第2話『少女サテラと暗躍』

「サテライト=エル=スライスラー=アーヘジャノムです」

 武具や首を積めるだけ馬車に積むと、少女は名を名乗った。

「自分の名前は覚えているんです」

 話とは違って記憶があるじゃないかと言う顔を二人がしたので、間を開けずに長ったらしい名前の少女は言葉を挟んだ。

「アーヘジャノムか……」

「何か私の名前で知っていることがあるんですか?」

 飛びつくような思いで少女はカインに聞いたが、

「いや、俺の故郷では濁点のつく名前は忌み嫌われている。特にジャはな『邪』を連想させる。あまり縁起のいいものではない」

「とことん合いませんね」

 肩を落として少女は嘆息した。

「そんなこと言うない。カイン、あんただってその名前似合ってるとはけっして言い切れんぞ。カインってのは確かに光の筋って意味があるんじゃなかったか?」

「あぁ、そうだな……」

「何か訳があるんですか?」

 二人が興味に肩を前のめりにすると、カインは遠くを眺めながら私事を語った。

「母の陣痛が始まった頃ちょうど嵐が来ていてな。空には雷が雲を穿ち、風が大木をなぎ倒した。産婆も苦労する夜を徹しての難産だったらしい。それで俺が生まれる頃には夜が明けて嵐も収まった。それで窓から空を見上げたらちょうど雲の切れ間から光の筋が降りてきたそうだ。俗に天使の階段と言う現象らしい。それを見て母が名付けてくれた」

「素敵なお話ですね」

「お前さんにはちっとも似合わないがな」

「俺もそう思う。母が何を思ってこんな清らかな名をつけたのか、未だに理解に苦しむよ」

「子は宝。お母様にとってカインさんは、光そのものだったんじゃないですか?」

「よくもまぁ恥ずかしげもなくそんなことが言えたものだ」

 カインは馬の手綱に活を入れると、馬車を出発させた。荷車の方には死体が山ほど積んであったのでサテラはカインの横に座り、馬車に揺られた。


 街に着くとまずギルドに戦果を伝えた。二十四人もの討伐した首の報酬と、売れそうな武具換金、宝飾品の保管をした。ギルド長はカインの姿を見ると、死霊を目の当たりしたような酷く狼狽した様子を見せた。

「ま、まさか本当にやれちまうとはな。驚いたよ、さすがはレム一族」

 報酬は、二人で割るので、割りと多くなった。銀貨六十枚だ。カインは、自分の取り分の半分少しを、そのままギルド長に預ける。ギルドは、国中で組合を作って繋がっている。特殊な塗料で描かれた割り札を使って、金を預ければ、他の国でも預けていた金が、引き出せる仕組みだ。カインは、ギルドを後にすると、酒場に向かった。そこではスレヴとサテラの二人が待っていた。スレヴは老剣士、スレヴ=インクレイティブという名前らしい。サテラは少女のことだった。サテライトでは名前が長いので略した。

 カインが来る前に、注文は済まされていたようだ。テーブルには、ところ狭しと、料理が並べてあった。骨付きの子羊のローストに、香味野菜のサラダ、芋とカブとホウレン草のポトフ、卵料理は焼け目のついたキッシュに、菜っ葉と根菜の炒め物、チーズとキノコソースのかかったミートボール、それに並々注がれたアップルエールがあった。

「おう、待ってたよ。さぁ食事にしようじゃないか」

 スレヴは、今にも涎を垂らしそうに、口許を拭って料理に構えた。

「その前に報酬だ。残ったのは二人。やはり取り分は予定していたより多額だった」

「おぉそうだった、こいつがなきゃここの飯代は払えんからな」

 スレヴは懐に金をしまうと、再びナイフとフォークを構えた。サテラはおずおずとこちらを見ている。

「いいんですか? 私もご馳走になっちゃって」

「腹は減ってるんだろ? 構わんよ、言っただろ。あんたは命の恩人だ、好きなだけ飲み食いしてくれ。ここは儂の奢りだ」

「それじゃぁご馳走になります」

 と、サテラは、ナイフとフォークを器用に使って一口大に肉を切り分けた。そしてサラダを取り分け、ポトフを椀に注いで二人に給任した。スレヴは目を丸くしてその様子を見ていた。

