第28話

 結局、先に約束したのだからという悠真の意地と、仲直りのお詫びだという乙女の意地とで、夕飯は折衷案となった。

 悠真宅で、アジのなめろうを刻む乙女が言う。

「何度思い返しても……和井田の戦車の完成度に敵わなかったのが悔しい」

 トマトソースを炒める悠真が応じる。

「先生はたぶん、あれを勝負とさえ思ってないんじゃないかな」

「なぜだ。見せつけるような真似をしておいて……あやつ、お手本とか言いながら、素人のわたしを引き合いにして大人げのない作品を……‼」

「……うーん……」

 確かに大人げない行為だったが、あの和井田が相手を踏みにじる真似をするはずはなく、また、相手に合わせた手加減などできるはずもない。彼女は何であろうと真剣に挑む姿勢を好み、敬意を払う人間だ。

 それを踏まえれば純粋な善意だと考えられる。

 彼女の人となりを知る悠真は苦笑こそすれ、乙女ほどの怒りや悔しさが沸いてくるわけではなかった。

「でも、和井田先生はプロだし……」

「あやつ戦車のプロなのか⁉」

「ええー……?」

 彼女は大学准教授だ。兵器開発に参加したことなどない。

「でも、先生なら本物の戦車も設計できそうだなあ……」

「むうう!」

 ぷんぷんする乙女は出来上がったなめろうをお椀に盛り付ける。

 悠真もトマトソースをパスタと和えて盛り付ける。

「……そもそも、どうして私の戦車が走行不能に陥ったかすらもわからぬ……壊れたままでは、原因を追究することさえままならぬではないか」

 彼女はおそらく、和井田と実力差があると知っていても、その差に想像がついていない。

「悠真はあれの速さに勝てるか? さーきっととやらを駆け抜けられるか?」

「和井田先生の戦車には勝てない……と思う。勝つ自信がない」

「む……」

 眉根を寄せる乙女に、自分に足りない言葉を付け足す。

「先生はモノづくりのイロハ以外にも、ゲームの仕組み自体に深い造詣があるんだ。それがつまりはプログラムってことなんだけど……これが僕には明るくない分野。できなくはないけど、自分自身のモノづくりの腕と比べたら素人レベル」

 できないと言い放つのみでなく、なぜできないのかを不安要素とともに伝えていく。

「車輪に例えればサイズが左右で大小違うみたいな状態」

「……満足には走れぬな」

「そうなんだ。あとそもそも、先生と僕では技術と知識が土台から違う。勝てる気がしない」

 大学1年生と大学准教授。そこには到底埋められない差が存在する。

 ましてや和井田は、弱冠29歳で准教授に就任した鬼才。詳しい経歴を知らないながら、海外留学と飛び級を重ねてのことだと聞く。

 そんな相手に、相手の得意分野で挑む。むしろ勝てる方が奇妙とさえ言える。

 いつもの悠真なら端から挑みもしない勝負だ。

「でも、乙女ちゃんのためなら頑張れるよ」

「……」

「というか、僕もやってみたい。乙女ちゃんと一緒に遊びたい。……あの速さに勝てる保証はないんだけど……より良いものを作っていくことなら、僕にもできるよ」

 悠真は彼女の輝く瞳が何より美しいと思った。

「信じてくれる?」

「…………。うむ!」



 互いの料理におかわりを繰り返す夕食を終え、座布団を繋げて二人座る。

 銀太郎の画面には、材料の足りず輪郭のみの戦車が映っている。製法選択の画面だ。

「これ、材料がないままでもいじることはできる?」

「いや……完成したものを登録してあるのみで、何もなしには実物を触れぬ」

「そっか……」

 乙女の作った戦車を改良するか、悠真が一から作るか。

 どちらを選んでも、最低限の走行が可能な戦車を作るには動力が必要だった。

 鉄板は設計の改良でなんとかするとして、モーターが決定的に足りない。

「……和井田先生のを見る限り、モーターはフィールドに複数あるみたいだったけど……」

 カーブを曲がるには、左右のキャタピラの出力調整が必要だ。電気抵抗も変圧器もないこのゲームで変態挙動を実現するには、モーターを複数割り当てるしかないと悠真は見立てていた。

