ペイルスター

柳 真佐域

第1話『出会い』

「領主も野盗狩りにこんだけの人数集めるとは潤ってるねぇ。帰ったらぜひ自慢のアップルエールでも御相伴に預かりたいぜ」

 凹凸の激しい岨道を荷馬車が駆ける。木製の車輪は、裂け目や岩を乗り上げると、その車体を激しく揺らした。荷車に乗る武装した傭兵たちは、戦場へ赴くまでの時間を、思い思いに過ごしている。剣や武具の手入れに余念がない者。地方から来た傭兵仲間と、戦果や国々の情勢などの情報交換する者。仮眠をとりひと時の休息をとる者。幾多の戦場を潜り抜けてきた猛者から、殺しをして間もない新兵までいた。その中に、一人だけ明らかに別種の空気を纏っている者がいた。目は半分に伏せられ、うつむき加減で、呼吸は浅くもなく深くもない。凪ぎの日の湖面のような、穏やかさがあった。均斉のとれた筋肉質な体躯、顔には仮面が。腰かける床から肩に、もたれるように一振りの剣が立てかけられてあった。男の体には、確かに死臭に満ちていたが、それが歴戦の勇姿の証のようにもとれた。仮面と剣には、精巧に出来た工芸品のような紋様が、同じように施されていた。仮面は猛る鷹の面。おそらく造られたのは、産業が盛んな都市部ではなく、特定の農村だろう。そんな素朴さと、秘められた魅力があった。仲間と談笑する者の一人が、話題に飽きると、その仮面の男を一瞥した。蛇のような生っぽい視線だ。

「みろよ、蒼い頭髪にあの仮面と剣。天下のレム一族が人里に降りてきやがった」

 毛深い無精髭の口から、酒焼けしたしゃがれた声が響く。明らかに挑発と侮蔑の気がある声だった。

「金さえ払えば王だろうが殺すレム一族。レム一族が関わった戦場には草一本残らねぇ、女子供もだれかれ構わず皆殺しちまうんだ。いけねぇよなぁ戦の楽しみってもんを知らねえ、噂じゃ東洋で使う魔術ってのが出来るらしい。人を拐かしたり惑わしたりとまぁまさに魔性ってヤツだ」

 好き勝手謗る男を鵜呑みにするものは少ない。が、

「いかにも、俺はレム一族の者だ」

 泰然自若、仮面の男はけして大きくない、それでいて耳を良く通る訛りのない声で答えた。その声に真意を感じ取ったか、ある者は手を止め、口を閉じて耳を傾けた。

「確かに俺たちは殺しを一生の生業としている。俺たちの剣の前では、命は差別なく区別なく平等だ。殺した数、それで得た金、その大きさで俺たちの役割は『昇って』いくのさ。『高み』へ。生きている内は主人に、死後は神々に仕えその腕に振るう剣となる。一族に伝わる古くからの言い伝えだ」

 仮面の男は語る。

「それから、魔術を使うと聞いているみたいだが、少し違う。俺たちの使うのは魔法だ。魔術の本場は遥か南の大陸、クシャラクから渡って来たものだ。一緒くたにされるのは語弊があるな。魔の奔流は一筋ではある。研究され取り入れつつもあるが、まだまだ鍛練も錬成も、歴史と修行が必要だ。魔法ってのは一朝一夕には出来ない。血にまみれる鍛錬と膨大な知識と情報。そしてちょっぴりの奇跡、それらがないと成り立たない」

 仮面の男がそこまで言い終えると、無精髭の男は鼻で笑う。

「へぇ、じゃそのご自慢の魔法とやらを一つここで見せてもらいたいもんだ」

「残念だろうが、俺の使える魔法は実戦向きでね。見世物じゃない。それに人間風情にむやみに使わないのがうちの習わしでね」

「……化け物退治か。そういやレム一族には、魔物の生き血を呑んで精をつける、なんてヤツもいると聞くがあんたもそうなのかい?」

 興味をそそられたか、無精髭の男と、仮面の男との会話に割り込む者がいた。髪の毛も頬を覆う髭も、真っ白い恰幅の良い老剣士だ。頭には鋼鉄製の兜が、腰には手斧が下げられている。どちらも年季が入っていて熟練された戦士なのがわかる。