「嬢ちゃん、肉ってのはそんな小綺麗に食うもんじゃない。骨にそって切り込みを入れたら……引きちぎってカブリつく!」

「豪快ですね、では私も」

 サテラは切り分けた肉を口に運ぶと、頬を緩ませた。滋味溢れる味わいが口に広がる。

「美味しいです。食料はちょうど尽きてしまってロクに食べていませんでした」

「山に入れば獣や魚がいる、食糧確保は旅にとって最重要だぞ」

「そういうな、優しい子なんだよ。それよりカイン。お前さんは酒はやらないのかい?」

 スレヴは、旨そうにアップルエールを飲み干すと、カインのグラスに酒瓶を傾けている。スレヴの顔はアルコールで少し綻んでいる気がする。

「体を温める時意外は呑まん。剣が鈍るからな、あまり好みではない。まぁ、酔うことはないが」

「そいつは残念、だがここは酒場だ。何を呑む?」

「温めたヤギのミルクを」

「嬢ちゃんは?」

「私もお酒はまだ飲んだことがないので珈琲を」

 スレヴは、やれやれと嘆息すると、ウェイターを呼んで注文を済ませ、二人に向き直った。

「改めて礼を言う、二人には世話になったな」

「これからどうする?」

 カインが肉を切りながら聞いた。

「当座の金は出来た。しばらくはこの街に滞在するわい」

「そうか、俺は南方の街カストナードに向かおうと思う。凶暴なグリフィンが出たらしい、ギルドの掲示板に討伐依頼が貼ってあった」

「嬢ちゃんは?」

「私も旅を続けます。でも旅に必要なお金が必要です。この街で怪我人や病の人はいるでしょうか?」

「先の戦争で不自由している奴は積む程いる。……だが医者の真似事か? サテラ、お前は自分の力を自覚した方がいい。あの力なんか使ったらお前が常人ではないことは明白になる」

「ノルーダではこの力で日銭を稼いでいましたよ」

「地方では通用したかもしれない。しかしこんな街中で使ってみろ、即座に見せ物か領主の小飼にされるぞ」

「確かにあんな奇跡は、安売りするもんじゃない。手っ取り早いのは肉体労働だな。皿洗いやレンガ積み、人手はどこでも不足している。娼婦になって身体を売る手もあるが、あまりお勧め出来ない。金は稼げるが薬漬けにされて一生男を欲しがる身体にされかねん」

 スレヴの言葉に臆したのか、サテラは息を飲んだ。

「では違う何か良い方法を……」

 その時だった、酒場の入り口の扉が勢いよく開け放たれた。扉は壊れてしまう程の迫力で。その音で喧騒で賑わっていた店内は、シンっと静寂になった。開け放たれた扉から、何人もの戦装束の男達が、睨みを効かせて入ってくる。

「先ほどギルドにより野盗の討伐で報酬を得た、カイン=レム=アンヘル及び、スレヴ=インクレイティブはどこか!?」

 その中の一人が、静寂を吹き飛ばす、野太い大声を、店内に響き渡せる。

「物々しいですね、どうしたんでしょうか?」

「う~む、何やらきな臭いな。儂は面倒なことになる前にずらかるぜ」

 スレヴは、テーブルの上の料理をかき集め、持っていた麻袋に詰め込むと、そそくさと裏口に向かった。サテラは、状況が飲み込めないのか、自分がどのような立場にいるのか、どうすればよいのかわからず、ただ慌てるだけだった。カインは二人を横目に残った料理に手をつける。

「貴様は……そう、貴様がカイン=レム=アンヘルか? 何をしている、早く出頭せよ」

 入ってきた男たちなど気にもせず、カインは自分の取り皿に盛った料理にナイフを入れた。

「見てわからないのか? 食事中だ、あとにしろ」

「貴様、我々が誰だかわかっていないのか?」

「知っているさ、その格好からして領主の近衛兵団の上位階層兵だろ」

「わかっていての狼藉か、噂に違わぬ傲慢さ。いくらレム一族とはいえ、逆らえば容赦はせぬぞ」

「逆らう? 俺は正当に貰った報酬でもって、節度ある食事しているだけだ。お前らにとやかく言われる筋じゃない、俺は腹が減って気が立っている。もう一度言う、あとにしろ」

 そう言って、肉の刺さったフォークを口に運ぶ瞬間、フォークは宙を舞った。近衛兵が抜いた剣でカインのフォークを弾き飛ばしたのだ。

「もう一度言う。早く出頭せよ」

 近衛兵のこめかみに、青筋が立ち、腕の筋肉は隆起している。剣はカインの喉元にあった。

「抜いたな……!」

 カインは、空いている手で、テーブルをひっくり返して隙を作り、近衛兵の背後を鮮やかにとると、宙を舞っていたナイフを取り、逆に近衛兵の首筋に突きつけた。手刀で手首を打ち、剣を落とすと、手首を捻りあげる。近衛兵は一瞬のことで、何が起こっているかわからなかったが、すぐ痛みで呻き声をあげた。