「軽く探索しておるが、見当たらぬ」

「……そっか、わかった。これ、モーターを使って潜水艇を作るんだ……」

「‼」

 小さい割に馬力たっぷりで浸水に耐えるモーターと、ダイビングに使った酸素ボンベを、鉄板で作った機体とスクリューに組み合わせる。

 そうすれば潜水艇の出来上がりだ。

 おそらく、以前見たあの暗闇の先に大量のモーターがある。

「こ、このゲーム、リセットがないのだが……!」

「わかってる。大丈夫」

 さらにおそらくは、自分たちのようにモーターを使って壊してしまった人向けのリカバリもどこかにある。

 だが、金曜日のゼミまでに戦車を作り、突貫工事で調整を終えるとなると……見つかるかわからないままではプランが不透明極まりない。

「挑むのは、来週でも再来週でも良いのではないか?」

「和井田先生はあれを半日以内に作り上げてるんだよ。僕らは四日もあるんだから」

 それに、和井田は飽き性だ。一週間後に戦車を作りましたと持って行ったとしても「まだやってたんだ? すごいねえ」で終了する。

「その『すごい』は、『私はもう飽きたのに』という嫌みのような尊敬。羽菜先輩談」

「……大人としてどうなのだろうな」

「僕も正直同感なんだけど……面倒を見てくださっている先生をそう待たせられないというか」

 宛てがないわけでもなく、悠真はチャットで先輩たちにモーターの提供を呼び掛けている。

 乙女にスマホの画面を見せると目を細めた。

「む……」

「返す約束で借りる」

「……それでも良いのか?」

「先輩たちに頼っちゃいけないって言われてないからね」

 戦車の造形を考えながら返事を待つ。断られたらモーターを探すつもりだ。

「第一、これは意地の戦い。ルールはどこにもなくて、ただ単に和井田先生を驚かせるためにやるんだから」

 悠真は自分の物言いに自嘲する。

「……先生に勝手に喧嘩をふっかけてるようなものだし、乙女ちゃんを手伝いもしなかったのに、なんかごめんね……」

 恋人を矢面に立たせた自分の情けなさに、何度も頭を下げる。

「そんなに謝るな。謝るだけ謝罪の価値は安くなるのだ」

「ごめん」

「また謝った」

「う……く、口癖でして。どうかご容赦を」

「許す」

 もたれる彼女と画面を覗き込む。

「とりあえず、骨組みと外装だけでも考えておこうかな……」

 乙女のデータでいじろうとして指が止まる。

「……僕ガ、ヤッテモ。大丈夫デスカ?」

「なぜ片言なのだ」

「いや……もとは乙女ちゃんの……しかも材料を無駄にしたの僕のせい……」

 大破した瞬間の罪悪感がよみがえる悠真に、乙女が嘆息する。

「気にしいな悠真め。そんなふうになるなら最初から……いや、これはわたしも悪かったな。衝突を避けて理解を遠ざけておった」

 冷静な自己分析から聡明さを感じる。

 ふっと息を吐いて、彼女は戦車の輪郭をなぞった。

「戦車のことを教えておくれ。わたしは見た目だけしか知らぬのだ」

「……うん」

 悠真は砲塔を指さして問う。

「大砲は知ってる?」

「うむ。古来より戦争で使われたと聞く」

「じゃあ、大砲って移動させやすいと思う?」

「……あの重たげなのが動き回れるとは思えぬが……機敏に動く大砲は怖いのう」

「それが戦車なんだよ」

「!」

「重たい大砲が自由自在に動き回って、おまけに照準も好き勝手にできたら強い。そういう発想で作られて、現代まで進化して使われている兵器。それが戦車だよ」

「恐ろしい……」

 直後に握りこぶしを作って叫ぶ。

「しかし恐ろしさの中に魅力があることは否めぬ!」

「そうなんだよ! 軍事兵器って無骨で格好いいよね!」

 悠真の機械いじりも、もとは戦車のラジコンをもらったことから始まっている。

 縁日のくじ引きで当てただけのちゃちいものではあったが、自分が指示したとおりに動き、砲塔を旋回させる戦車にはまっていった。そこから数々の機械を分解していじくって、今の自分があると自負している。

