むシャリシャリという音が2人分聞こえてきた。
早紀が分身して2人いるわけでもないだろうし、やっぱ先輩たちだよなあ、と思っていたらピンポン、さっきの先輩たちだった。嫌な予感に限っていつも当たる。
「へへ、待たせたな」
別に先輩を待ってなどいないのです。
正直にそう言いたかったけど言ったら何をされるか分からないので心の中で留めておく。
代わりに「いえいえ、今来たばかりですよ」と待ち合わせの常套句を口にしたら「デートじゃないんだぞ!」とキレられてしまった。それはごもっともで。
「やっぱこいつ、俺たちのことを舐めてますよ」
ニキビだらけの先輩が不機嫌そうに口を曲げる。
そんなニキビだらけの顔、別に舐めたくはないんだけどな。
取り敢えず平謝りをしてやり過ごそうとしたら、坊主頭の先輩に胸倉を掴まれてしまった。
「フン、こんなヒョロヒョロがあの早紀とねえ。こいつの何処がいいんだか」
値踏みをするように見つめてくる先輩。僕も何処がいいんだか分かりません。
同じ学年ならまだしも、何故2年の先輩がどうして僕なんかに関わるのだろう。こんな地味な後輩のことなんか放っておいてくださいよ。あと、やるならやってとっとと帰って欲しいんだけどな。
自棄になっていると、新たな足音が聞こえてきた。
「なんだ、この足音……お前、まさか先生にチクったんじゃねーよな!?」
急に狼狽える先輩たち。
だが、その足音の正体は先生などではない。足音が聞こえた時点で分かっていたけど、その正体は早紀だ。僕の呼び出していた早紀がこっちに向かってきている。
「紡くん、お待たせ」
そんな平和ボケした声と共に顔を出す早紀。一方の僕は胸倉を掴まれている。
それはレンタルビデオ店で、ホラージャンルのところに子供向けの映画が置いてあるくらいの場違い感で、ラブアンドピースならぬ、バイオレンスアンドピースとでも言ったところだろうか。先輩も早紀が来るとは思わなかったのだろう、その場で固まってしまっている。
「ごめん早紀。見ての通り用事が出来たから、今日は先に帰っていてくれないか」
胸倉を掴まれたまま早紀に手を振って叫ぶ。だけど、それがよくなかった。
「てめえ、彼女の前だからってカッコつけてんじゃねえよ!」
先輩のパンチが僕のお腹に炸裂する。なかなか強烈な一撃だ。
カッコつける気なんてハナから無いのに誤解ですよ。
喧嘩慣れしていない僕は、情けないことにそのまま地面に倒れ込んでしまう。
そこから更に先輩の暴力はヒートアップ。タバコの火を消すように、地面に倒れている僕の頭を足でグリグリと押し付けてくる。
うーん、これが礼儀ってやつか。礼儀って痛くて苦しいんだな。あと土の味がする。
しかし、これはちょっとやり過ぎじゃないかと思う。少し無礼な態度を取ったからってここまでするだろうか。どっちかっていうと、何か個人的な恨みが働いているような……。心当たりは無いけど。
「私の紡くんに何をするんですか!」
心配した早紀が僕のもとに駆け寄ってくる。てか、私のってなんだよ。僕は誰かの所有物になった憶えはないぞ。なんて思っているうちに、付き添いの先輩がすぐに早紀の腕を掴み、動きを止められてしまう。即落ち2コマかよ。
「やめて、離してください!」
早紀がそう叫ぶけど、先輩は早紀の腕を離そうとしない。
「グヘヘ、ちょうどいいところに来たもんだ。彼氏の前で俺たちと遊ぼうぜ」
坊主頭の先輩は倒れている僕の腹にトドメの蹴りを入れ、下卑た笑みを浮かべながら早紀のもとに近づいていく。
やめろ! と叫ぼうとしたけど、ヒューヒューと空気が出るだけで肝心の声が出ない。
呼吸も苦しいし、こんな調子だから立ち上がることも出来ない。僕はこのまま何も出来ずに終わるのか。……けっ、格好悪いねえ。
*
瞬きをした。
それは1秒にも満たない時間。
何か変化が起こるには少なすぎる時間、のはずなのだけれど――。
何故か2人の先輩が僕の目の前で地面に這い蹲っている。土埃にまみれ、苦しそうに呻き声を上げている。
理解が追いつかなかった。
だって、本来そうなるべきは僕で、今まで地面に倒れていたのも僕なのだ。
それなのに今の僕はというと、2本の足で立っている。そして、傷ついた先輩たちを見下ろしている。いわゆる勝者の眺めってやつだ。
「一体何が起こったんだ……」
少し離れたところに早紀が驚いた表情で立ち尽くしている。
早紀が先輩を倒したとも思えないし……かといって、他に人がやってきたとも考え難い。
となれば――。
「なあ、早紀。これは僕がやったのか?」
訊ねると、早紀はコクリと頷いた。
ああ、やっぱりか。
また、記憶が飛んだんだ――。
そう確信した瞬間、不意に眩暈が襲ってきた。
自分の身体を見ると、所々に擦り傷や打撲の痕が出来ている。恐らく、先輩とやり合った時に出来たのだろう。なかなかの重症だ。
「紡くん!?」
鼻腔に広がる甘い香り――。気が付くと、僕の体は早紀の細い腕に抱きかかえられていた。
どうやらその場で倒れてしまったらしい。すぐ目の前には早紀の顔があって、心配そうに僕のことを見つめている。
「大丈夫、ちょっと眩暈がしただけだ」
「本当に大丈夫? 救急車呼ぼうか?」
「い、いや、本当に大丈夫だから。オーバーリアクションをどうも」
しばらくそうしていたかったのだけど、余計な心配をかけたくはなかったので、すぐに立ち上がることにした。一瞬だけフラついたけど今度は大丈夫そう。
倒れている先輩が気になったので、念のため安否を確認しようと近づいたら何かに怯えるようにそそくさと逃げて行ってしまった。
「あらら。まあ、あの様子なら問題ないか」
そして、体育館裏には僕と早紀の2人だけになる。これが当初予定していた状態なんだけど、随分と遠回りをしてしまったな。いつの間にか日も沈みかけている。
「帰ろうか」
僕がそう言うと、早紀は優しい口調で「うんっ」と答えた。並んで歩き出すと、ちょうど下校時刻を知らせるチャイムが鳴り始めた。
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