「貴様、こんなことをしてただで済むと思っているのか! 皆のもの抜け! こいつを反逆罪で引っ捕らえろ!」

 口角に泡を溜めながら近衛兵は仲間に訴えかけた。

「やめて下さい! ここはそんなことする場所じゃないはずです!」

 サテラは、近衛兵のような、殺意と暴力に満ちた訴えではなく、悲しみと礼節を訴えかけた。それはただの感情論で、誰の心も響かない。殺気で張りつめた空気は、さらに密度を増す。一触即発、その時だった。

「あら~ミダル、まだレム連れてきてないの? ってか逆に身動きとれなくなってるし」

 開け放たれた扉の方からの声だった。弦楽器の美しい音色のような声の主は、ウェーブのかかった金髪で、背が高く、目鼻立ちも整っていて、一見して美男子のようだった。ただ、瞳の色と整った髭は黒く、どこか油断ならない危険な香りと、緊張感のない軽い口調は、懐っこい空気を醸し出していたが、その二つは一つの個体の中で矛盾していて、容易に近寄りがたい怪しさがあった。

「カール隊長! 早くこいつを捕らえて下さ……ぐわっ!」

 カインはすかさず、ミダルと呼ばれた近衛兵の足を払い、地面にうつ伏せの状態で拘束する。ナイフは後ろから首筋の当てたままだ。

「お前がコイツらの隊長か、俺は腹ペコで気が立っている。騒ぎにしたくなければ、コイツを連れて領主の所に帰れ」

「そう、連れないこと言うなよ、レム。俺は穏便に、お前さんを招待しに来ただけさ。領主がお前をもてなそうと会を開いている。食事はそこで済ませればいいだろう。さ、ミダルを離してやっちゃくれないか?」

 カインは暫くカールを睨み付けていたが、ふっと嘆息すると、ナイフを床に突き立て、拘束していた腕を解いた。ミダルは床から這いつくばって、獣のような俊敏さで、カインから距離を取ると、手探りで自分の剣を探し取った。

「貴様! 容赦はせん!」

 剣を振りかぶったミダルだったが、不意に後ろ向きに吹っ飛ばされる。さっきまで扉に寄りかかっていたカールが瞬時に距離を詰め、ミダルの襟首を持ち、後ろに投げ飛ばした。

「レムは招待されてるって言ってるでしょうが」

 吹っ飛ばされたミダルは、後頭部を柱に打ち付け泡を吹いていた。

「手荒なことをして悪かったな、出頭しろとは言わないが、一緒に来てもらおう。ここは俺の顔に免じて納めてもらえるかソレ?」

 カールは、いつの間にか抜いたカインの剣を、指差す。

「……羊肉はあるか?」

「羊?」

「好物なんだ、柔らかくてクセがあって」

「あるよ。ローストでもボイルでもスチームでも、北方から良い香草が手に入った。旨いぞ」

「わかった、行こう」

 カインは剣を納めると、身仕度を始めた。領主に会うなら、それなりの格好が必要だ。鎧の汚れは、歩きながら落とすとして、よそ行き用の綺麗なスカーフを、首に巻かなくてはいけない。

「ところでこのお嬢さんはお前のお客人か?」

「いや、たまたま卓を一緒に囲んだだけだ。連れ合いでもなんでもない」

「ならば私が招待してもかまわないか? 見目麗しいレディだ。食事はまだでしょう? どうですか、ご一緒に」

 蚊帳の外だったサテラは、面食らったように目をパチクリさせた。

「私ですか? いいんですか、ご一緒しても」

「えぇ構いませんとも、領主は美しい女性には寛大です。何なら旅の疲れを癒す宿だって提供出来るでしょう」

「ありがとうございます、カールさん。でもカインさん、私もついて行っていいでしょうか?」

「好きにしろ」

 カインはスカーフを巻くと、ツカツカと外に歩き出して行った。


 領主の邸宅の近くまで着くと、パーティーが催されているのがわかった。フリルのドレスを着た婦人や、礼装に身を包んだ紳士がいた。芳しい料理の匂いもする。邸内には衛兵もいる。その中の一人が声をかけてきた。野盗のお頭と比べれば、まだ常人の域ではあるが、鎧越しにでもわかるほど、筋骨隆々の見上げる程の大男だった。

