マリーンルージュで愛されて

2019・10・3


時刻は5:00

僕は既に眠りから覚めていた


昨夜からろくに眠れていない

多分、睡眠時間は3時間程度

流石にまだ早すぎるので、もう一度眠るように頑張ってはみるものの、目が冴えてしまい、全然眠れないのだ

ただ、布団の中で時間が過ぎるのを僕は待っているだけ


ふと気が付くと、台所で物音がします

どうやら妻が起きて、朝食の支度を始めたみたいだ


そう今日は木曜日、妻は仕事・子供は学校へ行く平日

勿論、僕も普通は仕事へ行く日ですが、今日は休暇を取ってある

妻には告げていない休暇だ


いつものようにスーツで出かければ何の問題もないが、せっかくなので少し気取った私服で逢いたかったので、妻に作り話をして出かけた


「今日、接待遠足みたいな仕事で私服指定なんだ」


これまでにそんな仕事はありません

これからも多分ありません

作り話と言えば聞こえは良いですが、これは妻に対する嘘

僕は初めて家族に嘘をついて、女性と逢うために出かけたのだ


罪悪感がないと言えば嘘になるだろう

でも、人間と言うか僕の思考は都合が良いもので、山下公園界隈に着く頃には、そんな罪悪感は何処かへ押し込んで、頭の中は彼女の事でいっぱいになっていた


待ち合わせよりも20分くらい早く着いてしまった

ベンチに座り、待つ体制を整えた瞬間、彼女の声が聞こえた


森 早いですねw

僕 あまり来た事ないから、念のため早く出たら着いちゃったw

僕 森川さんも早いよね?

森 なんか早く起きちゃったので、ポテポテ歩いてたら着いちゃいました


ポテポテ?

彼女の地元の方言だろうか?

でも、なんか可愛い表現だなw

ポテポテw


僕 日本大通りから歩いて来たの?

森 だって一番近いでしょ?

僕 元町中華街の方が近いと思うけど

森 えーそうかなー

森 今度競争してみましょうか?

僕 今度っていつ?

森 んー・・・

森 いつでもいいですよwww


とりとめのない話しをしていると出航の時間が迫ってきた

会計を済ませ、船に乗り込む彼女と僕


森 わー嬉しいw

森 写真撮るから待ってて


はしゃぎながら喜ぶ彼女

来て良かったとしみじみ思う僕


船が出航し、ランチが始まるとスタッフが席をまわります

「よろしかったら、お写真撮りましょうか?」


僕 大丈夫です・・・

森 ・・・


船のスタッフも察知した様子で、ニコっと笑って次のテーブルへ向かって行きました


90分のクルーズだが、食事事体は1時間程度で食べ終わる

天気も良いので、階段を上りオープンデッキに出てみた

風は少し強かったが、心地いい場所でした


大黒ふ頭

インターコンチネンタルホテル

大観覧車


横浜のデート名所を満喫していると、船のスピーカーから音楽が流れてきました

サザンの秘密のデート


マリンルージュで愛されて

大黒ふ頭で虹を見て

シーガーディアンズで酔わされて

まだ離れたくない


そもそも、この曲の話題で選んだマリンルージュです

100万ドルどころか、値段などつけられないくらいの最高の笑顔で微笑む彼女


このまま時が止まればいい

本当にそんな事を思う事があるとは想像もしてなかった


僕は彼女の肩を抱く事も手を繋ぐ事もなく、ただ隣に立って横浜の景色を黙って観ていた

時折、彼女を視界の中心にして、黙って目に焼き付けていた


クルーズを終えた僕たちは、彼女のリクエストで三渓園へと移動

三渓園の門をくぐった直後、僕は少しばかりの勇気を出して、彼女の細い指に僕の指を絡めた


彼女は少し笑ったような顔で、僕を睨みつけたような気がしたが、彼女の指にも力が込められたのを確認

僕達はそのまま恋人繋ぎで園内を散策した


展望台のベンチに座り、海に沈む夕日を二人で見ていた

恋人繋ぎの次の段階に進むにはここしかない

そんな場面だったが、僕は先に進む事ができなかった

彼女を視界の中心に何度も捕らえ、その雰囲気を感じようとアンテナの感度を上げていたが彼女に隙はなかった


その後元町に移動し

二人とも喉が渇いていたので居酒屋で少し飲む事に


遂に気になっていた事

彼女が地元に帰ると言う噂の真相を確かめる時が来た


僕 ところである噂を聞いたんだけど・・・

森 私が会社辞めて地元に帰る事ですよね?

僕 うん

僕 本当なんだ?

森 そうなんですよ

森 どうしましょうか?


え?

選べるの?


僕 それって、帰らない選択肢もあるって事?

森 それはないです

僕 なんだよ・・・

森 怒りました?

僕 怒りはしないけど・・・

森 けど?

僕 なんでもないよ

森 なんでもないんですか?

僕 なんでもない!

森 ごめんなさい、意地悪言いましたね・・・


噂は真実で、彼女は年内で退職し、地元へ帰る事は決定事項でした


僕 なんか残念だよね

森 何がですか?

僕 また意地悪したいの?

森 そうじゃないです・・・

森 でも・・・


仕方ないので僕が言う事にしました


僕 お互いに身軽じゃないからでしょ?

森 はい・・・

森 奥様と仲良くしてるんでしょ?

僕 仲悪くはないよ

森 だったらいいじゃないですか

僕 妻は家族

森 だったら私は?

僕 言ってもいいいの?

森 ダメ・・・


どんどん変な方向に話しが進んでしまいそうなので


僕 とりあえず、まだ時間はあるからこの話しはやめとこうか

森 そうしましょう


どうにかいつもの感じに戻しました

19時を回る頃に彼女が、これから娘と待ち合わせてから帰ると言うので居酒屋を出て横浜まで移動


横浜駅で各々の路線に乗り換え、僕達は帰路についた


喧嘩ではないと思うが、僕たちは初めて深刻な部分について口に出して確認し合った

これまでもタブーになっていたわけでないが、無意識に話題にしていなかった

とても気まずい別れ際だった

でも、地下鉄の中で僕はある事を思い出した


そうか、僕には運があるようだ


普段は信じていないが、この時ばかりは神に最上級の感謝を捧げていた



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