「いるよ。まぁ普通の人間が同じ真似をしたら、魔物の毒で確実に悶え死ぬがね」

 荷車の中がおぉ~といった感嘆の空気で包まれる。いつの間にか話題の中心が、仮面の男に移っていることに、腹を立てた無精髭の男が、苛立ち混じりの舌打ちを打つ。

―――まぁいい、金を持っているならそれを頂いちまうだけだ……。

 談笑は続いていたが、無精髭の男は、仲間に目で合図をかわすと、それ以降、目的地に着くまで不気味に口を開くことはなかった。


 野盗狩りは、思いの外手間を取った。盗賊たちは、渓谷で待ち伏せをしていて、さらには親玉が、巨木を組み合わせたような大男で、仕留めるまでにかなりの被害を齎したからだ。生き残ったのは仮面の男と先の老剣士、それに、無精髭の男と、その仲間二人の計5人だけだった。馬を引いていた御者を含め、乗っていた傭兵たちは、皆その大男に殺されてしまった。老剣士も肩に重症を負っている。ここでは満足に応急手当も出来ない。早く医者に診てもらわない限り、命は無いだろう。だが、野盗狩りが終わった今でもまだ、戦場の空気は緩むことなく張りつめたままだった。仮面の男とそれを取り囲むように、陣形を取る無精髭の男と、その仲間たち。皆、手には、鞘から抜き払われた剣があった。

「仕事は終わった、もう剣を納めていいと思うのだが?」

 仮面の男が言う。

「仕事は終わった、だがまだお前さんに用がある」

 無精髭の男が返す。

「お前さんの貯め込んでいる金の在処を吐いて貰おうか。それでなかったらお前さんを殺して、今回の分け前の取り分を増やす。どうだ? どっちに転んでもたんまり稼げるって訳だ」

 ふっと嘆息する仮面の男。

「俺から金の場所を吐かせて殺す。それくらいやってのけるだろ、あんたらなら。それくらい良い腕をしている」

「ふんっわかっているなら話は早い。命だけは助けてやるつもりではいたが……こっちは手練れが三人、素直に降参をすれば……」

 楽に殺してやる。そんな易い台詞を仮面の男は遮る。

「生憎こっちもこれくらいの修羅場は何度も潜っている。それさっき戦いを見ていなかったか? 荷馬車の中でも思っていたが、腕に自信があるなら剣で語れ。太刀筋が鈍るし、口を開く度、小物感が増すばかりだ」

 仮面の男の挑発で、頭に血が昇ったか、囲んでいた三人の円が、急速に縮まる。連携した良い動きだ。

「やぁ!」「はぁ!」「ぜぃ!」

 三方向から、同時に切りかかる男たち。それを寸でのところで、ヒラリと身を翻し躱す仮面の男。体のバネを最大限に、仮面の男は高々と飛び上がった。老剣士は薄れ行く意識の中、細くなる眼で見惚れた。きっとそれは地の加護を受けた魔法の一つ。地面を毬のように弾ませる事によって、仮面の男は人間離れした跳躍をみせた。そして、そこでみたのは、レム一族の剣舞の一端。猛烈な風切り音と鮮やかな太刀筋は、閃光のように閃き、そして洗練された華麗な舞は見るものを圧倒する。静と動が入り混じる矛盾と、最短最速な動きに、一呼吸で男たちを一刀一殺で銅と体を離れさせた。まさに疾風迅雷。剣の血を払うや否や、仮面の男は、老剣士のもとにすぐさま駆け寄った。