「カール、やっとレムを連れてきたか。老剣士のスレヴってのは、裏口から逃げ出そうとしたところを押さえて先に連れてきてある。領主がお待ちだ、早く行け。ん? なんだ、その女は?」

「この子は俺の客さ、さっき酒場で出会った。長旅で疲れているそうだ、俺はレムを領主に会わせる。カモシナ、お前はこのレディを丁重にもてなしてやってくれよ」

 そう告げてカールは、サテラを置いて、カインを邸の奥へと案内する。

「あの男は?」

「あぁあいつはカモシナ。ここの二つある大隊の隊長の一人、もう一人は俺だな。何となく武人の空気を醸し出していただろ? アイツの生まれは斉の国だ。体にも半分あっちの血が流れてる」

 ということは、海を渡って大隊長の格まで出世したのか、カールと同様腕はたつだろうと、カインは考えていると、豪勢な扉の前で止まらされた。

「しばし間をあける。声をかけるまでに、その具足の汚れを何とかしておいてくれるか?」

 カールが先に中へと入る。窘めるような不適な笑みを残して。確かに、右足の具足には、野盗の目玉の残骸が残っていた。カインは、扉の傍にあった花瓶の敷物を取り、汚れを拭った。

「入れ」

 声がして扉を開けると、そこにはゆうに三十人は座れそうな、長テーブルと椅子。その奥にカール、二人の黒服のメイド、そして食事の真っ最中の領主がいた。領主は、ナイフとフォークで、皿に乗っていた子牛のローストの最後の一切れを平らげる。

「貴様がレムか、なるほど確かにそれなりに雰囲気があるな」

領主は肉の食べカスをグラスの赤ワインで流すと、カインをまず称した。

「ありがとうございます。お呼びにあずかりました、カイン=レム=アンヘルです。命により参上し仕りました。で、何用ですかな。領主」

 領地は、ナプキンで口許を拭うと、もったえつけるように言った。

「そう慌てるな、腹が減っているのだろう? 今、料理を持ってこさせる。おい」

 領主は、手拍子をしてメイドに命ずると、メイド達は静々と、給仕に勤しんだ。そしてそれが終わると、メイドと一緒に、カールも部屋の奥へと下がっていく。領主は、新しく注がれたグラスのワインを掲げると、

「野盗狩りの勝利に」

 と言って、一息にワインを飲み干した。そして小箱に入っていた葉巻に擦ったマッチの火を点け、ゆっくりと紫煙を吐き出した。

「まぁ掛けろ。この度の活躍ご苦労であった。バルターズは、我が隊でも手を焼くほどの厄介な盗賊だった。さすがはレム一族といったところか。どうだ? 我が隊で腕を振るってみる気はないか?」

「それが私をここに召喚した理由ですか? 連れにスレヴ=インクレイティブという老剣士がいたと思いますが、あの者も?」

 領主との話の最中にもメイド達は、会話を邪魔しないように、出ていった時と同様、静々と料理や飲み物を運んでくる。

「……まぁ似たようなモノだな、この仕事が終われば、貴様には我が隊に所属して貰いたい。仕事内容は本国アストミルガの王子へのクーデターだ」

「ほぉ、それはまた物騒な話ですな。戦争でも始められる気で?」

「そうではない、戦争を未然に防ぐためのクーデターだ。アストミルガの情勢は、お前でもある程度耳に入っておるのではないか?」

「小国ながら、苛烈の王で在らせられたリンドバウム王は、御年六十三歳。もう老齢といっても良いくらいのお年を召している。鷹派で有名な息子の、ハイミル王子とは、王位継承権について長年に渡り確執が出来ていて、今も内に火を散らす争いが起きている。その王子を殺して、鷹派の勢力縮小で平静を保てと?」

「そうだ、近頃の王子の蛮行には手に余る。侵略による領地拡大に、リンドバウム王側の閣僚、側近の暗殺。さらには王の命さえも、手にかけようと計画しているとの情報もあるのだ」

「確か領主は、長年リンドバウム王に仕えていた豪傑が一人。王子に脅されでもしましたかな?」

「ふんっ知恵の回るやつだ。どうなのだ、貴様に王子は殺れるのか?」

「計画をたてるべく、わずかな時間と仲間たちに確かな報酬さえあれば。あの国で活動している一族の者も少なくないです、しかし……」

「なんだ?」

「小国とはいえ王子を殺すなどと、話をするだけでも恐れ多いことです。私のようなレムの一端に任せるのは、いささか腑に落ちません。もし断ったら……そうですね、この情報を王子側に渡したらと考えたらどうでしょうか?」

「私を強迫しようということか?」

「いえ、単なる交渉の一つです。王子へのクーデターほどの所業、我々はそれなりの対価を望みます」

「国家反逆者の徒になるのも今更であろう? 悦の国を滅ぼしたのも、貴様ら死神ではないか」

「それを言われては栓無き事。元々そういう生業の一族です。領主アルトシアサ様、いかがですか?