「ゲームの中で良い。火砲を撃ち放したい、魚雷を発射したい……!」

「わかる、わかるよ乙女ちゃん……! このゲーム、火薬があるからできそうだし!」

 盛り上がっていると、乙女がふと我に返って悠真に告げる。

「わたしはこういう何気ない話をお前としたかったのだ。いま理解したゆえ、伝えておく」

「…………。が、頑張ります」

「できれば自然に」

「それも、頑張りますので……」

「肩肘ばっておるのう」

 からかわれると頬が熱い。

 レシピの中の戦車を指さして伝えていく。

「まず足元から考えていこう」

「きゃたぴら、だな」

「キャタピラがこういう形をしてるのは、第一に重たい大砲を支えるため。第二にその状態で悪路を走るためなんだ」

「?」

「つま先立ちよりも、踵をきちっと地面につけた姿勢の方が安定するでしょう。地面に触れる面積が大きいほど、重いものを持っても倒れにくい」

「ああ……わかってみれば、この形は自明であるな。大砲も車体も重いからか」

「うん。どこにでも大砲を持ち込みたいのに、雪に沈んで使えなかったり、荒れ野で揺れて壊れたりなんて嫌だよね」

 名前通りの戦う車が、整地された場所しか走れないのでは意味がない。

「だから、重たい戦車はキャタピラを履いてる」

「点ではなく、面で触れるのが強みなのだな」

「そうそう。あと、戦車以外では農作業や工事用の重機がキャタピラをつけてることが」

「近所の工事現場で見たのがそれかのう。土の上であったからか」

 乙女は圧力の仕組みと沈み込みやすい地形を理解しており、その頭脳はやはり明晰であると確信する。

(最初から伝えていけば良かったのに、僕は何を躊躇ためらっていたのか……)

 だが、すれ違いを乗り越えてまた話せたことが、自分の進歩であり彼女との関係の進展であると思い直す。

 いっそのこと自分の好みや意見を思う存分主張してみる。

「タイヤを増やす。あるいはタイヤを幅広に大きくすることで重みを分散させる方法もあるんだけど……ゲーム内で素材になるゴムの供給源が見つかってないからできないし、そもそもキャタピラじゃなくちゃ戦車じゃない!」

「そうだ!」

 同志みを感じて握手を求めると、彼女は快く応じてくれた。

「そんなわけなので、まずはベルト部分とローラー部分を考えていこう……鉄キャタ……ふふふふへへ……」

「怪しい笑いであるな。……ベルトというのは一番外側の回る部分か?」

「うん。個人的にベルトって呼んでるだけで、本当の呼び名はシューとか履帯とか。……素材は鉄とゴムがあるよ」

「ほう」

「鉄キャタは耐久性に優れてる。ゴムは騒音を抑えたり、道路の舗装を痛めにくかったりするよ。……まあ、ゴムがない今回は問答無用で鉄になっちゃうんだけど」

 ワクワクしながら話していると、乙女がふき出す。

「っふふ……悠真め。喋れるではないか」

「……う、ごめん」

 乙女は自分から離れて畏まろうとする悠真を引き留めるよう、体重をかけ直す。

「本当は……口出ししたくてたまらなかった」

「だと思っておったわ」

「ごめんなさい……こうしたらもっと良くなるのにって思うんだけど……昔、それで失敗を」

 悠真は空気が読めないことを自覚しているが、自覚できたのは失敗してきたからだ。それなりに痛い思い出として刻まれている。

「良い良い。……して、木材で車体を組み立て始めたのはなぜだ?」

 現在、固めの木材を鉄板で補強する形で作成していた。

「鉄板が足りないのもそうだけど、このゲームは素材にも耐久値を設定してると思うんだ。なんせ火薬があるし、ビル衝突時の威力も計算されてたから」

「耐久……ひっとぽいんとのようなものか」

「そんな感じ。最初のは重い体で跳ね落ちたせいで、モーターごと耐久値を超えちゃったんじゃないかな」

「それで失ったのだな」

「たぶんね……だからいまは、少し軽めに……」

 組み立てた乙女の努力を、自分の誤魔化しのような思いつきで無駄にしたことを思い出すと胸をかきむしりたくなる。

「気にするなと言っておろうに」

「……いや、でも……」

「許すと言っている」

「……ありがとう」

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