第31話

 和井田のアバターは以前に見た筋骨隆々の男性から、鱗が浮き出た青い皮膚の女性へと変わっていた。

「誰かわからなかったぞ」

「しっくりこなくて試している。すまないね」

 出現させた戦車に乗り込む和井田アバターと、呼び出したのみで乗り込まない乙女アバター。

「あ、搭乗機能はさすがにないか」

「うむ。というかこのゲームでは乗る必要がないのでな。お前がこだわり過ぎなのだ」

 バッテリーやモーターのオンオフは好きなキー・好きなボタンに割り当てられるようになっている。乙女はコントローラ操作を選んで構えていた。

「準備いいすか?」

 それぞれが頷く。

 幹也は打って変わって豊かな表情と声量で実況を開始する。

「舞台を変え進化したコースで、熱きレースが再びの開幕! 変態挙動のKY号に挑むは、新進気鋭のホープが設計・作成を行った乙女ちゃん号!」

「わー♪」

「ぱちぱちぱち」

「レースの実況はわたくし砂島幹也。解説は赤嶺羽菜さんが務めます!」

 紀衣香と観戦するつもりでいた羽菜が顔を引きつらせる。

「先に言えよ」

「二台の戦車は横一直線に並んでおります。カーブに対して内側に乙女ちゃん号、外側にKY号の配置。赤嶺さん、これはどういった意図でしょうか?」

「……物理的に、カーブの外を回るよか内側めがけて走っていく方が速い。なんで、徒競走だとゴールまで公平になるようスタート地点をずらすんだけどー。ま、これくらいはハンデってことじゃないかにゃ? あと、KY号が初っ端から内側に陣取っちまうと乙女ちゃん号が抜かせる可能性はゼロになっちゃうね」

「なるほど。手に汗握る勝負を期待してのセッティング。乙女ちゃん号設計者でもあるレースのプレゼンター:岸里悠真氏の交渉力が光ります」

「うぇっほ、げほっ⁉」

 光らせた覚えのない悠真は、いきなり名前を出されて経口補水液にむせた。

 紀衣香がにんまりしている。

「幹也ってば凄いでしょ?」

「……すごく……すごい、びっくりしました」

「ふふ、でしょー」

「…………」

 宝物を自慢するように幹也を眺める紀衣香の中にも、恋の種があるのだろうか。

 そんな思考をスリーカウントが遮った。

「3、2、1……スタート‼」

「ではレッツゴーだ!」

 和井田は躊躇なく大人げなく、加速用のJキーを押し込んだ。

 直線を駆け抜けるKY号は想像以上――というより、以前とも比べ物にならないほどの速さ。

「な、なんだあれは⁉ 乙女ちゃん号をみるみる引き離し、KY号がカーブへ一直線に向かっていく――‼」

 乙女もフルスロットルにしているが、それでも距離は広がっていく。

 KY号から響くのはモーターの甲高い叫び声ではなく、重々しい駆動音と独特な排気音。

「……まさかエンジン?」

 悠真が呟くと、乙女が問う。

「自動車と同じのだな。どうすればよい?」

「向こうは小回りが利かないから、カーブで減速はするはずだけど……」

 乙女ちゃん号はすでに最高速だが、追いつく気配はない。

 設計者の悠真には、このまま走るしかないという諦念があった。

「わかった」

 エンジンは馬力で勝るが、加速減速のオンオフと小回りの良さではモーターに劣る。

 その証拠に、カーブに差し掛かったKY号は急減速して車体を滑らせ始めた。

「相変わらずのキモいドリフト! しかし乙女ちゃん号も追いかける‼」

「あはは、さすがに轢き潰しそうで怖いな」

 和井田は抜け目なく内側めがけて車体を傾けていく。

 だが、乙女は予想外の挙動をとる。

「はみ出してはいけないと言わなかったゆえ、通るぞ!」

 ――砲塔部分を犠牲に、KY号とコースを縁取る瓦礫の間に自機を滑り込ませた。

「お、度胸がいい」

「褒められてもあまり嬉しくない」

「……なんか貴君、さっきから私への当たり強くない?」

「うるさい!」

 間一髪で乙女ちゃん号が曲がりきる。潰すことを厭った和井田がKY号を離したのもあって、ほんのわずかにアドバンテージが生まれた。

「わたしは勝つ」

「こちらとしては、なぜ怒ってるのか教えてほしいんだがね」

「そういうところも腹立たしいわ‼」

「……えー」

 ギスギスした会話が聞こえようと、幹也はお構いなしで実況している。

「さあ、両者カーブを抜けた! 砲塔を失った乙女ちゃん号と後部破損のKY号! わずかにKY号が分が悪いか⁉ 解説の羽菜さん、この展開は⁉」

「あのキモドリフトは数フレーム単位の微調整だから、ちょっと外れるとフッツーに車体を擦るっぽい。KY号の判断ミス」

 実況解説を聞いて気付いたが、確かにKY号の右キャタピラが歪んでいた。だが、走行速度自体はほとんど落ちていない。

 設計者目線でレースを見てしまう悠真にとって、倒れずもつれず走るバランスが恐ろしい。

 和井田はどこまで想定して戦車を設計しているのだろうか。それとも、力業で調整しているのだろうか――

 そんな想像をした瞬間、KY号の砲塔がぐるりと回る。

「「「‼」」」

 乙女のみならず、実況解説をしていた幹也と羽菜、観客として見守る紀衣香と悠真までもが息をのむ。

 しかし、黒髪が目にも止まらぬ速度で和井田のキーボードに殺到した。

 和井田が押し込もうとしても動かない。

 KY号の進行操作が緩んだ隙に、乙女ちゃん号が距離を取る。

「おっと、ここで場外乱闘か! なんと、乙女さんの髪が先生のエンターキーに絡みついている‼ どうしたまさか、砲撃を現実から防いだというのか――⁉」

 初めて和井田が驚きの表情を見せ、それから狂猛に笑う。

「物理的に封じるなとは言ってなかったね‼」

「実装した火砲を対人に撃っていいともな……!」

 乙女ちゃん号は最後の直線で半分を超えた。よろけた車体を立て直すのに手間取ったKY号は未だに4分の1。

 このままなら、勝てる。

 悠真が固唾を飲んで趨勢を見守っていると、和井田がJキーとエンターから右手を離す。

「仕方ないから普通に頑張るよ」

「最初からそうせい!」

「うん」

 彼女はため息をつきつつ、空いた右手をスペースキーに添える。

 そして、あっけらかんとした声で告げた。

「――普通に自爆するね☆」

 その瞬間、轟音と共にKY号が上下に分かたれる。

「……ん? お前、何を」

 ロケットブースターのごとき、爆発的な加速。轟音は爆薬の炸裂音と思われる。

 瓦礫の撤去に爆薬を用いたのなら、戦車に仕込めない道理はない。

 車体後方に指向性を持たせて仕込んであったのだろうか、KY号の砲塔はやや浮き気味に勢いよくかっ飛んでいく。

 画面の端には「Y子さんが死亡により帰還」と表示されており――

(ほ、ほんとに自爆した……⁉)

 和井田の大人げなさに悠真の思考が停止しかける中、目を疑う勢いでされたKY号の旋回砲塔は、乙女ちゃん号の背を押すようにしてゴールラインへ向かう。

「両者突っ切って――今、ゴールです‼」

 観客と解説が唖然としていようと、忠実な実況者は高らかに叫んだ。

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