「わかった、言い値とはいかぬが手を打とう。王子抹殺が成功すれば国王からの恩赦も弾むだろう、もちろん綺麗な金ではないが」

「ありがとうございます、レム一族全力を持って任務完遂致します」

 カインは、出された料理には手をつけず、部屋を後にした。


 領主アルトシアサとの商談を終えると、カールとカモシナが廊下で、カインを待っていた。

「話はついたようだな、断ってくれないで良かったよ。もし断っていたら……」

「部屋の隠し扉から潜んでいた刺客が一斉に……か?」

「それに俺たちも加わっていたところだ」

 カモシナは、剣の柄に手を当てていた。察するに、あながち冗談でもないらしい。

「ゾっとしないな、料理にも混ぜ物があっただろ? カール、あれが北方から入った良質の香草か?」

 カインは皮肉を吐くと、カールは鼻で笑って返した。

「それくらい気がついてもらわないと仕事は任せられないからな、今食えるものを出してやる」

「いいや結構だ。それよりスレヴに会いたいんだが」

「あぁアイツなら宿舎に通してある、案内するか?」

「場所さえ教えて貰えば一人で行く。お前はサテラの……アイツの相手をしなくてはならないんじゃないのか?」

「それもそうだ。これ以上、姫を待たせる訳にもいかん。宿舎は、ここの廊下の突き当たりの2階だ。203号にスレヴはいる」

カインは、首もとのスカーフを緩め、宿舎に向かった。先に来たスレヴが、一介の老剣士が、領主とどのような取引をしたか、気になったからだ。長い廊下を渡り階段を登った。

「スレヴ、いるか? 俺だ、カインだ」

 203号の扉を叩く。

「来よったか、まぁ入れ」

 通された部屋は、特に何の変鉄もない、ベッドと簡素な机に椅子程で、クローゼットは無い質素な内容だった。一介の傭兵を通すには十分なものだが。

「……どうした、その顔?」

「酒場の裏口を出たところでガツンっとやられた」

 スレヴの右眼にでかでかと青たんが出来ていた。

「領主とどんな話をした? レムの俺ならいざ知らず、ロートルのお前が何故クーデターの話を持ち掛けられた?」

「ロートルならロートルの使い道があるわいな。年季と経験に期待しとるんじゃろうて」

「こうゆう経験はあるのか? 俺はある、2度だ。1度目は高級貴族、2度目は領主だったが、いずれも抜かりはなかった。何を取引した」

「ふんっ……まぁお前さんには、話しておかなくてはいかんと思うから話すよ。命を懸ける仕事だ。……実は姪が領主の情報網で見つかった」

「身寄りの無い流れ者じゃなかったのか」

「妹とは若い頃、戦争で生き別れてそれっきりだった、もう三十年になる。妹は流行り病で死んだみたいだが、姪は亭主と子供で、小さな商店をやっているらしい」

「今更陽の当たる場所に戻りたいか?」

「もう短い余生じゃ。最後は一人の人として、ベッドの上で安らかに死にたくもなるわいな」

「受け入れてもらえると思うか、人殺しのお前が」

「成功すれば、それ相応の身分を与えてくれるそうじゃ。儂は取り戻すぞ、人並みの生活を。なに、心配するなお前さんの知ってる通り、悪運は強い」

「生き残りたければ、精々男をみせるんだな。まぁいい。ところで、酒場で袋に詰めた食料はあるか?」

「酒場を出たところを、そのままに連れてかれたんだ。あるにはあるが、食えるもんなら、下にたんとあるだろう? 袋の中はシェイクされてるぞ」

「構わない、ここの料理は口に合いそうにないからな」

 スレヴは麻袋をひっくり返すと、机の上に残飯がベシャリと拡がった。カインは手袋をとると、無造作にそれを胃袋に詰め込んだ。

「旨いか?」

「なかなかだ」

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