第32話

 幹也は乙女にマイク代わりの駄菓子を差し出した。

「ヒーローインタビューやる?」

「要らん! あんなの勝負なしだ!」

「個人的には乙女さんにMVPあげたいけどなあ」

 和井田もニコニコしながら指を回す。話を聞いていない。

「そうだぞ乙女くんー。貴君の車体の方が先にゴールしただろう? 立派な勝者だ。胸を張りたまえよ」

「張れるか‼」

 刺々しく叫び返すも、乙女は涙を滲ませて自身のアバターをゴール地点へ向かわせる。

「……うう……悠真の作った戦車が……みなから受け取ったモータが粉々に……」

 確かにゴール地点以降は平地が続いていたが、吹っ飛んだ車体が無事でいられるはずがない。当然と言ってしまえば当然のごとく、乙女ちゃん号は着地と同時に砕け散っていた。

 KY号は車体の下半分のみが残って沈黙している。

 悠真は寝不足と緊迫感でグロッキーだが、モータの提供者である先輩三人は何のことなしに言う。

「俺と紀衣香は気にしないよ。このゲームに真剣になってるわけじゃないし」

「うん。乙女ちゃん、楽しんでたもの。それだけで十分」

「私も気にしないにゃん」

「ありがとう……」

 紀衣香が長机の向こうから身を乗り出す。

「ところで私の血を吸ってみてほしいのだけど!」

「悠真以外は嫌だ!」

 机に突っ伏していた悠真がほんの少し痙攣する。

 のろのろと起き上がる彼に、紀衣香から逃げる乙女が抱きついた。

「ぐはあっ……」

「あーあー、そこのカップル? ちょっとお時間良いかな」

 そばまでやって来た和井田に呼びかけられ、二人で向き直る。

「……なんだか私に苛立っている様子だったが、今は大丈夫?」

「あ……はい」

「構わぬ。手加減されてのこととはいえ、カーブで追い抜いた瞬間に気が晴れた」

「それは良かった」

 ほっとする彼女だが、乙女がじとっとした目で睨んでいることに気付いて気を引き締める。

「なぜ大砲を撃とうとした?」

「おや」

「……視界ので指の位置を変えるお前に嫌な予感がしたゆえ、その首に髪を当てさせてもらった」

「…………。読心能力、反則じみてるね」

 和井田は首に手を当ててそっとなぞる。

 乙女の黒髪はとうに離れているが、気にせずにはいられないのかもしれない。

「最初は普通にレースで勝ちたかったんだが。とはいえ、本気でやる気はなかった。……しかしながら、貴君がいい走りを見せるものだから負けたくなくなっちゃってね! 実装した大砲をぶちかましたくもなったから、ドカンと景気よくやろうとした次第」