「出血が酷い、どうする」

 老剣士の肩からの出血は大きな血だまりを作っていた。

「一思いにやってくれ、儂も剣を生業としていた者だ。死に場所くらいわかっている」

脂汗を流しながら老剣士は、観念したように介錯を頼んだ。

「わかった、俺はこのまま街に戻る、何か言い残すことはあるか?」

 仮面の男は慣れた様子で老剣士に心残りを聞いた。

「儂は身寄りのない流れ者さ、待っている家族はいない。そうさね、お前さんの名前を教えて貰いたい。あっちでレム一族に会ったとき自慢したいわい」

 仮面の男は老剣士の言葉を意外に思ったが、最後まで一端の戦士としての誇りがあると感じ、こう答えた。

「カイン=レム=アンヘルだ。仲間によろしく言っといてくれ」

 カインと名乗った仮面の男は、老剣士の心臓に剣を一刺しにしようと、剣の狙いを定め、胸の高さに掲げた。老剣士は剣の切っ先を見つめ、そして静かに目を伏せた。

 そうして剣を突き刺す寸前である。

「待って下さい!」

 一人の女の叫ぶ声がした。振りかぶった剣は老剣士の、胸の紙一重のところで止まった。

「何者だ」

 問いただすカイン。戦士の誇りを掛けた介錯を邪魔したことで不埒者を諫めるような強い語気だった。

 藪の中から出てきた少女は、旅支度をしてはいるものの、身てくれは戦場には似合わない、花売りでもしていそうな町娘の姿をしていた。寒さ凌ぎの鴇色のポンチョに、腰まで届く、朱い長髪。肌の色は雪のように白く、見ると良く整った顔立ちをしている。歳は十六~七歳というところか。

「その人の命を終わらせるのは待って下さい、私なら助けられます!」 

「野盗の残党ではないだろうな、身なりが綺麗すぎる。だが医者でもなさそうだ。助けられるとはどういうことだ?」

 近づく少女に、カインは再び問いかける。

「話はあとです、まずはこの人の傷を治療します」

 駆け寄って少女は、老剣士を挟んで、カインと向かい合った。地面に膝をつくと、手を胸の前で組み、祈るように瞼を閉じた。すると清澄な空気の中、少女の手の中から美しい光が溢れ出す。その光は今までカインが見てきたあらゆる景色、絵画、財宝よりも美しく輝いていた。命が光に変換出来るなら、きっとこんな色をしているんだろう。少女は老剣士の側に寄ると、手の中に作った光を傷口に当てた。光は傷に染み渡るように移っていった。みるみるうちに、老剣士の肩から吹き出していた血が止まっていく。そして傷口は塞がり、肌は健康的な色を取り戻した。

「おぉ、痛みが、熱がひいていく……これは奇跡か。儂は白昼夢をみているのか」

「ふぅ、これで大丈夫です。傷は治癒しましたけど、絶対に無理はしないこと。二~三日は無理せず静養してください」

 少女は額の汗を拭って忠告した。

「ありがとうよ、お嬢さんおかげで助かった」

 生気を取り戻した老剣士を見て、良かったとにっこりと笑う少女。老剣士には、少女が聖母のように見えているに違いない。だがカインは不信に、不思議に思った。光の加護。話には聞いたことがある。カインの記憶が正しければ、この少女は天空大陸『ペプルスチカナ』に住む天人だ。ペプルスチカナは、今は失われた古代の技術によって、大陸ごと空に浮かぶ天空大陸だ。ほとんど伝説に過ぎない話。空を飛ぶことの出来ない地上人は、その存在を神か天の使いかなどと風聞する。

「おい、お前。遥か天人様が何の用で地上にいる」

 カインが問いただすと、少女は恭しく答えた。

「一月くらい前に、ここより北のノルーダ地方の辺境に、空から星が降ってきたことがあったのは知っていますか?」

「確かに街で噂は聞いている。文屋もでかでかと記事を書いていたからな」

 少女は正面を切って二人に告げた。

「それは私なんです」

「故郷を追われたか」

「わかりません、記憶が朧気なんです。でも帰る方法を探して旅をしています」

「ほぉ、旅を。帰る、つまり空を飛ぶ方法があるというのか。あるとすればお前の故郷はとっくに焼け野原だろうがな」

 現存するならペプルスチカナの情報は、どんな国でも、喉から手が出るほど欲しいものだし、是が非でも手中に納めたい。もし古代兵器の使用方法や、失われた技術の、一端でも知ることが出来たなら、簡単に世界地図を描き変えられる。それほどの力が、ペプルスチカナにはある。数々の内乱で文明は滅びこそすれ、そこには古の戦争で使われた兵器や、数々の戦争で得た、宝石や金銀財宝の戦利品が、今も眠っているという。もし少女の言っていることが本当なら文字通り天と地を揺るがす大事件だ。

