第29話

 先ほどの戦車の速度を思い返しつつ、形状のバランスを考える。

「上手いのう」

「そ、そうかな? ありがとう……」

「なぜ照れる」

「褒められるの……慣れてなくて。受け止め方が下手くそというか、そんな感じ」

「……お前は和井田の弟子だな」

「嬉しくないような気がする」

 乙女は先ほどから悠真の首筋に髪を触れさせており、思考や感情をある程度読んでいる。

 読み取りを終えてか、髪が離れる。

「……謙遜かと思っておったが、本当に勝てる気がしない状況だとは」

「だって、1年と准教授じゃどうしようもないし……」

「む」

「でも、陳腐だけど……乙女ちゃんとなら頑張れる」

「……んふん……」

「ほ、ほんとにそう思うんだよ。本当だよ」

「わかっておる。……純粋さが愛おしい」

 チャットに返事はなかったが、フレンドからの訪問申請が届いた。

 ユーザ名は《みきたん》。

「ん?」

「幹也からだな」

「なぜこの名前……⁉」

「紀衣香がつけたと聞く」

 乙女は髪でエンターキーを押して承認。

 基地のそばに出現した幹也のアバターが、ギフトボックスを置いて去って行く。

「あやつ宇宙服のままだぞ……物臭ではないか?」

「いや、デフォルトのままなとこが幹也先輩らしいよ」

 続いて間を空けず、《きっかたん》から申請が届く。これは紀衣香だ。

 承認すると、動作がおかしい宇宙人型アバターが危なっかしい足取りでギフトボックスを置きに来る。

〔6—e、ss;ogq〕

「なんかあの銀色生物怖いのだが⁉」

「あー……紀衣香先輩……平仮名入力をしてるつもりで失敗してるんだと思う……」

 悠真は手元のキーボードを見て、紀衣香の奇声を文章に変換する。

「日本語に直すと『おーい、ととれらきた』。……『おーい、届けに来た』? 手が滑って送信しちゃった感じじゃないかな」

「あやつ、それでよく文章を書いておるのう。大学生であれば、文字を書く機会も多いのではないのか」

「紀衣香先輩の文章は幹也先輩が全部書いてるよ」

「…………」

「あ、文章自体は紀衣香先輩が考えてるんだけど……キーボードを使えないから幹也先輩が代筆しててね。そのおかげでタイピングが速い幹也先輩はゼミでよく書記を」

「わからぬう……わたし、あやつら、わからぬ」

「僕もわかんない……」

 しかしながら、普段は触れるのも嫌がるキーボードでゲームを操作し、メッセージ入力までしてくれたのだから、彼女も乙女を思っているのだろう。

 手を振って去って行く宇宙人に、悠真と乙女もアバターで振り返す。心がほっこりした。

「羽菜だ」

 申請は《アカハナさん》から。赤嶺羽菜そのままのネーミングだ。

 ウサギの被り物をした侍アバターが、幹也や紀衣香と違ってスムーズな動きでそばまでやってくる。

〔バカップル諸君、おっすおっす。拙者、お届け物に来たでござるよー〕

「拙者とな。こやつが侍であるからか?」

「たぶん……」

 羽菜の趣味はサブカル全般とコスプレだそうで、役になり切って楽しむ姿はよく見る。

 侍はボックスを置いて、手を振りつつ去って行く。

 悠真も手を振りたかったが、やり方がわからず断念。研究室チャットで三人へのお礼のメッセージを送信する。

 ボックスを拾い集めて開くと、合計6つのモーターを獲得した。

「よし。作ろう」

「うむ」

 あとは厚意に応えるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る