「平気で壊そうとするのだな、お前」

「私は人の喜ぶ顔も悲しむ顔も怒る顔も何もかも大好きだから!」

 和井田の隣では羽菜が諦め顔をしている。

 それすら愛おしげに眺めて、彼女は微笑む。

「だがまあ……うん。破壊を止めてくれたことはありがたい。衝動のままに撃っていたら、貴君らとの間に溝ができていたかもしれない」

 羽菜は小さく毒づく。

「自爆で溝ができてるとは考えないんです?」

「えっ……」

「考えてないんかい。……考えられないよね、和井田先生だもん」

 愛弟子の反応におろおろする和井田だったが、やがて乙女に向き直って頭を下げる。

「と、ともあれ。ごめんなさいだね」

「許す。お前にはひとかけらの悪気もないのだから、これ以上は責めぬ」

「…………」

 彼女は乙女に問いかける。

「なぜエンターだと決め打ちした? それとも、思考を読み取っていたのかね?」

「読むまでもない」

「……?」

 不思議そうにする彼女に、乙女が赤い顔で告げる。

「発射するなら一番大きなキーで格好良く押したい! これぞ真理であろう‼」

「っあはははははは‼」

 こんなにも大はしゃぎする姿を悠真は初めて見た。

 それは先輩研究生たちも同じだったのか、ぽかんとしている。

「ふん。そんなだから、設計も操縦もド素人のわたしにさえ挙動を読まれるのだ」

「あはは、ふ……そうだね。人類みな、心に少年と幼女を飼っている生き物だ。そこに磯女も当てはまるとは!」

「言っておくが、私はそれなりに人間に近いぞ」

「知ってる。……そうでなければ、協力はまだしも競争のお遊びには付き合ってくれない」

「……ふん」

 続いて、和井田の視線は悠真に向けられる。

「意識朦朧とした中でも、何か言いたいことがありそうだ」

「あれは、バトルではなくレースですよね」

「うん?」

「戦いをするなら、少なくとも両者が火器を備えた状態で始めるべきですよね?」

「あー。そういうこと?」

 悠真の少しの怒りを感じ取った和井田は、肩を竦めて降参する。

「そうだね。……じゃあ、今回はきっちりと私の反則負けとしよう」

「むう……次は正面から勝つ」

「再戦はいつでも受け付けちゃうぞ☆」

 ピースサインを見せて、彼女は羽菜の隣の自席に座る。

 羽菜がその襟首を掴んだ。

「……エンジン、どこで手に入れた?」

「ははは、自分で考えたまえよ赤嶺くーん。最年長だろー?」

「私の方が先にやってたのに、抜かされるなんて……!」

「これが年の功だよ」

「ずいぶん暇ですね、准教授さん!」

「3週間のハンデなど私にはあってないようなもの……悔しかったらやりこみたまえよ。ゲームの醍醐味だぞ?」

「うっさい!」

 全力で煽る和井田と憤慨する羽菜は、まるで子供の喧嘩のようだった。

 元気な様子に乙女と悠真が脱力していると、袋を持ってやって来た幼馴染コンビが菓子を進呈してくれる。

「お疲れ様ー!」

「おつ」

「ありがとうございます」

「ありがとう……」

 経口補水液とともに糖分を味わう。

 幹也が暢気な調子で言った。

「またなんか勝負してよ。実況やるからさ」

「無茶をおっしゃられますね、先輩……」

 紀衣香はいたずらっぽく笑って悠真の口にチョコレートバーを突っ込む。

「もがっ」

「闘志に満ちた悠真くんなんて初めて見た。これはご褒美よ」

「え……満ちてましたか?」

「うん。とっても」

 やはり自分自身のことはわからない。

 なぜかそのまま目の前であーんしあう幼馴染コンビのこともわからない。

 世の中はわからないことだらけだ。

 不安・寝不足・緊張等々で疲弊する悠真の隣で、乙女は二人に質問を投げかける。

「結局お前たちは恋人ではないのだな?」

「「うん」」

 迷いない即答が恐ろしい。

「……そうか」

 しかし、乙女は続けてこう言う。

「ならば――いつかはそうなれるとよいな」

「「…………」」

 言われた二人は呆然としながらもゆっくりと視線を交わす。

 そして、赤い顔で恥じらい始めた。

「……なぜそうなる?」

 ますますわからないが、はっきりと言えるのは、お互いへの恋心の種がきちんとあって、それが乙女の指摘でなぜか芽吹いてしまったらしいということ。

 これを《乙女ちゃん観察記》に書くかどうかは迷ったが、乙女を含んだ人間関係の観察も研究の一環であると思いなおし、書くことにした。

 悠真がパソコンでメモをとっている間にも、微妙な距離感で何やら言い合っている。

「幹也は私のお世話係! 恋人とか……ありえない」

「俺も紀衣香の世話係だし……付き合うとかちょっとありえない」

「ずっと世話係でいてね!」

「うん。俺も恋人見つけ――いっで⁉」

「私がいるのに恋人とか要らないでしょ⁉」

 紀衣香は論理が破綻していて、幹也は認識が破綻している。

 いずれまた胃の痛い場面に出くわすと思うだけで、悠真は胃が痛かった。

「乙女くん」

 モニターや配線の片づけを終えた和井田が乙女に手を振る。

「なんぞ」

「楽しい勝負だった。貴君にとってもそうであれば、私は嬉しい」

「……うむ。楽しかったぞ」

 その返答に微笑んで、自身のノートパソコンでゲーム画面を見せる。

「あと、エンジンは辛うじて無事だった」

「!」

「これは共有財産としよう。燃料、もしくはその原料の目星がついたら、お互いに協力するということでどうかな?」

「ありがとう」

 空中で拳がぶつかる。

「次は正面から……自力で作った戦車で挑む」

「望むところだ、お嬢さん」

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