「この辺りは女子供が一人でうろつけるほど治安は良くない、どうやって切り抜けた」

 戦いの最中とは言え、息を潜めていたにしても気配を感じなかった。

「この力のお陰です、光を屈折させて身を隠せる術もありますから。先程までは物陰で息を潜めてやり過ごせないか見ていました」

「何故出てきた」

 カインはもっともらしいことを聞いた。それに対して、さも当然のように少女は答えた。

「救える命があるなら当然のことだと思います。あなたは人を殺し過ぎる、何の躊躇いさえない」

「それがレムだ。そう育てられ、そう生きてきた」

 散らばる骸の数々、そして静寂。戦場の死神とも呼ばれるレム一族。その活躍の歴史は長く、多くの者の語り草となっている。

 東洋の大国『斉』のある伯雷豪大陸と、海を挟んだ西洋のストーンコーラル大陸の間に浮かぶ、その島の名はレムスタン。一族と呼ばれているが、王を持たないだけで、その規模は小国に匹敵する。族長を筆頭に、独自の社会が形成され、法と生きる術を、物心つく前から教え込まされる。およそ薫陶とは言えぬ、血の滲むような修練を経て、偉人、大人物の暗殺。凶暴化した魔物の討伐。ならず者、おたずね者の賞金首。大商人などの重要人物の用心棒、戦争に派遣される傭兵等の仕事を、年長の者とバディを組んで学び、十六歳で初めて単独での仕事を行う。それからは、旅をしながら、自ら生計を立てて暮らしていく。カインは今年で二十五歳になる。自分の延びしろや、出来ること出来ないことの、分別がついてくる頃で、体力もつき、生涯で一番体のキレのいい年頃だ。三十五歳を越え、技に衰えを感じ始めると、レムスタン島に戻り、子孫反映や、後進育成を行う者が多い。

 レム一族の男は、故郷に帰り、戦果を報告や旅で得た情報を交換すると、色濃い血と技の遺伝子を持った子供を作るために、村の女と片っ端から同衾する。腹に子供がいない限り、適齢期の女がいれば再現なくだ。それは血のつながった姉や親族でも例外ではない。妊娠するまでに、複数人の相手と寝るため、直接の血の繋がりがわかるのは、母親だけとなる。そうして反映していくレム一族は、長年の近親相姦は、特殊な体質を備えることになった。魔力だ。魔力はあらゆるものの根源を司る力で、自然界にいる精霊から取り入れたり、生け贄や魔法道具をもとに、特別な魔方陣を描いて発動させたりと、形態は様々ある。世界には、たくさんの魔法使いや魔術師はいるものの、その中で、レム一族の魔力は、頭一つ飛び抜けていた。そうして、魔法を駆使して戦う姿から、魔法剣士とも呼ぶものがいる。

 カインと少女とは決定的な違いがある。奪う者と救う者。戦場に於いては相反する矛盾の存在。少女に、今さら命の大切さを説かれたとて、カインの耳には、何一つ届かないだろう。だが、少女の強い眼差しに、カインは自身でも何とも形容し難い、何かを感じ取った。

「俺達は街へと報酬を貰いに引き返す、お前はどうする?」

「良ければ同行させていただけませんか?」

 先ほど大立ち振る舞いを演じていた人殺したちを相手に、少女の肝は太かった。しかし、気丈に隠す微かな震えが分不相応とも言えた。

「儂は構わんよ。なんせ命の恩人だ。大いに結構」

「報酬にはそれ相応の対価が必要だ」

「お金なら路銀程度しか持ち合わせていません、何をすれば?」

 カインは血の滴る剣で辺りを指す。

「こいつらの首をはねるのを手伝え」

「え……」

 少女はカインの慈悲なき言葉に息を詰まらせた。

「野盗狩り終えた証明だ。命のない骸はただの肉だ。ここまで来るまでに、人が死ぬのは見てきただろう。まさか初めてだとは言わないだろうな」

「でも、そんな酷いこと……」

 みるみるうちに少女の顔が蒼白になっていく。助け舟を出したのは、多大な恩義を感じる老剣士だった。

「そうだ、カイン。嬢ちゃんの手を血に染める事はない。儂ならこの通り動けるようになったからな。この嬢ちゃんがいなかったらお前さん一人でやらなきゃいけなかっただろう。その分を儂が肩代わりする。それでどうだ」

 康健そうに肩を回して、老剣士は言った。

「ふんっなら馬車はまだ生きてる、馬の世話でもしておけ」

 カインは剣の血を振り払うと、剣に残った血脂を懐紙で濾し取る。そして、背を向け、野盗の親玉の方へと歩いていった。

「なに、気にすることはない。殺ししか知らん男だ、お前さんみたいなのを簡単には受け入れられんのだろうよ」

 老剣士は少女の肩に手を置き慰める。

「すみません……」

 謝ることはない、と言うように老剣士は、少女に手を振ると、カインと同じように歩きだした。

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