第4話 絡み絡まれ
……さて、ここからが戦いの場だ。僕は気を引き締める。
ある程度予想はしていたけど、教室に入った瞬間、僕の方に視線が集まる。もし視線が銃弾だったら僕は集中砲火を浴びて、蜂の巣のようになっていたことだろう。銃社会じゃなくて良かった。
今までジロジロ見られるような機会なんて無かったから、少しだけ新鮮な気分だけど、やっぱりいい気分はしないのであんまり見ないで欲しいのである。
「紡くん、おはよう」
僕の姿を見つけるなり、早紀が僕のもとに駆け寄ってくる。それはまるでご主人様の帰りを待っていた飼い犬のようだった。その様子を見て、周囲ではヒソヒソ話が始まる。
僕も「おはよう」って返すと、何故か早紀は上目遣いで僕のことを見つめてくる。何か喋ればいいのだけれど、黙ったままそうしているのでなんだか気まずくなってしまう。
「……昨日は家まで送ってくれてありがとう」
長い沈黙を破り、早紀の口からようやく出てきた言葉がこれ。
お礼を言うのはいいんだけど、みんなが注目している中こんな話をするのはやめてほしいな。あと声のボリュームもちょっとデカいんだよ。
「やっぱり昨日のアレ本当だったんだ……」
「あの紡くんと早紀ちゃんが……」
案の定ギャラリーからそんな会話が聞こえてくる。
今のクラスの連中にとって、僕たちは好奇の対象でしかない。周りからしたら、面白い話のタネが転がり込んできた、くらいにしか思っていないのだろう。迷惑な話だ。
「……こうやって周りからコソコソと話されるといい気分はしないね」
早紀がそっと耳うちをする。今度は周りに聞こえないような小さな声だ。
そういう早紀だって今コソコソと話しているじゃないですかー、というツッコミは置いておいて、まったく本当にその通りである。やられる身にもなれって話ですよ。
「変に目立ってしまっているからなあ。学校にいる間は会話を控えた方がいいかもしれない」
「そうですよね、その方がいいですよね……」
それで会話は終わりかと思いきや、早紀はモジモジとまだ何か言いたそうな顔をしている。
ヘイユー言っちゃいなよ、言えばスッキリするぜ? ってな感じで軽く聞き出すと、再び上目遣いで僕の方を見ながら、
「放課後、体育館裏で待っているから今日も一緒に帰ろうね」
とだけ言って自分の席に戻って行った。
可愛い、可愛いけど、その上目遣いはドキッとするからやめて欲しいなあ。心臓に悪いんだよ、可愛いけど。
それから授業中、休み時間と、四六時中クラスメイトから視線を感じ続けていたけど、直接僕に話しかけてくるような人は居なかった。ヒソヒソと話をされるくらいなら直接ドカンと言ってくれた方が良いのだけど、僕ってそんなに話しかけづらいのかなあ。早紀は割と話しかけられていたんだけど、僕の方には誰も来ず。悲しみ。
なんて気を落としていたら、僕の席にガラの悪い男子生徒が2人ほどやってきた。帰りのホームルームが始まる前のことだった。
リーダー格と思われる坊主頭、それと付き添いの顔中ニキビだらけの男子生徒。不良っぽい見た目だけど、見た目で判断するのはよろしくないので、品行方正な一般生徒ということにしておく。
「お前が紡だよな? あの文月早紀を妊娠させたってマジ?」
ヘラヘラと笑いながら坊主頭の生徒が僕に聞いてくる。完全に面白がっている目だ。
教室で見たことがない人だから、恐らく他のクラスの者だろう。他のクラスまでこの噂が広まっているとは、僕も有名人になったものだな。全然嬉しくないけどね。
「多分そうなんじゃないかな」
自信がなかったので僕はそう答えた。だって記憶が飛んでいるんだもん、そう答えるしかないよね。
「多分ってなんだよ。ハッキリ言えねーのか?」
「言えないっすね」
僕もヘラヘラと笑いながら答えた。愛想笑いのつもり。
だけど、その返事が気にくわなかったのか、その男子生徒は眉を吊り上げる。口もへの字、額の血管もピクピクと動いているし、ああ、どうやらこれは怒っているサインのようです。
「お前、いい度胸してんじゃん。放課後に体育館裏に来いよ。礼儀ってもんを教えてやるからさ」
そう言われた後に気付いたんだけど、この男子生徒はどうも2年の先輩だったようで、僕は無礼な態度を取ってしまったらしい。急いで謝ったけど、時すでに遅し。
礼儀ってもんを教えてやる、と言われて、マナー講座が開かれるわけでもないだろうし、会話の流れからして多分だけど僕はボコられる。それが分かっていて行く馬鹿は居ないわけで、完全にスルーするつもりでいた。
けれど、そうするわけにも行かないと気付いたのは不幸にも帰りのホームルームの後。
放課後の体育館裏と言ったら、今朝、早紀と落ち合う予定だった場所だ。このままスルーしていたんじゃ早紀とあのガラの悪い先輩が鉢合わせしてしまう。
やっぱ待ち合わせ場所を変えない? って早紀に伝えようとしたのだけれど、早紀は委員会の集まりがあるとかでどこかに行ってしまっているし、僕はスマホを持っていないので連絡を取ることも出来ない。
校舎の中を探している間、早紀が体育館裏に行ってしまう可能性もあるので、僕は仕方なく先回りして体育館裏で待つことにしたのだった。馬鹿は僕だった。
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